16 それが普通なのよ
それから、鍛冶工房でのお手伝いが始まる。
家事工房にはご主人のカリドさん(50)を中心に、奥さんのエメリアさん(49)と、息子さんのマーリンさん(29)、と奥さんのロレンスさん(29)、そしてさらにその双子のお子さんである、ジエール(9)、アーニャ(9)で構成されている。
この家では子育てと工房の切り盛りという一番忙しいロレンスさんのお手伝いをすることになったクルリである。
「なにか得意のことはあるかい?」
「前は、精神操作魔法が得意だったんですが…」
「そういうのじゃなくて、クルリちゃんが何できるのかって聞いてるの」
そう改めて問われて困るクルリ…。別に何か秀でたことなんてあんまりない気がする。強いて言うなら…。
「お勉強?」
「そう、なら子供たちのお勉強見てもらおうかしら」
ロレンスさんがニコニコしながら仕事をくれる。なんだか、人の役に立つってこんなことからでもできるんだなと、ちょっと舐めていた時期が私にもありました。
「勉強、つまんねー。かくれんぼする!」
そう言って、5分も机に座っていられず家の中を走り回る子供たち。子供に勉強を教えるということは、つまり子供の面倒をクルリが見ないといけないのである。
さらに、双子のダブルパワーに、謎の以心伝心による連係プレーで完全におもちゃにされるクルリ。しまいには家を飛び出し、近くの草原で一日中鬼ごっこをさせられるのだった。
「う、うぅ…」
「あら、大変だったわね」
「すみません、お勉強は全然教えられませんでした…」
「あぁ、いいわよ。子供たちの面倒見てくれただけですっごく助かったわ」
本題のお勉強は一切させられなかったけれど、ロレンスさんは満足げだった。
(子供出来ると毎日あれだけ重労働を迫られのかぁ…つらい…)
と、クルリは思いながらも
(私が九歳の時はもっとしっかりしていたような…)
と、九歳を振り返る。学校での成績は優秀だけど、親や教師を小ばかにしたような発言が多く、内申点はあまりよくなかった。それでいて、周りの不正には敏感で、教師に相談せず私的制裁を加えたびたび別の保護者とトラブルに…。そのたびに母さんが平謝りしていたのを思い出す。
そもそも、クルリが魔法で友達のマヒロ君にいたずらをしたことで査問を受けたのは九歳。
(私もたいがいか…。すっごい迷惑かけて生きてきたんだなぁ…)
魔法を使えば頭をこつんと一撃するだけで、確かにあの子たちを改心させておとなしく勉強する子に変えることはできるけど、はて、それが本当にロレンスさんの求めることなのだろうか?
クルリは考えながらも、疲れに負けてそのまま深い眠りにつくのだった。
「おねーちゃん。今日もおにごっこしよう!」
そうやってはしゃぐ二人に対して、クルリは作戦を変えた。
「じゃぁ、この問題を先に解いたらすぐに逃げていいよ。そうじゃなければ動いちゃだめだからね!」
「えっ! なんだよそのルール!」
「はい問題、リンゴ一つ銅貨30枚です。銅貨99枚でリンゴを買えるだけ買うと、リンゴはいくつ買えますか、またその時のおつりはいくらですか!」
指を折りながら一所懸命考える二人。そして、先に答えたのはアーニャちゃん。
「リンゴ三個、おつりは九枚!」
「はい、正解! じゃぁ、逃げていいよ」
一緒に逃げようとするジエールを取り押さえながら、三十秒間をカウントするクルリ。
「三、二、一」と言った瞬間ジエールが逃げ出す。けれど、九歳と十三歳がかけっこをしたら結果は目に見えていた。
すぐさま、追い越してジエールを捕まえるクルリ。それを丘の上からキャッキャと喜びながら見るアーニャ。
「そんなのずるいよ」
「そうね、為政者ってのはいつでもずるいこと考えているものよ。世の中で強い男になりたかったら勉強することね!」
そうして、カッカッカと高笑いをするクルリであった。
「今日はちょっと上達したじゃない!」
「いえいえ、結局宿題全部終わりませんでしたし…」
「いいのよ、毎回たいしてやってないから」
「そうですかね。こんなことに手を焼いていて私は魔女になれるのかな?」
「あら、あなたのお母さんだってこんなこともできないじゃない」
「確かに」
「みんな、それが普通なのよ」
これが、普通の人に期待すること。それならば、魔女のクルリに期待することは何だろうか?
「今は、とっても平和だから魔女様にお願いすることも減っているのよね。良いことなのだけど」
クルリはこれを重く受け止める。せっかく平和にしたっていうのに。魔女の価値が下がっていくのはちょっぴり不満であった。
(これに答えを見つけるのが私の宿題かな?)
そんな、魔女のすることがなくなった世界で何をするのか?
クルリの悩みは数日続きそうだった。
けれど、展開はそれよりも早くやってくる。
また、いつも通り子供の相手をしながら宿題を見ていた時だった。今日は工房で作っていた部品の出荷があるらしく荷馬車が止まっていた。
「危ないから近づいちゃだめよ」
と、語るロレンスさんを眺めて微笑んでいた時。荷馬車によいしょと積み上げた鉄製の重々しい荷物が勢い余って反対側に崩れてくる。
「危ない!」
と、叫んだのはアーニャだった。
クルリが駆け寄ったとき、ジエールをかばうように抱いた結果、血を流しているロレンスさんが目に入る。
「だ、大丈夫だから」
と、一瞬元気そうに語るロレンスさんだったが、反対側から駆けてくるマーリンさんの表情が歪む。ものすごい出血。ぼたぼたと滴り落ちる血の雫。
そして、まもなくロレンスさんの意識が遠のいていく。
「私が処置します!」
クルリは禁じられた魔法を使うためにチョークで石畳に魔法陣を作っていく。
「彼女をここへ!」
術式の詠唱と共に背中の刻印がピリピリと警告を出す。このまま魔法を使ったら、とりあえず魔女になれないかもしれないけれど、クルリに迷いはなかった。
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