15 クルリは何ができるのか?


「母さんは過去にどんな失敗をしたのですか?」


 料理をする母さんの手が止まる。


「自分にしかできないことって、半分は尊いけど半分は呪いなのよ」


「呪い?」


「ほら、あなたも手伝って」


 そう言われ、クルリは黙ってスープの具材を刻む。母はとにかく不器用で、力加減が分かっていない。まな板に深々と跡がつくくらいまで力を込めて野菜を切るわりに、刻む幅はまばらで大きな野菜もあれば小さな野菜もあって、これでは煮込み具合がそろわないではないか。


「母さんって本当に不器用ですよね」


「そうよ、こんな私が朝ごはんの支度するなんて世界の不利益だと思わない?」


 絶対の魔女は、世界の法則をも歪める。そういう力がある。だからこそ、朝ごはんを作るという多くの人にできることは他人に任せて世界の理不尽をなくすことにいそしんだ方が世界のためになるとは思った。


「そうですね」


「ちょっとは否定なさい。可愛げないって言われるわよ」


 でも、母は違うと言い出す。


「そうなんですか?」


 一体、どう答えてほしいのか。母からは全くわからなかった。


「人間ってのは嫉妬の塊なのだから、完璧なものは汚したくなるものよ。たまには弱点見せておかないと人々から嫌われるからね」


「というと?」


「あんたはすぐ答えを求めるのね」


 そう言われて困る。正解までの道のりが短いほど当然ながら仕事の効率がいいと思うから。答えを求めるのが一体なぜ悪いのか?


「また、不満そうな顔しているわね」


 そんな私のおでこに、指をツンと当てる母。


「まぁ、いいわ。朝ごはんが終わったら仕事先を紹介してあげる」


「えっ、これ食べるの?」


「当たり前でしょ!」


 ちなみに、母の料理は見た目は悪いが、食べられないことはない。




「それで、仕事って?」


「いいわ、案内してあげるからついていらっしゃい」


 母はお忍びで出かけるときの庶民らしい服装に着替える。だから私も同じように服を選んだ。久しぶりに母と一緒に町を歩く。


「貴方は、まずは世界の普通を知るべきなのよ」


 そして、連れてこられたのは町はずれの工房。大きな窯に水車を使った鞴を備え、遠くからでも熱さを感じるほどだった。おそらく鍛冶屋だと思う。


「しばらくここで雑用のお手伝いをしなさい」


 これは、この時代における一般的な村娘のすることだった。魔女と違い、華やかな祝福もなく家を離れ地道に仕事をする人々のすることを体験しろというのである。


「おじいちゃん。いるかしら?」


「んあ、アブソリアかいな」


「そうよ」


「昔と変わらん美女だな」


「はいはい、お世辞は良いから」


 見た感じ昔お世話になったのだろうか。母と工房のマスターは昔話に少しだけ花を咲かせる。


「それで、しばらく預かってほしいのはこの子よ」


「初めまして、クルリです」


「おや、ここへ来るということは、何かやらかしたんだな?」


 どうやら、ここは俗にいう説教部屋というやつらしい。


(あぁ、私反省するまで返してもらえないんだな…)


 と、クルリは思うのだった。


「あ、そうそう。箒と槌と鞄は預かっておくから」


「えっ!」


 さらに、最後の魔法の道具も持っていかれてしまったのである。魔法も封じられ、道具も奪われ、クルリは人生で初めて魔法なしの普通の女の子として生活しなければならなくなったのだ。そんなに弱体化されて、クルリ自身が不安になる。


(そんな状態でどう生きればいいのだろうか?)


  

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