第4話 新たな日常


 アクション映画が中盤にさしかかったころ、いくつか客のスマホが鳴り出した。


「電源は切っておいてほしいわね……」

「マナーが悪いなあ……っていや、この音はJアラートか!?」


 不協和音の不気味なサイレンだった。

 続いて人工的な音声が流れてくる。

 ”大規模テロ警報。当地域にテロの危険が及ぶ可能性があります”


 うまくいった!

 俺は思わず叫びそうになった。前世じゃ、こんな警報なんて出てなかったぞ!


「父さん、母さん……出よう!」

「待て! 下手に出ると危ない! 状況が分かるまでここで待とう!」


 父さんが俺を引き止める。それでもいい。

 今日、俺たちに直接の危険はないはずだ。


 記憶が正しければ、この日に現れるダンジョンは三つ。湘南・大阪・佐渡ヶ島だ。

 湘南は潰した。大阪と佐渡ヶ島は警告してある。警報が出たってことは、あの文章は読んでもらってるはず。頼むから正しい攻略法を伝えておいてくれよ!


 俺たちは座席で身を寄せ合った。

 すぐに映画の上映が止まり、スタッフが誘導を開始する。


「な、何なんだ? CGじゃないのか? おい、これ……」


 父さんがSNSでバズっている映像を見せてきた。

 大阪の街中に大穴が開き、ライオンみたいな化け物が現れる。

 あれは大阪ダンジョンのボスだ。通称は〈獣王〉だったか。


 なぜかダンジョン付近に待機していた警察が、パニックになりながらも避難誘導をしていた。送りつけた警告が効いてる証拠だ。

 よしよし。初日の被害はかなり減ったぞ!


「な、なんなんだ? このテロ警報もコレなのか? 母さん、歩、離れるんじゃないぞ……!」


 早足に駐車場へ向かい、渋滞にはまり込みながら帰宅する。

 途中で水と食料を買い込んで、俺たちは家に籠もる態勢を整えた。


 その時、父さんの電話が鳴る。


「もしもし……はいっ!? はい、陰野です! ご要件はっ!?」


 なんだか声が上ずってる。誰からの電話だろう。


「私が!? し、しかしお大臣様……ああいえ、鷲田大臣、きっと他に適任がですね!」


 鷲田大臣!?

 初期対応が後手後手でボコボコに叩かれた挙げ句に不祥事で退任した、あの!

 評判がボロクソすぎて不祥事内容を覚えてたから脅してみたけど……まずかったか!?

 もしかして送り主が俺だってバレた!? や、やばいぞ!?


「ええ、確かに……ですがほら、他の企業にもっと優秀な研究陣が……そ、そこまでの者じゃないですよ、本当に……」


 父さんが冷や汗をダラダラ流している。

 なんか会話内容は俺に関係ないな。バレてない? じゃ、なんで?


「はい、はい、発見された残骸を……わ、わかりましたぁ……努力しますぅ……いえいえそんなお言葉をかけて頂くほど……恐縮ですぅ……」


 父さんの顔色がどんどん青くなっていく。まるでカメレオンだ。


「失礼しますぅ……ふう、はあ……た、大変だ! 防衛大臣から電話が来てしまった!」

「まあ!? お父さん、何をしたの!?」

「何もしてないよお母さん! あの化け物の残骸を研究しろって依頼されたんだ! 滅茶苦茶だよ、普通そんなの生物学者の仕事じゃないか、うわあああどうして僕があああ!」


 え!? 俺が潰した迷宮の素材、父さんが研究するのか!?


「父さん……人類の未来は父さんの肩に掛かってるよ! 頑張って!」

「どうして歩までプレッシャーをかけてくるんだよぅ……胃が限界だぁ……」


 いや……ほんとに適任か? 俺の父さんって。



- - -



 ニュースの中で進行していく異常事態を、家の中からぼーっと眺める。

 大阪のダンジョンは、とりあえず一段落したみたいだ。死者は二桁で収まってる。

 ……一方、佐渡ヶ島のダンジョンは対処が遅れて百人近い被害を出した。

 戦力が足りないから仕方がない、か……。これでも本来に比べればずっとマシだ。


「あれ……本当は初日にどれぐらい死者が出るんだっけ……?」


 いきなり人口密集地の大阪にダンジョンが出現し、ボスが外に出て市街地で暴れまわった結果……う、少し頭が痛くなってきた。忘れておこう。

 悲惨な運命をたどった世界のことなんて考えたくない。


 記者会見、緊急ニュース、生放送。国内と世界中を情報が飛び交っている。

 SNSのトレンドはダンジョン一色に染まり、インターネットに人が殺到しすぎてあちこちでサーバーがダウンしていた。

 匿名掲示板でも数分で1000レスが消費される大混乱ぶりだ。


 そして、ダンジョン出現のゼロデイは過ぎ去った。

 大半の人間にとって、まだ異常事態はテレビやネットの中に収まった出来事だ。

 浸かるぬるま湯の温度がわずかに上がっても、まだ平和な日常は続いていく。


「おはよう……!」

「おはよ、歩。あれ? なんだかちょっと大人っぽくなったわね」

「いつの間にか大きくなったなあ……」


 翌朝も、両親と食卓を囲む。

 当分はイベントのない日常が続くだろう。相変わらずニュースは大騒ぎだけど、いずれダンジョンも日常の一部に溶け込んでいく。人間は慣れる生き物だ。


「さっき高校から電話が来たんだけどね、当分は休校だって。あの穴が何なのか分かるまで、再開するわけにはいかないものね」


 攻略済みとはいえダンジョンが現れたんだから当然だな。

 いくらでも時間はある。


 さて、これからどうしようかな……。

 現状の俺に出来ることはだいたいやった。

 それに、初日はともかく、ここからは先回りできるほど正確な情報なんて覚えてない。

 なにせ両親の死で頭がいっぱいだった。

 記憶にあるのは、葬式で大泣きしたことと、魔物への復讐を決意したことだけだ。


 次に行動を起こせるのは数年先だろうな。

 しばらく自衛隊や警察がダンジョンを封鎖するから、俺が勝手にダンジョンへ潜るのは難しい。っていうか下手すると体力不足でトチって死ぬ。

 高校生時代の俺、体力なさすぎなんだよ。インドア陰キャめ。


 やっぱトレーニングか?

 確か、前世でも受験勉強を放棄してトレーニングしてた覚えがある。

 疲労困憊まで追い込まないと寝ることもできなかったな。

 今にして思えば、トラウマで精神がぐちゃぐちゃだったんだろう。もう平気だけど。


 よし、鍛えるか!


「母さん! ちょっと走ってきてもいいかな!?」

「何言ってるの歩!? また化け物が出てきたらどうするのよ!?」


 ……そりゃそうだ。無駄な心配かけたくないな。俺はすごすごと自室に戻った。

 うーん、スコップでも振り回して型稽古するか? なんか変な癖付きそうで嫌だな。

 できれば先に体力を付けたいんだけど。


「あっ! 俺は超成長レベルアップしてるから、多少は自分でDEを扱えるようになってるはず! それを鍛えなきゃ!」


 超成長レベルアップを経験すると、血中のDEダンジョンエネルギー濃度が高まって、魔物と同じ力を扱えるようになっていく。

 でも、そのためには訓練が必要だ。


「確か、〈イロハ・メソッド〉で鍛えるといいんだっけ?」


 意・炉・破の三ステップに分かれた修行法だ。

 由来を思い出せそうな、思い出せないような……どっちでもいいや。


 まずは”意”……静かに瞑想を繰り返し、自分の体に混ざった力を意識する。

 そして”炉”……DEを意図的に熾し、増殖させて補充できるようにする。

 最後に”破”……体内で熾したDEを体外へ放出したり、体へ巡らせたりして、DEの力を行使できるようになる。


 単純に見えて大変な三ステップだ。大半が意の段階で挫折する。

 俺も前世はそこで挫折した。でも、レベルアップしてDEが増えた今なら行けるかも。


「よし。まずは徹底的にDE操作の訓練だ!」


 みんながDEを使いだす前にフライングスタートを決めてやる!

 目指せチヤホヤされまくりの最強探索者ライフ! 

 自分から女の子に話しかけるなんて絶対できない俺だけど、向こうから声をかけてもらえるぐらいに活躍すれば……きっとモテ生活だって不可能じゃないはず……っ!


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