14 愛のない世界
「でも、失って見つけたものとかないのかい?」
マスターの問いかけに対して、クルリはまた顔を上げた。
「真実の愛ってどこにもないのね…」
物憂げに真実の愛を語るクルリを見て、マスターは心の中で思う「やっぱり子供だな」と。
「私には忠誠を誓った十三人の騎士がいたの」
「羽振りのいい生活していましたよね」
しかし、査問委員会で敗北し、魔法が使えなくなったクルリはかつてシノギであった人材リクルーティングサービスを続けられなくなってしまう。
「だからこそ、愛が試されると思うの!」
「そうだねぇ~」
マスターは考えるのをやめてただ、長くなりそうなクルリの話を聞くことにした。
「だから、『今はお金払えないから、苦しい人は私の傍から離れてもいい』って言ったの!」
クルリは判断を各自の自由意志に任せ、彼らに二十四時間の考える時間を与えた。
「これ、どうなったと思う?」
マスターは困る。答えなど、今のやさぐれているクルリを見ればすぐわかるから。そこで、当時のクルリの気持ちに寄り添うことにした。
「『ついて行く』って言ってほしかったんだね?」
クルリは途端に目を見開いてマスターを見る。
「そうなの! 考える時間あげるよって言ったけど、そうじゃないの! 迷わずすぐ決めてよ~」
「ちなみに、実際はどうだったの?」
「みんなそそくさと荷物をまとめていなくなった」
「それは、哀しかったね」
世の中しょせん、金がすべてなのね。
「それで、これからどうするつもりだい?」
「どうしよう…」
再びうつむき、机に伏せるクルリだった。
「まぁ、店は朝まで開けとくからゆっくりしてな」
マスターのやさしさに甘えつつ、夜が更けていく。まだ若いクルリの瞳が眠気に耐えられずそっとつむられていく。
(こんな世界、滅茶苦茶にしちゃおうかな…)
そう思っても、今のクルリにそれだけの力はないのである。
うとうとしていると、誰かに負ぶされていることに気づく。
「んん?」
「あら、起こしちゃった?」
「お母さん…」
普段は絶対の魔女としてこの世界に君臨し、先日査問委員会で厳しく追及して自分を貶めた存在。しかし、今の顔は母の顔だった。
「今はゆっくり考えているといいわ」
クルリはプイッと顔を背けるも、そのまま母の背中にうずくまるのだった。
「しかし、すっかり重くなったわね…」
「うるさい!」
………
朝、包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる。使用人の準備と違って、リズムが悪く遅くぎこちないからこれはきっと母さんの手料理だとわかる。
(珍しい)
魔女の一門で旅行に出かけた時は確かにこんな感じだった。普段は権威を振りまくために凛々しい顔して、なんかすごそうなことを言う母さんたちだけど、いざ、自分たちだけで身の回りのことをしようとすると、あんがいドジだったりする。
「痛っ!」
と、思っている傍からこれである。クルリは暖かい布団を蹴り飛ばして、起き上がることにした。
キッチンを覗くとそこは正に惨劇が繰り広げられていた。たくさんの肉片が飛び散り、玉ねぎは皮ごとすり潰されており、鍋の出汁は不気味な色彩で彩られていた。
「あら、おはよう。思ったより早く起きたわね」
「母さんの準備が遅すぎるだけじゃない?」
魔女が大釜で怪しい薬を作っているイメージは有名なのだが、あれは実は料理に失敗しているだけであり、魔法とは一切関係ないシーンだったりする。
「自分で作らないで魔法使えばいいじゃん」
一生懸命に朝食の支度をする母に向かって、正論パンチをお見舞いするも、母はあっけらかんとして答える。
「魔法には愛を込められないから、こうやって手間をかけているのよ」
「手間に愛を込める?」
「そうよ」
母は言う。母自身はとても絵が下手だけれども、呪文一つで依頼主の思い描く通りの絵画を作ることができる。それどころか、作曲家が求めているような曲を魔法ですぐさま作ったり、陶器や茶器、武具だってなんでも生み出せる。
「絶対の魔法はね、師匠の『創造の魔法』よりずっと便利な魔法なのよ」
創造の魔法には細かい指定がいる。ああ、でなければならない、こう、でなければならない。細かい指定と調整の末に新たな法則が出来上がる。
「でも、絶対の魔法はそんなことない。適当に仕上げたところで、その価値は絶対。本人はとっても良いものだと思って受け取ってくれる」
まさに、絶対に失敗しない商売ができるのだ。
「それだけで食べて行けそうですね…」
「でも、そうじゃなかった。だから、私は朝ごはんを手作りするようになったの」
どうやら、母さんにも母さんなりの失敗があったらしい。
「その、母さんたちは過去にどんな失敗をしたのですか?」
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