小さな街で生まれた少年の冒険譚

プロローグ

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 とある年の正月 四国の田舎の街


 あの忌々しい感染症は第12波を迎えていた。それでも人々は逞しく生き延び、従来とは違う日常を取り戻しつつあった。年末、俺は5年ぶりの帰省に合わせ親父の七回忌、お袋の三回忌の法事を済ませた。


 築四十年の実家は、当時流行ったどこにでもある木造二階建てだ。今は誰も住んでいない。あと三年で早期退職組の定年を迎える。そこで勤めを終え、実家でのんびりと旧友との親交を取り戻したい。そして寂れゆく故郷に貢献できればいい、どこにでも溢れているそんな老後プランを描いていた。


 正月二日目には、10年ぶりに高校の同窓会に顔を出した。同窓生は、中年から初老の狭間だ。個人差が大きい。髪の毛が白い、あるいはない。当時の体型の名残がある、なしに関わらず、ひとこと言葉を交わせば、「ああ、久しぶり、変わり無いようでなにより、といいたいけど、すっかり、しっかり年相応に綺麗になったな」


 そんな気やすい関係で参加できるのも、同窓会くらいだろう。


 当時の高校の三年七組だったクラスの参加者は、12人だった。今は六人掛けのテーブルを二組に分かれて、円座を囲んでいる。


春樹はるき、こっち、こっち」

「お、千夏ちなつも元気そうで何よりだ」



 すでに五人座っている残りの一つを指さし、俺を呼ぶのは千夏ちなつだ。彼女は小学校からの同級生で俺の初恋の相手だ。初恋と云っても小学校三年の頃のことで文字通り男女の性差もわからぬ頃の話だ。中学時代は俺より早く成熟していく彼女ちなつが眩しくて、まともに話した記憶もないのだが、高校時代は三年間同じクラスだった。


 俺の身長が彼女を越えた二年生の中頃には、しばらくぶりに仲良く会話を交わすようになった。彼女が笑うと目を細めて狐目になる。皴が増えて今は看護部長だったか貫禄のある体型だ。熊みたいに可愛い。


 声には出さないが。


「何処を見て言った?」

「客観的に、全体を見て」


 左ストレートを右肩に喰らった。その勢いで、左側に座ってみた小柄な美雪みゆきにぶつかりそうになる。さほど痛くもない肩をなでながら、美雪みゆきに挨拶をした。


美雪みゆきは変わらないな」

「ありがとう?」


 疑問形で応えた美雪みゆきは、大学を卒業してから二年付き合った元カノだ。結婚の話が出る頃に、養子に来てくれるなら可、嫁入りは不可。という壁を俺が乗り越えられず、結局別々の相手と結婚することになった。身長は150㎝ほどの小柄な子で、当時は猫のように可愛い子だった。現在の姿を語るのは無粋だ。


 美雪みゆきの左側に座っていたのは、高校時代の親友の柴雄しばお、バスケットボール部の主将で身長180㎝、MBLに行くと豪語していたが、高校時代に成長期を終えたようだ。2m越えの世界では小柄な方だったため、あっさりとその道を諦め、遠回りの末、医者になった変わり者。物静かで馬面なのだが、モテモテだった男だ。今ではお腹が出ているといって、同窓会の都度、皆を笑わせる。


 正面に座っているのは、香織かおり。高校時代から文豪の秘書になると云い続け、夢を現実に変えたのは、おそらく彼女かおりだけだ。165㎝のスラっとした病的なまでに白い美しさは当時のままだ。その文豪が老衰で亡くなってからは、この田舎に戻ってきたと聞いた。普段は交流がないので、今日はその話も聞けそうだ。


 最後に、千夏ちなつの右側に座っているのは、雪冬ゆきとだ。彼も高校時代に仲の良かった友人だ。当時、180㎝近い身長と秀才肌で、進学校ではなかったが、彼の学業の成績は常に学年一位だった。彼氏にしたい高校の人気ランキングで常に上位だった。


 当時は、試験のたびに上位30位までが掲示板に張り出されていた。彼は進学する気もなく、いつも俺とドラゴン・クエクエ(仮称)の話ばかりしていた。卒業後は、家業のスーパーマーケットを継ぎ、今ではコンビニの多店舗展開を流通網の怪しいこの田舎で実現している。ありがたいことだ。


 電車すらないこの田舎に、コンビニがあると云う不思議。彼には皆が感謝している。当時10クラスあった高校も、今では二クラス。しかも中等高校一貫となって事実上母校の名は変わってしまった。寂しい限りだ。


 寂しいと云えば、俺は地方銀行に勤めている行員だ。六人の中で一番結婚が早く、離婚も早かった。西日本を中心に県外では県庁所在地を二、三年の単位で異動しながら、今は生まれ育った県の県庁所在地にいる。田舎から100キロほど北の街だ。就職した当時は、人気職だったが、二度目の人生があるなら、違う仕事を選ぶだろう。

 身長170㎝、年相応に腹が出ている。髪は薄くなったとは感じることもあるが、禿ない家系のようだ。後、数年で真っ白になるだろう。老眼でもある。


 10年前の同窓会では、それぞれの子どもの話題が中心だったが、今回は、血圧の高さを競い合い、実現不可能ではない現実的な老後の夢を語り合う場だ。それでも気分だけは17歳の頃に戻れる不思議で束の間の時間。


 戸籍上、六人は独身だ。


 だが、この歳になると、色恋の話は席上では思い出話にとどまる。時を巻き戻したいと云う願望はなく、ただ、当時の欠けた記憶を誰かの言葉で穴埋めして、ジクソーバズルを楽しむ時間だ。それも日々、日常の中で記憶からどこかに溶け込むように消えていくのだが。


「宴もたけなわですが・・・二次会は・・・です。10年後は会えない人もいるので、是非参加してください」


 続きは二次会で、という幹事の声に従い、ロビーで待ち合わせていたところ、足元が揺れた。


 酒に酔ったわけではない。年のせいで足腰が弱ったわけでもない。


 地震?


 俺達六人が顔を見合わせた。無意識に身を寄せ合った。



 ズドーン。


 目の前が暗転した。


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