第9話 四矢島の侵略


 土曜日の午後、俺は東京都・四矢よつや島へ向かうフェリーに乗った。

 ジェット水中翼船で四時間少々の旅になる。


「……平服?」


 客席に座った俺を見て、隣の血矢が不満げに言った。

 彼女は防刃ベストや革手袋や安全靴で全身を固めている。不格好だが実用的だ。


「俺は慣れてるからいいんだ」

「何様……」


 船が出港する。停泊中は揺れていたのに、いざ動き出すと逆に揺れなくなった。

 さすが水中翼船。前世もこれぐらい快適な船に乗りたかったもんだ。

 東南アジアの中古軍艦で太平洋横断する羽目になってマジ吐きまくった思い出が……。


「陰野」

「うん?」

「いや……なんでもない」

「なんだよ」


 特に会話が続かなかった。そのほうが楽でいいや。どうせ陰キャ同士だ。

 二人してスマホをいじって時間をつぶす。


 ……船旅をしていると、ちょっと昔を思い出す。

 沈むギリギリまで人がすし詰めになった漁船で、北海道の冷たい海へ漕ぎ出した時。

 下っ端の探索者として東南アジアへ向かう中古タンカーを警備した時。

 次々と潰れていく人類の拠点。少なくなる寄港先。故障する船。

 海に投げ捨てられる死体、死体、死体の山。

 一日、また一日と、無線での呼びかけが届かなくなり……。


 頭が痛い。

 心の底に隠して忘れたフリをしても、些細なことで浮かび上がってくる。


「……体育祭の前までは、そんな顔してなかった」

「へ?」


 数十分経ったあとなのに、血矢は唐突に会話を再開した。


「今みたいに、辛そうな顔で遠くを見てなかった。普通の高校生みたいに明るく振る舞ってても、ときどき急に大人びる。何か、あった?」

「まあ……ちょっと。いや、かなり。色々とな」

「話したい?」

「やめておく」


 俺の目をじっと見つめて、血矢が頷いた。


「じゃあ、仕事の話をする。武器を持ってきた」


 隣の席に置かれた楽器ケースが、俺の膝に乗せられた。

 重い。中を覗くと、二振りの日本刀がスポンジの中に埋まっている。


「おい、銃刀法……」

「どうせバレない」


 どちらの刀も質がよさそうだった。本物だこれ。


「どっからこんなもん持ってきたんだ」

「実家の蔵」


 こいつ鎌倉に蔵つきの実家を持ってるような家柄だったのか?

 道理で俺の分まで船のチケット代をポンと払ってくれたわけだ。


「じゃ、こっちの刀を借りるよ」


 パッと見て良さそうなほうに触って、軽くバランスだけ確かめた。悪くない。

 この刀にDEを纏わせて強化すれば、強敵相手でも通用するだろう。


「ダメ。これは私の……毎日愛情を込めて手入れしてる愛刀」


 血矢はうっとりした顔で刀にキスをした。

 刀に魅入られてる、って言葉がピッタリだ。ちょっと怖くなってきた。


「なあ……愛刀でなんか斬りたいからダンジョンに行きたい、みたいな動機だったりしないよな?」

「う。バレた」


 こ、こいつ……単なる厨二病に収まらないタイプの人種じゃないか?

 ちょっと距離取っとこ……背中とかも見せないように気をつけなきゃ……。


「なんで引くの? 陰野だって魔物を血祭りにしたい人じゃないの?」

「いや……?」

「だって、スコップ持ってコンビニの前通ってた時、すごい顔してた。ものすごい迫力でスコップを握りしめて、復讐鬼みたいな形相だった……同類だって直感した」

「俺、ぜんぜん同類じゃないと思うな」

「一緒にいっぱい殺そうね……他人に迷惑をかけないどころか殺しが社会貢献になる……私達にとって最高の時代……」

「あの、一緒にしないでくれる? そんなキラキラした目で俺を見ないでくれる? ちょっと? 隠さなくていいんだよ、みたいな雰囲気で肩ポンされても困るんだけど?」


 俺、こいつと二人っきりでダンジョン潜るの嫌かもしれん……。



- - -



 夕方。船旅の末に四矢島の港へ上陸した俺は、なにかの違和感を抱いた。

 出迎えが一人もいない。港に人気がない。

 見上げれば、島の中央から煙がたなびき、焦げ臭い風が吹いている。


 ……ダンジョンは、ただ攻略されるのを待っているわけではない。

 放置して戦力を蓄えてしまえば、あるいは周囲に脅威がないと思われれば、すぐに魔物が出てきて領土を侵略しようとする。

 こうしてダンジョンの外側で戦いが起きるのは珍しいことじゃない。


「急ぐぞ!」


 二人で坂を駆け上がる。投げ渡された刀を受け取り、鞘を捨てて抜き放った。

 自らの体へDEを巡らせ、その延長で刀へもDEを供給する。

 白刃が薄青のオーラを纏った。


「え……何、それ?」

「ダンジョン・エネルギー! 名前ぐらいは聞いたことあるだろ!」


 強化された身体で、強く一歩を踏み出す。

 アスファルトが砕け、カタパルトのように身体が打ち出された。


「っと!?」


 気合が入りすぎだ。

 いったん立ち止まり、DEに意識を集中して制御を取り戻す。

 普段どおりの抑えた水準まで戻ってきた。良し。


「ちょ、ちょっと待って……今の、何……?」

「DEを使った身体強化だ」


 しかし、俺だけ強化されても血矢が付いてこれないな。

 放置するのも危ない、か。


「DE、もう使えるの? 陰野博士の研究が始まったのも、政府のレポートが出たのも、つい最近なのに……あ」


 血矢が俺を指さした。


「陰野博士の息子!?」

「は、博士? 誰? ……もしかして、俺の父さん、博士なの?」


 知らんかった。父さんって大学院とか行ってたんだ。


「誰って。DE研究の第一人者。有名人なのに、息子が知らないの……? 無関係?」

「研究の第一人者!?」


 ぜんぜん家に帰ってこないと思ってたら! 父さんは魔物の残骸を調べてるだけじゃなくてDEの研究をやってたのか!?

 ダンジョン関連の最重要分野で第一人者扱いって、俺の父さんめっちゃ凄いじゃん!


「DEを扱えるのも当然……第一人者の息子なら……」

「い、いや、別にそういうわけじゃ。って、話してる場合じゃない!」


 俺は血矢の腕を掴み、強引に大量のDEを送り込んだ。

 彼女の輪郭がうっすら蜃気楼みたいに歪んでいる。


「な、何?」

「DEを渡した。うまく扱えないとDEは勝手に放出されてくけど、その状態でも身体強化にはなる。特に防御面で。全身に銃弾を防ぐ不可視の防具があるような感じ」

「んん? ん……ん。これか。分かった」


 スッ、と輪郭の歪みが消えた。


「は?」


 DEの自然放出が止まった!? い、一瞬でDE操作を習得した!?

 そんなバカな。俺がDE操作を覚えるまでどれだけ時間が掛かったと思ってるんだ。


「走る」


 一段ギアを上げた血矢が、集落めがけて突っ走っていく。

 慌てて俺も走り出し、すぐ追いついて並んだ。

 いかに相手がド天才とはいえ、こっちには十五年分の蓄積がある!


「居ない」


 集落の民家が燃え盛っている。人気がない。

 血矢が周囲を見回している。


 ダアンッ、と猟銃の銃声が響き渡った。

 遠くにある大きな家だ! 近くに車が集まってる! あそこか!


 俺は最高速で駆け出した。血矢を置き去りにして田舎道を駆け、ついに魔物を視認する。田んぼの縁にゴブリンたちが隠れている!


「ギャァー!」

「黙れッ!」


 金切り声を上げて威嚇しているゴブリンの群れを、すれ違いざまに切り捨てる。

 四方八方に吹き飛ばされた魔物の死骸が、空中でDEへと還り、溶けるように消えた。


「DEの粒子が見えない。これだけ溶け込む速度が速いってことは、周辺のDE濃度が低い証拠だ……外の世界が”ダンジョン化”してるわけじゃないなら、こいつらさえ倒せば!」


 日本刀を振りかぶり、数の多い場所へと一気に飛び込む。

 ゴブリンたちが止まって見えた。相手にもならない。

 ほとんど殺った。血矢が追いついてくる前に終わりそうだ。


「……まだ隠れてるなッ! どこだッ! 出てこいッ!」


 DEを四方に放出する。衝撃波と共に、稲妻のような青い光が走った。

 夕方の薄暗い世界が真昼間のように白く照らし出される。ちょっとやりすぎか?


「ギ……ギエッ……」


 格の差に気付いたゴブリンが、腰を抜かして倒れた。

 即座に首を切り捨てる。これで最後だ。


 人の気配が戻ってくる。

 村長宅の窓が開き、中に籠もった人々が俺に手を振った。


「おーい! 大丈夫けー! 沢山おったぞー!」

「心配ない」


 刀に張り付いた魔物の不純なDEを振り払い、改めて周辺を探る。何もいない。

 ……いや。

 ”何もなさすぎる”場所がある。こういう不自然な反応は偽装だ、と教えてもらった。


「そこにいるな。出てこい」

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