第13話 選択


 鷲田大臣に連れられて、俺は湘南重工の研究施設に入った。

 ゲートに自衛隊のトラックが止まってるし、警備がライフルを持ってるし、防護服に身を包んで除染開始できる状態で待機している人たちまでいる。すごい厳重警備だ。


「言うまでもないが、彼らは味方だ。心配しなくてもいい」

「? 心配してませんけど」

「そ、そうか……ならいいが」


 高級車を降りて、俺たちはダンジョン研究棟に案内された。

 元々ここは医療分野の研究施設だったらしく、万が一の汚染に備えてエアロック式の密閉扉やら何やらが揃っている。


「すごい厳重ですね」

「未知の素材を扱うのだから、警戒しておいて損はないだろう。さあ、ここだ」


 鷲田大臣が研究室の扉を開く。

 優しげでごく平凡な白衣の男が、迷彩服の自衛官に機械を当てている。


「……父さん?」


 そうか、DEの研究者といえば……俺の父さん、なのか。

 ちょっと気まずいな。どう説明しよう。

 ……両親にぐらい本当のことを伝えたいけれど、心配させるのも嫌だ。

 隠しておきたい。でも、嘘は言いたくない。

 嘘を言わずにうまく言い逃れる方法なんて浮かばない。

 くそ。大臣にこんな不意打ちで引き合わされてなきゃ、逃げれたのに……。


「歩? 何でここに? ……大臣がなぜ……私の息子を連れてるんですか」

「陰野くん、火田陸士長のDE測定中だろう? 終わってから我々だけで話をしよう」


 よかった。ちょっとは考える時間が稼げる。

 ……とはいえ、じゃあ、どうしよう? どうすればいいんだ?


「博士? 次は何をすればよろしいですか?」

「……あ、ああ。もう一度、今度は左手で同じように力を使ってほしい」

「了解」


 考えがまとまらないまま、俺はなんとなく測定の様子を眺める。

 自衛官の男が、CTスキャナーみたいな形状の測定機械へ左手を突き出した。

 肘から先が燃え盛る炎に包まれる。さして労力を使ってる感じはない。

 あれ、〈異能〉を持ってる人じゃないか?

 特定分野以外の適性が壊滅的になる代わりに、最初から体内にDEの回路みたいなものがあって、一芸なら絶対に負けない特殊な才能だ。珍しいもの見た。


「そのまま。あと五秒ほど……よし。データが取れた」


 いくつも並んだモニタに複雑な波形が表示されている。

 父さんがそれを見て唸り始めた。


「博士、小官の数値はどうでしたか!」

「……403.505……? おかしい、さっきと値が違いすぎる。計測ミス? 何か未知の性質が?」

「よし!」


 悩む父さんと対照的に、自衛官の男は暑苦しいガッツポーズを決めている。


「小官の努力が実を結びました! これで多くの被害を防げます!」

「いや、それは違うかもしれない。右手で測った時は約32だった。異能の特異性を含めても、そのぐらいの優秀な数字に留まるはず。もう一度、右手で」

「了解!」


 データを見て、父さんが頭を抱えた。430.002。


「どう考えてもおかしい……ああっ!?」

「どうされましたか、博士!?」

「空間用のDE測定器の針が振り切れてるぞ! なんだ!? 何か異常事態でも発生してるのか!? 近くに莫大なDE発生源が現れてる! まさか直下にダンジョンが!?」


 え!? 大変だ!

 俺は臨戦態勢を取り、周囲の気配を探った。

 ジュッ、と何かが焦げる音がして、測定機が動かなくなる。


「うわあ!? 測定範囲外を通り越して焼け付いた!? どうなってるんだ!?」


 ……俺が気配を探った限り、何も起きてない。あれ?


「陰野くん」

「は、はい、大臣?」

「人間用の測定器は、まだ無事かね?」

「ええ、後発で中身が洗練されているので……」

「その測定器を、君の息子に向けてみなさい」

「へ?」


 父さんが、困惑した様子で測定器を俺に近づけた。やべっ。

 PCモニタ上に表示されている波形が瞬時に振り切れ、上限と下限に張り付く。


「歩……から……莫大なDEの反応が……? どういうことなんだ……歩、お前、まさかダンジョンに潜ってるのか……?」

「ええと、まあ、一応……」


 父さんの困惑が、徐々に怒りへと変わっていく。


「鷲田っ! あんた! 僕の息子に何をさせた!」


 勢いよく大臣に掴みかかった。

 ちょっと!? 誤解だって!?


「と、父さん! そういうのじゃない!」

「落ち着け陰野くん、事情は説明する……!」

「事情も何もあるか! 他人の子供を巻き込んでおいて! どういうつもりなんだ!?」

「父さん!」


 俺は父さんの腕を掴んだ。

 圧倒的な力の差があった。どれだけ父さんが力を込めても、何にも起こらない。

 その事実に父さんが目を見開き、抵抗が止まる。


 ……考えるまでもなく、俺に隠し事をやるような器用さはなかったな。

 素直に伝えてしまおう。それしかない。


「鷲田大臣。家族にも本当の事を隠せ、なんて言いませんよね」

「無論だ。……火田陸士長、機密の話になる、退室しろ!」

「はっ!」


 自衛官の男が人払いされる。

 俺は父さんの手を離した。


 ……何から話せばいいんだろう。わからない。


「陰野くん。例の”未来人”による文書の内容は、もちろん覚えているね?」


 鷲田大臣が横から口を出してきた。


「……歩……そうか……そういうことか」


 それだけで、父さんはすべてを察したようだった。

 ……さすが、研究者。頭いいんだな。俺の父さんって、意外とすごい人だ。


「……すまない、歩。もっと早く気付いてやれなくて。何にもしてやれなくて……様子がおかしいのはずっと分かっていたのに、仕事ばっかりで……僕なんか、父親失格だ……」

「父さん。前にも言ったよね。人類の未来は父さんの肩に掛かってる。それぐらいの仕事をしてるんだから、仕方がないよ」

「だけど……」

「どうして俺がなだめる側になってるわけ? もう、父さん……ちゃんとしてよ」

「ご、ごめんな……」


 父さんは、ぎこちなく俺の手を掴んだ。

 なんだかちょっと弱々しい。痩せてないか? ひどい目の隈だし、無精髭は生えてるし、髪はボッサボサだし、病人の一歩手前みたいな顔色だ。


「……無理してるんだね」

「そう言う自分が一番無理をしてるんじゃないか、歩?」

「だって、そうするしかないんだから……これまでも、これからも」


 扉の閉じる音がした。鷲田大臣は空気を読んで退出してくれたようだ。


「……ああ、そうするしかない、のかもな……」


 嘆くような声色で、父さんが頷いた。


「歩。何があったとしても、まだ僕は歩のお父さんだよ。甘えたっていいんだ。僕に出来ることがあるなら、何だってする。絶対だ。約束するよ」

「じゃあ、お父さん……」

「うん」

「……俺が使うためのDE兵器の開発に協力して」

「っ!」


 父さんはギリリと歯を噛み締めた。


「そこまでしなくてもいいんだ、歩……きっと大丈夫だ。歩が必死に生き抜いて集めた情報があれば、皆が上手くやってくれる」

「父さん。俺は別に、使命感だけで迷宮に潜ってるわけじゃないよ。それだけなら、十五年間も下っ端の探索者として下積みなんか出来なかった」


 復讐や使命感だけが全てだったら、十五年もやれなかった。

 結局、俺は普通の凡人だ。お金とか、強さとか、うまい飯とか、かわいい彼女とか……そういう俗でわかりやすいものが欲しいから探索者をやってる。


「そうなのか? 本当に?」

「本当に。俺は嘘なんか言わない。ただ、今度こそ一流の探索者として活躍してチヤホヤされたいだけなんだ。なんか、俗っぽくてバカな欲望だけどさ。本当なんだよ」

「……分かった。そこまで言うなら、父さんも覚悟を決めるよ。僕にできる限りの力を尽くして、歩のダンジョン攻略を応援する」

「ありがとう、父さん」

「けど……がんばれよ、歩。楽な道じゃないぞ」


 言われなくたって、俺が一番よく知ってる。



- - -



「ふう……」


 研究所の裏手で、鷲田は煙草を一服した。

 とうの昔に断ったはずの悪い癖だが、最近はどうも我慢が効かない。


「……恐ろしい……」


 鷲田は、四矢島に派遣した部隊からの報告を思い返した。


「〈リヴァイアサン〉……あれほどの化け物に正面から力比べで勝つような男が、あの精神不安定な状態では……」


 島民の一人が録画していた映像に加えて、血矢からの話で裏も取れていた。

 一本目の煙草を瞬く間に燃やし尽くして、彼は震える手で二本目を取り出す。


「信管の外れた核弾頭が街中を歩いているようなものだ……」


 確かに、陰野歩は戦力になる。未来の知識もある。ダンジョンへ立ち向かう上で、当面は最強の駒だ。

 だが……どれほど強くとも、不安定な男に国家の安全を委ねるのは論外だろう。

 父親に出自を共有させたことで多少のサポートは作れたが、それだけでは足りない。

 絶対に、別のプランを用意しておくべきだ。


 沈思の末に、彼は秘匿回線で総理へと電話を掛けた。


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