第4話 少年の儀

 それから三日後、両親たちがダンジョンから帰ってきた。


 北の方に或るダンジョンに行っていた、と教えてもらった。難しい話はよくわからないけれど。僕と桜の誕生日と少年の儀に連れて行ってもらうために帰って来てくれたと云うことは、僕にも分かった。


「さあ、明日は朝から出かけるので、お風呂に入って早く寝なさい」

「うん」


 大人たちのダンジョンの話をもっと聞きたかったけど、明日の少年の儀が楽しみすぎて、お風呂に行くことにした。


「珍しく聴き分けがいいわね」

「明日、早く起きるから寝ないと」


 いつもだったら、お風呂に入らずに話をもっとしてといって、寝落ちするタイプの僕。桜ママのかえでさんにも揶揄われたけど、気にしない。


「ハル兄、お風呂行こう」

「うん」


 桜が僕をお風呂に誘う。


「ああ、そういえば、二人がお風呂に一緒に入るのは今日が最後よ」

「そうなの?」


「ええ、我が家では一緒でもいいけど、明日になればわかるわ」

「ふ~ん」


 桜ママのかえでさんが云うには、少年の儀を迎えると、心も体も男女を意識し始めるのだと云う。だから、普通は9歳までは一緒に入るけど、10歳になると「恥ずかしい」という気持ちが強くなって一人で入りたがるはずだと云われた。


 そんなに急に変わるのかな?


颯太そうた兄ちゃんや結愛ゆあ姉ちゃんもそうだったの?」

「俺は忘れたけど、たぶんそのうち恥ずかしくなると思うぞ?」


「私は大丈夫かな。ハル君が明日から入ってくれなくなるなら、今日は最後になるかもしれないから、一緒に行こう」

「うん、颯太そうた兄ちゃんも行こうよ」


「それはダメよ、私が恥ずかしいから」


 結局、僕と桜と結愛ゆあ姉ちゃんと三人でお風呂に行くことになった。僕とは恥ずかしくないのに、颯太そうた兄ちゃんと入るのは恥ずかしいと姉ちゃんは云う。颯太そうた兄ちゃんも大人たちも笑っている。


「どうして?」

「ん~、明日になれば、ハル君もわかるかな、言葉で説明するのは難しいの」

「ふ~ん」


 三人で入った。


 僕も桜も子どもだ。結愛ゆあ姉ちゃんにいわせれば、ゴブリンと同じくらいの背の高さだと云う。結愛ゆあ姉ちゃんは、僕らよりも背が20㎝以上高い。タオルで前を隠している。それを捲ったりするほど僕は愚かではない。以前、兄ちゃんがそれをして以来、姉ちゃんは兄ちゃんとお風呂に一緒に入らなくなったから。


 結愛ゆあ姉ちゃんが僕と桜の髪と体を洗ってくれる。いつの間にかタオルは取れているけど、頭からお湯をざぶんとかけて、両脇に僕たちを抱えて浴槽につかった。レベル22って凄いな。軽々と持ち上げられた。


「ねえ、ハル君」

「うん?どうしたの、結愛ゆあ姉ちゃん」


「明日の少年の儀、どんな結果であっても、ずっと桜を守って」

「うん、もちろんだよ?」


「桜もね?」

「うん、ハル兄は私が守る」


「ふたりとも、私と約束」

「うん」


 結愛ゆあ姉ちゃんから桜を守ってくれと改めて云われたけれど、もちろんそのつもりだ。たった一人の妹からね。


 その夜、なかなか寝付けなかった。もちろん明日受け取ることが出来るスキルに興奮したから。


 ◇


 翌日、僕と桜、そして両親二人ずつの六人で神社に向かった。石の階段を20、30と数えながら登った。


 主神アルテ様を祀っている神社だ。


「おみくじを引こうよ」

「うん」


 僕と桜は階段を駆け上った。彼女の方が早く頂上に着いた。


 ぜぇぜぇ。


 両脚がピクピクしている。お御籤みくじを売っている巫女装束の女性二人に笑われた。二人で100円ずつ渡して、お御籤を引いた。


▽中吉

願望 すぐ叶う

失物 穴を探せ 

争事 丸く収めよ

商売 ゆだねよ

恋愛 身の程であれば

家庭 騒ぐな

冒険 逸るな


「うぐっ」

「ハル兄、どうだった?」


「中吉、まずまずかな」

「そっか、アタシも一緒」


「桜は冒険のところはどうだった?」

「えっと、『準備を怠るな』だって」


 僕のお御籤を桜に見せた。


「うん、いいんじゃないかな。冒険の始まりはしっかりしようね」

「うん、そうしよう、ちょっと焦っていたかもしれない」


「ほら、『願い事はすぐ叶う』ってあるから、きっといいスキルがくるよ」

「そう思うよ、楽しみだ」


 大人たちが階段を上がってきた。既にほかの親子も何組か来ている。


「拝殿に行こうか」


 桜パパ銀次ぎんじさんの声掛けで、僕たちは靴を脱いで広い畳の上に敷いてある座布団の上に座った。正座という座り方を初めてした。これ、足が痛いんだけど、最期まで大丈夫かな。


 神主様から主な流れを説明してもらった。難しい言葉があったけれど。神様に叶えて欲しい願いを伝えて、主神アルテ様の加護が受けられるように祈りなさい。ということは理解できた。


 僕は、桜や家族を守れる力と、そのために戦えるスキルをください。あとは、少しだけ欲張って冒険譚で読んだ本を思い出して、魔法カバンが欲しいと願った。欲張り過ぎなら、守れる力だけでいいです、と神主様が神様にお祈りしてくださる間に色々と叶えて欲しい願いを伝えた。


 すると、神社の拝殿の天井に、ずどーん。という雷なのか天啓なのか分からないけれど、凄い音がした。

 目を開けると、そこにいる子どもたち全員の体が、ぴかーっと光っていた。隣の桜もそして僕も。


 体に湧きあがる主神アルテ様から何かを与えられた感覚が、僕に宿った。


「それでは、おうちに帰ったら、ご両親から加護について改めてお話をお聞きなさい。次は15歳の成人の儀でお会いしましょう。主神アルテの子らに良き人生があらんことを」


 帰り道に両親から話を聞いたところ、家に帰って数時間眠ると、アルテ様の加護が定着してステータスを観ることが出来るんだって。


 ドキドキで眠れそうにないけど、否が応でも眠りにつけるわよ、とお母さんが笑った。


 そういうものらしい。


 家に着くころにはフラフラだった。


 僕はベッドの上に自分を投げ出した。


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