第8話 出番


 それから、俺は目立たないようにチマチマとした練習を繰り返した。

 ほとぼりが冷めるまでは肉体を鍛えつつDEでの身体強化を訓練していく。


 結局、地道な訓練をしているうちに年が変わってしまった。

 普段よりずっと短い冬休みのあと学校が再開される。

 もうダンジョン関連のセンセーショナルな報道や浮ついた非日常感は落ち着いてきて、かわりに現地で得た現実的なダンジョンの情報が広まりつつあった。


 年末ごろ、日本政府がダンジョンについてのレポートをまとめて一般に公開した。

 ダンジョン・エネルギーの存在や性質についてのかなり詳細なデータだ。

 本当なら、こういうレポートが出るのはまだ先だったはず。


「ふふん、俺のおかげだな!」


 このレポートを公開したことで、日本はダンジョン先進国だ、という評判が固まりつつあるみたいだ。実際に攻略は順調らしい。

 噂だと、自衛隊のダンジョン対処部隊からはもう何人も超成長レベルアップを経験した者が出ているらしいとか。

 釣られて他国の攻略ペースも早くなっている。

 じわじわとダンジョン素材が市場に出回りはじめていた。まだ使い道のない超高価なコレクターアイテムだけれど、この調子なら近いうちにダンジョン関連の産業が興るはず。


「ダンジョンの一般開放も早まってくれないかなあ」


 時代は進んでいるけれど、まだまだ俺の出番は先だ。

 学校に通いながら体を鍛える地道な日々が続く。

 ま、前世に比べればこの程度の下積みなんて余裕だけどな。


 そうして今日も学校へ行き、退屈な授業をこなす。放課後が待ちきれない。

 訓練すればするほど強くなってる実感がある。前世で身に着けた戦いの基礎と純粋なDEパワーが合わさって、毎日のように俺の素振りは速く、鋭く、的確になっている。


 正直な話をすれば、そろそろ腕試しがしたい。

 強くなってるのは確かなんだけど、戦えないんじゃ基準が分からないからな。


 なんて思いながら授業をやり過ごしていると、いきなりサイレンが鳴り響いた。


「ダンジョン警報発令。付近にダンジョンが出現しました。外出中の方は速やかに屋内へ避難し……」

「おっ!?」


 やっと出番が来たか! という興奮で、思わず机から立ち上がる。


「陰野! 何興奮してるんだ、不謹慎だぞ!」


 ごもっとも。


「よーしみんな落ち着け、避難訓練の通りに避難するぞー!」


 固まってゾロゾロ体育館へと避難する。

 ……スマホで警報を確認したら、ダンジョンが出現したのは藤沢市だった。鎌倉市の左隣、江ノ島があるとこだ。

 俺の出番はないなこれ。はあ。


 体育館への避難が終わったあと、整列だの点呼だの面倒なあれこれが解除されて自由に動けるようになったので、隅へ移ってスマホをいじる。


「陰野」

「え」


 見覚えのあるクラスの女子が、俺に話しかけてきた。

 ……えーっと、誰だっけ。確か、すごい珍しい名字の……。


血矢ちやさん」

「ん」


 彼女はこくりと頷く。

 俺と同じで友達の少ない陰キャ組だけど、こいつはなんか……変人タイプの陰キャだ。

 爪を真っ黒に塗ってたり、唇まで真っ黒に塗って怒られたり。しょっちゅう校内放送で職員室に呼び出されてる問題児だったな。

 そうそう、思い出した……高校一年の宿泊旅行のとき、こいつ全身ゴスロリ着てきたんだよ。わりとデスメタルとか本場のゴスに近い感じのやつ。

 一年前、というか主観的には十六年前の出来事だけど、まだ覚えてるぐらいインパクトある。


 ……たしか、この子も体育祭のときダンジョンから出てきたボスに殺されてたな。

 今も生きてるのは俺のおかげだ。へへへ。ちょっと誇らしい。


「楽しい?」

「あ、いや……」


 内心のドヤァ感が顔に出ちゃったわ。


「私も楽しい。地上は死と混沌に覆われていてほしい」


 は?


「平和しか知らないからそんな事が言えるんだろ」


 ただの厨二病なんだろうとは分かってるけど、思わずムッとした。


「戦いは嫌い?」

「……」


 嫌いだ、と言いたかったが、そう答えれば嘘になる。


 世界は嘘だらけだ。なにげない友人付き合いの中にだって、無数の嘘が潜んでいる。

 もちろん、そこに悪意はない。円滑な人間関係を作るための、善意の嘘だ。

 でも、俺は嘘が嫌いなんだ。大丈夫だって言ってたじゃないか。

 政治家も有名人も、みんなしてダンジョンが現れたって平和な日常が続くって言ってたじゃないか。みんな安全だ安全だって嘘をついて、なのに結局は……。


「うぐ……」

「今の、何? 一瞬、別人みたいな顔……」


 頭痛がした。忘れよう。……俺は嘘が嫌いだ。だからこそ、戦いは嫌いじゃない。

 戦いの中には真実がある。欺瞞や偽装ですら、”嘘”ではない。

 それは真実だ。曖昧な甘えや思いやりから生まれる嘘ではなく、全力を尽くすための戦術であり、戦えば全ては暴かれる。

 ダンジョンに嘘は通用しない。ただ本物の現実だけがある。


「戦いは、嫌いじゃない」

「私も、戦いが大好き。同じ」

「違う」

「……じゃあ、何でダンジョンの警報を聞いて興奮してたの?」

「うるさい。とにかくお前とは違う」

「私のことを何も知らないのに、どうしてそう言えるの」

「こっちは色々あったんだよ」

「色々? 何を知ってるの?」

「なんだっていいだろ」

「ん。そう……」


 彼女はポケットのスマホを取り出した。


「これ。見て。バイト先に変な人達が来た時に撮った」


 スマホで録画された映像だ。

 どこかのコンビニのバックヤードで、店長と私服の男たちが監視カメラの映像を見ているところを、背後から血矢がこっそり盗撮している。

 スコップを肩に乗せた俺が学校の方向へと歩いていく瞬間が何回もループされていた。


「この後、映像データがパソコンごと没収された。陰野、何してるの? 最近のダンジョン騒ぎと関係してる?」

「……」


 映像に移ってた怪しい男たちは何者だ?

 私服だから、普通の警官じゃない。刑事か。それとも……もっと特殊な捜査官なのか。

 俺がやった事はもうバレてるのか?


 それはそれで構わない。俺は何も悪いことをしていない。

 バレたらバレたで有名人ルートに直行するだけだ。

 ……本音を言えば、もう少しだけ若者として楽しく生きてたいんだけど。


「これはいつの映像なんだ?」

「先に質問したのは私」


 少しだけ殺気を放ってみたが、血矢は怯まない。

 そのへんの女子高生とは思えない度胸だ。


「なら答える。俺とダンジョン出現には一切の関係がない。ただし、長谷高校のダンジョンを潰したのは俺だ」

「っ!?」


 血矢が目を見開いた。


「放置しておけば大勢が死んだ。俺の両親も、お前も」

「どうやって……?」

「言ったろ。俺には経験がある」


 嘘は嫌いだが、時間逆行の事実をむやみに広める気はない。

 もしも”死んだって時間が巻き戻るだけかもしれない”なんて発想が広まってしまったら、どうなる? 大勢の死人が出た後で俺が悔いたって遅い。


「他のダンジョンも、攻略できる?」

「おそらくは」

「このダンジョンは?」


 血矢が新たな映像を見せてきた。

 数人のおっさんたちがダンジョンの中を探索している。

 ギイギイと鳴くスモールゴブリンに見つかり、慌てて逃げ出していった。

 ダンジョンの外が映る。舗装もされてない田舎道にボロボロの軽トラが止まっている。


「見つかったダンジョンは自衛隊が封鎖してるはずだろ!? 封鎖を潜ったのか!?」

「違う。ここは自衛隊に知らせてない」

「どうしてだ!? 危険があるのは分かってるだろうが!?」

「この四矢よつや島、ろくに食い扶持がない。島民たちはダンジョンから金目の物が見つかるんじゃないかと期待してる」


 なるほど。

 何もない島にダンジョンが出現したら、産業になるんじゃないか、って都合のいい期待を抱いたっておかしくない。

 共謀してダンジョンを隠すのも、小さな孤島なら可能だろう。

 愚かな選択だけど、そうした理由は分からなくもない。


「このまま行けば、みんな死ぬと思う」

「……そうだな。鍛えてないし情報も仕入れてないおっさんの集団じゃ無理だ」

「ここに住んでる私の親戚も死ぬ。陰野、一緒に来て。このダンジョンを潰したい」

「一緒に潰す? 自衛隊に知らせるんじゃなく?」


 血矢が頷いた。


「ん。私も、戦いが好き」


 ダンジョン潜ってみたいのか? 気持ちは分からなくもないが……。


「悪いけど足手まといだ。鍛えてないだろ?」


 俺と同じ陰キャ組だったよな?


「……私、剣道やってる。陰野のほうが体つきダルい」

「マジか」

「マジ」


 血矢が制服の上着をまくった。

 うわっ腹筋バキバキに割れてる。すっげ。

 見た目は完全にインドア陰キャなのに。


「一緒に行く。今週末。どう?」

「……あ、ああ。分かった」


 結局、こいつはダンジョンに潜る仲間が欲しかったのか?

 悪くはない。お互いにメリットのある話だ。

 血矢は危険なダンジョンを潰して親戚を守れる。

 俺はダンジョン攻略やボス戦の経験を積める。

 そろそろ腕試しがしたいと思ってたんだ。


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