20 反転の魔女


 まず、ヴィクトリアが展開するのは勝利の防壁。完全無欠のこの防壁はあらゆる攻撃を跳ねのけてしまう。まさに、勝利を体現した完璧な空間である。


「小細工しないで、かかってらっしゃい」


 つまるところ、論戦だけでの戦いを余儀なくされるのである。空間にはティーテーブルが用意され、向いに座るように誘導される。


「さぁ、ゆっくりお話ししましょう…」


「赤を越え、青き光を宿し、灼熱の炎よ…」


 しかし、クルリは火炎魔法の詠唱を始める。


「あなた、昔からそういうところ変わってないわね」


 クルリは試さないと諦められないタイプ。なので、とりあえず無理だと言われていても正面からの攻撃魔法を試したくなるのである。


 収束した青白い炎が作られ、ティータイム中のヴィクトリアへ向けて放たれる。


 防壁に激突して真っ赤に壁が熱せられる。クルリ側から見たら意外といけているように見えるのだけど、ヴィクトリアの飲む紅茶に揺らぎさえも起こさないほど攻撃にはなんの効果もなかった。


「だから、無駄ですよ。早くお座り」


 割と全力で撃った魔法だけにちょっと悔しいクルリだった。


(そう言うことなら…)


 クルリはようやく席について一緒に紅茶を飲むことにした。こうなれば、口で勝つしかない。心の衝撃は何も物理攻撃だけじゃないのだから。ヴィクトリアの偏った恋愛遍歴を追求すればきっと悪魔が悶えるように恥ずかしい思いをするはず。


「ところでクルリ。前回の査問で男遊びが酷いと指摘したばかりなのだけど」


「へ?」


 スクリーンに大きく映し出される、新しいクルリの兼任護衛騎士コレクションたち。


「ちょ」


 ここはクルリが追及する場所なのに、逆にクルリの醜態を突かれむしろ悶え苦しむことになる。あなた、殿方に慣れるの構わないけど節操がなさすぎるんじゃないの?


「別にご飯行くくらい良いじゃないですか。私がお金出してるんだし!」


「それがダメだって言っているのよ!」


 まぁ、こいつらの本性は結局、愛ではなくお金目的なのだけども。


「世界には詐欺師しかいないんですか!」


「そうよ、クルリ」


「約束された勝利の先に群がるのはいつも詐欺師ばかりなのよ!」


 ヴィクトリアの口調が急に変わる。


(えっ、急に重い話始まった?)


「クルリ、私の魔法の弱点を知っているかしら?」


 クルリは思う。


(わかっていたら困らないんだけど…)


 そう、思いつつもクルリの渾身の物理攻撃も結局は効果を発揮していないので、息を整えるついでにテーブルに座ってティータイムに付き合うことにした。


「常勝の弱点があるとすれば、勝ち続けることのプレッシャーとかでしょうか?」


「それは敗北する恐怖ね。私は必ず勝利する魔法なのだから」


「じゃぁ、何なんですか?」


 と、クルリが答えを急かす、すると。


「貴方はいつもすぐに答えを求めますね。もう少し考える努力を…」


 自分から聞いてきたのに、くどくどと説教を始める。齢(よわい)十三才のクルリも自分では子供を卒業したつもりなので、最初は興味深そうに耳を傾けているふりをしていた。


 しかし、話を初めて5分もするとクルリは疲れてきて、あくびをしそうになる。けれど、飽きてきたり、退屈に感じた素振りを見せると、静電気のような小さな雷撃魔法でつつかれるのでクルリは頑張って眠気に耐える。


 しかし、クルリがヴィクトリアの話を聞き続けようにも頭に入ってこなかった。


 そして話が30分に及ぶと、クルリの集中力はいよいよ散漫になり、思いを巡らせたり、空想にふけったりしはじめた。


 それでもクルリは黙って話を聞き続ける。なぜならヴィクトリアの弱点を知りたいから。


 それで出てきた弱点は…


「私の弱点は敗北を知らないことなの」


 だから、クルリの我慢は限界になった。クルリはてっきり攻略のヒントでもくれるものだと思っていた。なので、うっかり嫌味がこぼれてしまった。


「そうですね、とりあえず敗北すると男の人はみんな優しくしてくれますよ」


「そうなの?」


 そしたら意外に食いつかれてしまった。


「そりゃ、男って狩猟して生きていた生き物なので、女の弱ってる瞬間にそそられるんですよ。本能的に『チャンスだ』と思って頭を突っ込んでくるやつ多いですよ」


 クルリの短い人生でもそういうことは多々あった。魔女の一門なので恐れられるが、クルリは自信家でもあり楽天的でもある。成功も大きいがその分失敗も重ねている。派手そうに見えて落ち込むことも頻繁にあるおかげで、そういう落ち込んでいる瞬間でも使えるということも早いうちに学んでしまったのである。


「おば様って優しくされたことないでしょ?」


「実のところ…、魔法を完成させてからは一度もないのよねぇ…」


(お、これは食いついたのでは?)


「隙のない女なんてどんなに美しくても、難攻不落過ぎて誰も挑んでこないんですよ。だから、おば様はモテないんじゃないですか?」


「弱ってると本当にモテるの?」


「魔女で最強のおばさまと、私とかお母さんとかゼロおばあ様とか…を比較すればわかりますよね」


 クルリは即座にグラフを作って説明を始める。過去に付き合っていた男の数(毎年)と魔女としての戦力係数を比較するグラフ。


「ほら、この通り強いほどモテないという負の相関が確認できますよね?」


「ほ、ほんとだわ」


(しめしめ…)


「だから、偶には属性を反転して敗北の甘い蜜を吸ってみてはいかがでしょう?」


 でも、勝利の魔女はこれだけでは靡かない。


「でも、弱り目に来る男ってダメな男が多いんじゃない?」


 そう、これは世界の真理。でもあり、戦略の本質。狡猾な男だからこそ攻めやすいところを落としに来るわけなのだけど、そういう卑怯な面よりも完璧を求めるヴィクトリアは引っかかるのであろう。


「やっぱり、正々堂々とした男が良いわね…」


 クルリはこの言葉を待っていたのだ。


「卑怯な男が嫌なら、私が反転しますよ?」


 ヴィクトリアがクルリを見る。


「私なら、おば様の思う最低な男をこそ最高の男に変えて見せます! だから、ここは私に勝利を譲ってはいただけませんでしょうか!」

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