死後の世界(旧世界)

「俺は死んだのか?」


 生まれてこのかた初めて使ったセリフだ。死ぬかと思った、という経験は何度もあるが、死んだのか、という経験は初めてだ。


「そうじゃ」


 走馬灯も見なかった。


「それは迷信じゃ」


 誰かに相槌を打たれたかのように聴こえ、顔を上げた。


 目の前にいる老人がいる。


 明かに『人』ではない。真っ白な髪、真っ白い髭、そして白い布を羽織ったその老人は、右手に杖を持っている。自分の体を支えるための杖ではない。魔法使いが持っている、先端がぜんまいのような杖だ。そして大仏のようにデカい。彼自身の背後から光が射している。後光という奴だ。


 神様みたいだ。


「うむ、そのような存在と思ってよい」


 目が合った。気のせいか、その神様らしき者が俺の疑問に答えたかのような気がした。口が開いていないのだ。


「魂に語り掛けておる。まずは話を聞け」


 余りにも眩しいので、周りを見渡せば、同窓会にいた友人たち、そして友人ではなかったが同級生たちもいる。共通するのは、最期の姿ではなく、高校時代の姿でいると云うことだ。


 夢の中にいるのだろうか。


 目の前の神様は、静かに、かつ威厳のある低音で語りかける。


「ここは転化の間、今世を終えた者に、次の人生を割り振る場所である」


 俺が意識を神様に向けると、会話は次のフレーズに移る。


「これから、皆を無作為に、六人をひとグループとして別々の世界に送る。転化の都合上、個々の希望を聞く時間はない」


 老人が話を進める。


「次に行く世界は地球ではない」


 ざわざわとした声は聞こえない。俺の動揺した心のノイズだ。


「まずは、その事実を覚悟して受け入れてくれ。その世界は、地球よりも50年程度、文明社会としては遅れておる。しかしながら、魔法とスキルがあるため、地球にはない技術も一部は存在する」


 その後、少しの間が空いた。周りを見渡すと、皆が頷いている。それを見て神様はほほ笑えみ、視線を移した。


 つられるように、俺も頷いてしまった。同調圧力に弱いサラリーマン体質だ。


 神様は話を続けた。


「お主ら一人一人が、これまで生きてきたあかしをギフト化した。左手首の腕輪を触れることで確認できる」


 云われるがまま俺はそうした。


▼ステータス 

名前 ***

年齢 ***

職業 守護神ガーディアン

状態 転化準備中

スキル:***

ギフト:BANK

装備:加護の腕輪(不可視)

加護:主神アルテの加護


「確認できたようじゃの。では、話の続きは、天使から説明させる。皆には良き人生があらんことを、人生に迷ったならば、ワシを祀る神社を訪れると良い」


 俺は頷いたのち、また同じ仕事なのか?いや、職業は守護神だよな。ギフト化ってなんだ。贈り物?などと考えていた。



 老人であった神様の姿が消え、翼の生えている天使と呼ばれた女性が現れた。


「私はステラ。主神アルテ様より皆様の転化を司る者。皆様は、とある国の、とある種族の守護神として生まれ変わります。おおよそ、前世の人族に近い種族の守護神です」


 え?ヒトじゃない?守護神なの?


「その世界で、あなた方が守護する者が成人した際に、神社で『成人の儀』を受けることになります。成人年齢は種族によって違います。『成人の儀』の場で、守護神としての力が顕現します。それを生かして守護神としての第二の生を謳歌してください」


「あちらの世界では、ギフトに関すること以外の前世の記憶はすべて封印されます。その封印した空き容量に新しい世界の言葉や知識を擦り込み、あなたがたを送り出します」


「主神アルテ様に敵対する邪教徒や人外魔獣を倒すと、経験値が得られます」


 え?邪教徒、人外魔獣?


「かつての常識の延長線上で、まともに戦える相手ではありません。すぐにあなたがたの守護する者の命の火が消えることでしょう。主神アルテ様はそれを望んではいません。『加護の腕輪』をあなた方に一つずつお渡しします。この腕輪はあなたがたの人生、そして守護する者の人生に寄り添います。決して離れることはありません」


「さて、疑問は尽きないと思いますが、最期のお話です」


「六人は同じ世界の別々の場所に産み落とされます。守護する者が成人となり、記憶を取り戻せたなら、再会の喜びを分かち合うこともできるでしょう」


「そして、姿かたちは変わっても、六人が元の誰なのかは、神の力でわかるようにしますね。少なくとも、いかなる状況だとしても、決して敵対することはありません」


「10秒後に転化を開始します」


「それでは、守護神としての第二の人生に幸あらんことを」



 俺は慌てて、六人の輪の中央に手を差し出した。俺は彼らを知っている。彼らもまた俺を知っている。死ぬ間際まで一緒にいたのだ。


 みんな視線が宙をさまよっている。手を広げて。


 俺も手を伸ばしたが、雲を掴むように手ごたえがなかった。指先も、腕も、肩を掴もうとしても、結果は同じだった。精神体という奴か?


「必ず、また会おう」


 最期の言葉すら、声に出なかった。だが、彼らがほほ笑んだようにも見えた。そう思いこまないとやりきれなかった。


 そして、存在意識が霧散するように消えた。

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