第14話 時代の前触れ


 知性型ダンジョンコアを潰し、父さんと協力関係を作った後も、特に日常は変わらなかった。

 学校に行き、目立たない範囲でDEの操作を訓練し、飯を食べて寝る。

 父さんは研究開発が忙しくて、相変わらず職場から帰ってくる気配がない。近いうちに”迷宮産業研究所”とかいう新しい組織に転職するとかで、ダブルに忙しそうだ。

 落ち着いたら俺をバイトで雇ってくれるらしいけど、いつになるやら。


 そんな変わらない日常の中に、二つだけ大きく変わった部分がある。


「ダンジョン警報発令。付近にダンジョンが出現しました」


 一つ目。しょっちゅうダンジョンが出現して警報が出るようになったこと。


「えー、また?」

「最近多いねー」

「じゃーお前ら、いつも通りに体育館まで避難するぞー」


 最近はみんなこんな感じの反応だ。

 地震より身近な日常の一風景になりつつある。

 日本に知性型ダンジョンコアが居ない今なら、特に人類を滅ぼそうとはしてない”野良”のダンジョンが勝手に湧いてるだけだから、多少は緩くても大丈夫かも。


 ダンジョンの脅威度が減って、かわりに数が増えたこともあり、最近はテレビやSNSでダンジョン攻略の民営化が議論されるようになってきた。

 この調子なら、本当に一年ぐらいで解放されるかも。歴史が変わりそうだ。


「……ふふ……この調子なら、いずれ警備の甘いダンジョンも……忍び込まない?」


 避難してる最中、血矢が俺の耳に低い声で囁いてきた。


「俺たち、まだ監視されてるだろ。やめとこう」


 変わった点がもう一つ。

 なんか、血矢がやたらめったら俺にピッタリ張り付いてくるようになった。

 ほんとにガチで惚れられてるかもしれん。

 嬉しいけど、こいつと恋人として付き合うのはちょっと無理……。


「いいでしょ? 一緒に来てよ、私達の仲なんだから……」

「どういう仲だよ」

「そんな……将来を誓い合った仲なのに……」

「絶対にそういう仲じゃあないだろ」


 滅茶苦茶すぎるだろ。……でも、突っ込みだけで会話を展開できるから楽だ。

 陰キャの俺でも会話が繋がる! 嬉しい! これが友人とのバカ話ってやつか!?


「一年ぐらい我慢しろって」

「うう、我慢できない……今すぐ殺戮の嵐をこの世に現出させたい……」

「ダンジョン潜りたいってだけの話をずいぶん物騒に表現するなあ!?」

「体が火照って止まらないから……今日も付き合って……?」


 近くでウェイウェイふざけあって時間を潰していた陽キャ集団が一斉に振り向いた。


「なんて!? お前ら今なんの話してんの!?」


 そういうのじゃないって!


「ほ、放課後にスパーリングってことだよな! いいけど! 言い方!」

「ああ、今日も戦うのか!? 見に行っていい!?」


 近寄りがたいカースト上位の男女が、俺たちを囲んでいる。

 前は俺と血矢の二人で山に行って戦闘訓練してたんだけど、模擬戦中の攻撃が地元のおばあちゃんとニアミスして警察に怒られる事案があって、外での戦闘訓練は辞めろと鷲田大臣からの口出しがあった。今は体育館を借りて練習するようにしている。


 俺たちの練習中は貸し切りだけど、体育館を外から覗かれてたみたいで、「あの陰キャ連中、実はダンジョン潜ってて凄い強いらしいぞ」っていう噂が広まってしまった。

 色々とバレちゃった今となっては隠れる意味もないし、問題はないけども。


「いっそ今ここで戦ってほしくない!?」

「ねー! 見たいみたーい!」


 うっ、期待の眼差し……断りにくい……。


「い、いや、駄目だって。危ないだろ、大勢が避難してるのに」

「陰野。ちょっとショーをやろう。付き合って」

「え? マジ? やるの!?」

「平気。DE操作の実演だけ」


 それだけなら、まあ危なくはないか……。


「おおお! 実演! やったー! この目で見てみたかったんだよー!」

「撮ってTikTokに上げていい!? 上げていいよね!?」


 それに、めっちゃ期待の眼差しで見られてるしなあ! 無視できないよなあ!?


「DE。貸して」

「……やっちゃうか!」

「ん」


 血矢はまだレベルアップ超成長未経験だ。俺から渡さないと。

 訓練でちょっとづつDEは伸びてきているけど、ダンジョンに潜ってないと限界がある。ダンジョン内の高濃度DE環境で戦うのが、レベルアップ超成長以外だと一番の成長方法だからな。


「んん……」


 あの、血矢さん? 動画撮影されてるのに色っぽい声出すのやめてくれる?


 必要なDEを送ったあと、数歩ほど離れる。

 俺は拳を正面で打ち合わせ、両手から一気にDEを放って濃縮した。

 そのまま両手を離していけば、じわりじわりと一本の剣が精製されていく。

 これがDE操作の本領、DEから物質への変換だ。

 まだ出来が粗いし燃費は極悪だけど、練習し始めて一ヶ月なんだから仕方がない。


「……ふう」


 出来上がった直剣を掴み、軽く振るって余剰なDEを飛ばす。

 全身にかなりの疲労感が出た。DE不足の前触れだ。

 即座にDEを熾した。ぶわり、と内から力が湧き出して、すぐに疲労感が薄くなる。


「おおっ!? すげえ何あれ魔法みたい!?」

「やっべー! どうやってんの!? 俺でもできる!?」

「どこからともなく風が吹いたぞ!?」

「……君たち、何をやってるんだ!?」


 あ、教師に騒ぎを気付かれた。

 それを無視して、血矢が左手を天に突き出す。


「氷刃よ、来たれ!」


 バシュンッ、と青い雷が瞬いて、次の瞬間には手中に刀が握られている。

 派手で格好いいルーティンだ。おおーっ、と歓声が湧く。

 DE操作が巧すぎるだろ。天才め。

 ま、俺の下積みパワーがなきゃ、あんな派手な操作した瞬間にDE欠乏でぶっ倒れて死ぬんだけども。俺のおかげなんだけども。別に嫉妬とかしてないし……。


「……凄かったけど、そこまでだぞ二人共! はい、お開きだ! 解散解散!」


 仕方がないよな、ってことで剣を消そうとした俺に、殺気の塊がぶち当たった。


「ショーはここから」

「お、おい……」


 血矢の視線が俺を通り抜け、壁で跳ね返り、空中の一点を示す。DE操作の実演だけって言ってたろ!?

 まあ、やりたい事は分かった。……付き合ってやるか。

 応じないと俺の身が危ない。


 たん、たん、たん、と足でカウントを取り、俺たちは同時に駆け出した。

 超高速で交錯し、剣戟と共にすれ違う。

 DEで強化された身体能力を生かして一気に飛び上がり、同時に体育館の両端の壁を蹴り、俺たちは弾丸のごとく二度目の交錯を迎えた。


「ふふ……」


 血矢が本気の殺気を放ち、鋭い斬撃と共に突っ込んでくる。コイツ……。

 その軌道を読み、カウンターの一撃を放ち、刃を寸前で留めてすれ違う。

 まったく滅茶苦茶やりやがる。今は余裕をもって捌けるからいいけども。


「ぐえー……」


 着地したあと、血矢がわざとらしく死んだフリをした。

 体育館がどよめきと歓声に満ちる。無数のスマホカメラが俺たちを追っていた。


「ダンジョン潜れば……あんなに強くなれちゃうのか……?」


 誰かの呟きが耳に入ってきた。

 ……もう、すぐそこにまで、ダンジョンの時代は迫っている。



- - -



 【剣を生み出し、空中を飛び回る! ダンジョンエネルギーを操る天才高校生たちの戦いがSNSで話題に】

 【完全にアニメ スゴすぎる…あの芸能人も仰天した!?】

 【SNSで100万再生! ダンジョンの生み出した超人をご覧あれ!】


「なあ、血矢……バズってるぞこれ……」

「……ふふふ……ちょっと怖くなってきた……おうちのコタツに帰りたい……」

「計画通りみたいな含み笑いしといて言うセリフかよお前。でも確かに、ネットで好き放題言われるのって怖いな、これ……」

「ね……」


 まあ、俺たちはすぐに忘れられるだろう。

 もうネット上にはダンジョン絡みの動画が溢れかえっている。

 海外だとダンジョンの封鎖が緩い国はけっこうあって、もう探索者として活動してる人たちはけっこう多いからな。あんまり新しいものでもない。


 ところで記事のコメント欄をスクロールする手は止まらなかった。

 人気者になるって、こういう感じなのか。へー。

 なんか気持ちよくなってきた……。


「べ、別にSNSでバズりたくて探索者を目指してるわけじゃないし……」

「ね……他人にどう思われても気にしないし……」


 とか口では言いながら二人して無限にエゴサして反応を摂取した。

 中毒性がある! 止まれないー! うわあー!

 チヤホヤされるの、たーのしー!


「ハッ……だ、駄目だ! この路線に行くと、腕を磨いて地道に努力するよりYoutubeにおもしろ動画を上げたり配信でスパチャを貰うことを優先するタイプの探索者になってしまう!」

「よ、よくない! 陰野、訓練……しよう……!」


 ちょっと陰キャには刺激が強すぎる! スマホ断ちだ!

 まだまだ俺は強くなれる! 訓練に集中しないと!


「……あ、見てこれ! 海外のダンジョン探索者が俺たちの動画を見てリアクションする動画を上げてる! これ見てからでいっか!」

「気になる……」


 そのあと一時間ぐらいスマホを触ってしまったあと、いい加減に危機感を感じて、俺たちはトレーニングに戻った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る