第10話 未来と過去の刃


「ヒイッ!? ど、どうして? どうしてこの段階で、お前みたいな奴がいるんだ? おかしい……人間はDEなんて扱えないはずだろ……何でそんなに強いんだよ!?」


 迷彩を解除して、二足歩行する魔物が出現した。

 おおむね人型。だが、頭の左右からは角が伸びていた。

 喋る魔物……いや、ボス。違う、ただのボスじゃない。


「知性型ダンジョンコア」


 正体に気付いた瞬間、腹の底から黒い炎が吹き上がった。

 楽しく生きたい、迷宮で大活躍したい、チヤホヤされたい……精神まで若返ったフリをして、楽しかった高校生までの人生を続けたい。

 そんな欲求の全てが、ドス黒い濁流に塗りつぶされていく。

 頭が痛い。知ったことか。この程度の痛みがなんだ。

 トラウマをほじくり返した程度でこいつらを殺せるんなら、やらなきゃいけない。


「ダンジョンが危険に晒された場合、あるいは多くの”養分”を獲得できると考えた場合、ダンジョンコアは自らを〈ボス〉に作り変えて出現する。多くのコアは本能だけで動いているが、時折、お前みたいな思考能力を持つ奴がいる……知性型ダンジョンコア、だな」

「な……なんでそんなことを……」

「知性型コアを潰せば、周辺のダンジョンは統制を失い、本能のままに動く。野放しにすれば、お前らは組織的に人類を滅ぼしていく」


 ダンジョンコアは震えていた。全身を強張らせながら逃げ道を探している。

 逃さない。こいつらは人類を滅ぼした主犯。ここで死ね。


「ま、待て! 取引しよう! お互いに納得できる落とし所を……」

「黙れ」


 踏み込み、刀を振るう。


「お前らは人類の敵だ。俺の仇だ。両親の仇だ」


 苦しい。

 息が詰まる。過去が俺を水底に引きずり込んでくる。


「友人の、同僚の、上司の、数少ない部下の……仲間みんなの仇だ」


 背負えない。こんな過去を背負いたくない。全部忘れてしまいたいのに。

 努力の全てが実ったなら、俺は幸せになれるはずだったのに。

 コアを一つ殺した程度で何が変わる? 俺に世界の滅びが止められるのか?

 止められるとしたら……なのに止められなかったら……全ては俺の責任なのか?


「死んでいった数十億人の仇だ……ッ!」


 どれだけの命を背負わなきゃいけないんだ? 無理だ。重すぎる。俺には。

 こんな人生、チャンスでも何でもない。やはり、ここは地獄だ。


「ヒ、ヒイッ……〈緊急脱出〉!」


 人型のコアが姿を消した。再びDEを放出する。すぐ近場に、姿を消して隠れている。


「そこだなッ! 死ねッ……!」

「〈緊急召喚・オリハルコンウォール〉!」


 超硬度の魔法金属盾が行く手を遮る。

 DEを一瞬だけ熾して補充し、その全てを刀に乗せた。

 バターのようにオリハルコンが溶ける。


「ば……馬鹿な! 核爆弾にだって耐える壁なのに……!」


 知性型コアが島の斜面を駆け下り、海へと逃げていく。

 俺の方が速い。間合いまであと一歩。


「〈緊急召喚・リヴァイアサン〉!」


 海が割れ、巨大な海竜が出現した。その頭にコアが飛び乗る。


「ふ、ふう! 少しヒヤッとさせられたけど! 残念だったねえ! この海竜は米海軍の機動部隊だって叩き潰せるだろう切り札さ! たかが人間一匹潰すために切るのは不本意だけど……ボクを海にまで逃した以上、もう君に勝ちの目はない!」


 海竜の頭上で、コアが勝利宣言をした。

 この海竜。見覚えがある。


「お前だったのか……日本を滅ぼした海竜を操っていたのは……ッ!」


 五年ほど後、この海竜は日本の海路を完全に封鎖する。

 艦隊を全滅させ、食料輸入船をことごとく沈め、海路での脱出船の大半をも沈める。

 空路での脱出を許されたごく一部の上流階級だけが地獄から抜け出し、残された日本人は大半が魔物に殺され、そうでない者は餓えて死んだ。


「うぐッ……!」


 痛い。逃げ道のない地獄の景色が、脳裏にフラッシュバックする。

 思い出したくない。思い出してしまう。

 ……思い出さなければいけない。


「許さない……」


 腹の底から、無限の憤怒と共に力が湧き出してくる。

 うろ覚えの記憶がはっきりとする。海竜の姿を、記憶に焼き付いたものと比べる。

 日本を封鎖して暴れまわっていた頃や、2038年に鷲田彩羽の率いる彩羽旅団がコイツをぶっ殺した時に比べれば、ずっと貧相だ。

 ダンジョンの数が少ない今、こんなデカブツを出すにはDEが足りていないはず。

 本来なら無数の防御術式で守られているはずの弱点は、きっと今なら脆い。


「ヒッ……ちょ、ちょっと凄んだところで、リヴァイアサンは無敵だ! 負けるもんか! やれっ、あいつを殺せ!」

「無敵だろうよ、弱点を知らなければ……俺がこの目で、討伐の瞬間を見ていなければ」


 リヴァイアサンが海水のブレスを吐いた。俺は全力でDEを放出する。

 青い光柱とブレスが衝突し、内包されたDEが中空でぶつかりあった末、俺の力が押し勝った。


「な……日本中のダンジョンからエネルギーを供給してるんだぞ!? どうしてたかだが人間一匹が! 何なんだよ……さっさと死んでくれよ、化け物……!」

「死ぬのはお前だ、人類の敵」


 逆流したブレスに嘔吐えずく海竜が、その首を低く折り曲げて咳き込む。

 その隙を見逃さず、俺は海へと跳んだ。


「そこだッ!」


 咳き込んだ一瞬、首元が膨らみ、超絶の硬度を持つ鱗に隙間が作られる。

 そこが核だ。刀を突きこみ捻り、刀にぶら下がって海竜の首に取り付く。


「死ねッ!」


 幾度も弱点をえぐった末に、核を砕いた手応えがあった。

 海竜が血の混ざった海水を吐き、鼓膜の破れそうな悲鳴が海に響き渡る。

 激しく悶える海竜をよじ登り、俺は知性型コアと向き合った。


「ヒ、ヒイッ!? やめ、来るな……〈緊急脱出〉!」

「無駄だ」


 海へ沈んでいく海竜を蹴り、転移先を読んで跳ぶ。

 転移直後の隙だらけな状態で、コアが俺を見上げた。


「嘘だろ……人間ごときに……」


 全身全霊を込めて、刀を振るう。


「”人間ごとき”の怒りを知れッ!」


 おおむね人型のダンジョンコアが真っ二つに裂け、コアごと砕け散った。

 終わった。息を吐こうとしたが、出来なかった。胸が詰まる。

 苦しい。頭が痛い。重い。だが、やるべき仕事をこなせた。それだけで十分だ。


 おそらく、これで日本の滅びは少しだけ遅れるだろう。

 だが、時間の問題だ。ひとつ知性型のダンジョンコアを潰したところで、いずれは別の知性型コアが出現し、ダンジョンの奥から陰謀を巡らせるだろう。

 数年の時間稼ぎにすらならないかもしれない。


 世界を救うなんて、俺には無理だ。いま救った人々もいずれはみな死ぬ。

 ……そんなこと考えるな。忘れてしまえ。

 どうせ結末が変わらないなら、せめて楽しく生きよう。

 俺はただの高校生で、力に浮かれて、陰キャのくせに能天気でお調子者で……俺に世界を何とかする力なんて、きっと無いんだ……未来だって明るくて……。


「陰野……なの?」


 追いついてきた血矢が、口を半開きにして俺を見つめていた。


「あなたは、誰……?」


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