第三章 筋肉のゆりかごと悪魔祓い

09 魔女の過ち

 

 魔女になるために必要なこと。それは、魔女審査委員会で師匠たちに勝つこと。


 正直、クルリには勝算があった。反転魔術をフルバーストさせて師匠たちの魔法属性を反転させたら勝てる気がしている。


 ひとまず、「勝利の魔女」であるヴィクトリアおば様は「敗北の魔女」に反転させることができるから勝ち筋が出てくるはず。絶対の魔女を反転したら何になるか、創造の魔女もまた反転するとどうなるのか疑問ではあったが、魔女審査に合格できればこの際どうでもいい。


 だから、クルリは反転魔術を極めようと思ったのだ。


 その練習のためにできるだけダメ人間を探すことにした。


 ダメ人間を選ぶ理由は簡単である。優秀な人間は社会に認められており、そんな人を反転させればひんしゅくを買うことになる。先日のエドさんの事例でよく学んだ。


 しかし、犬も食わないダメ人間の場合、周囲の人々はもちろん、本人さえも自分を良いと思っておらず自暴自棄になっていることが多い。であるならば、いっそ性格を反転して人生をやり直す助けをするのは誰にとっても良いことだと思っていた。


 そして、今日も町のギルドの一室を間借りして相談所を開こうとすると。クルリが来るのを見越して行列ができているくらいであった。


 この日、最初の相談者は中年男性だった。


「本当は、妻や娘に愛される父親になりたかったんだ!」


 泣き崩れ、よわい十三の女子に救いを求めて泣きつくビール腹の中年男性。この時点でなかなかのダメ人間であるが、反転魔術の練習には格好の材料である。


「では、過去の自分に未練はありませんね?」


「はい、ひと思いにお願いします」


 男はひざまずいて背中を向ける。そんな男の脳天のうてんめがけてクルリはつちを振り下ろすのだった。


 ドゴンッ。重く鈍い音が響きと共に一人の男が生まれ変わる。


「ありがとう、今日からは他人に優しくできるようになった気がするよ」


 と、そのまま気持ちよく帰ろうとする男だったが、クルリは袖をつかんで、引き留める。


「せっかくですので転職してはいかがでしょう?」


 クルリは、単に人の心を入れ替えるだけの安っぽい貴族や商人が求める人材を斡旋する人財獲得サービスを考え付いたのである。


「はい、この方は町では知らない人がいないほどの、飲んだくれでした。商館や酒場につけがあり、それを支払うために妻や娘を売ろうとまでした男です。そんな男をこの私、クルリが反転させていただきました。さぁ、彼にはいくら付けますか?」


「彼はネームドの元クズ男だ。金貨五百枚からスタートです」


「千でどうだ?」


「おっと、王国騎士団がいきなり勝負を仕掛けてきました!」


「私たちは千二百枚にするわ」


「おっと、行商連合が乗った」


「うーん、だったら…」


 と、依頼者をオークションにかけるのだった。


(いやー、今日は売上が金貨1万の大台に乗ったなぁ~)


 クルリはときに町一番の悪ガキ(年上)を鈍器で更生させ、騎士団に推薦すいせん移籍金きんを大量に獲得かくとくすることに成功する。ある町では、常に酒におぼれ、ギャンブルに明け暮れる、ならず者たちをまとめて鈍器で改心させ、とある王国の宰相補佐官として推薦すいせんしたところ、これも喜ばれ、十三歳がもらったら金銭きんせん感覚かんかくが壊れそうなほどの大金を獲得する。


 そして、そうやって性格を入れ替えた人間をオークションにかけて貴族や商人に斡旋あっせんするサービスを始めたのである。それが評判を呼びクルリの商売も絶好調となった。


(人生ってマジちょろいわ~)


 クルリは完全に調子に乗っていた。そして、例え見習いとは言え魔女の権威けんいを借りている。誰にもうったえられることもなく、やりたい放題できた。




 そんなクルリにも危機が訪れようとしていた。


 それは、気まぐれで辺境の地を旅した時のことである。


 クルリが未開の地で獲得したかったのは、とある部族だった。人の言葉もまともに通じない部族。しかし体は屈強でありドラゴンを剣と盾だけ倒すような勇猛ゆうもうな部族であった。


 そんな部族を捕まえるためクルリは若い男の後を付け背後から鈍器で殴ってスーパーマッチョの忠君紳士を作り上げた。


「クルリ様、そろそろお昼寝の時間になります」


 ムキムキのボディを隠しきれず、パツパツになったタキシードをまとう例の男。


「ん? そうね…」


 そんな男が、シャツのボタンをはずして艶やかな褐色の筋肉をあらわにする。クルリはそんなスーパーマッチョお腹に乗って、筋肉のゆりかごベッド抱かれながらすやすやと眠りにつき始めるのである。


 ニャー、ニャー、ニャー


 心地よく眠るクルリにしつこく泣きついて来る猫。きっと口うるさい師匠たちである。が、そんな魔女の名声に頼らずとも生きていく術を見つけたクルリは、魔女試験など放置してこのまま生きていこうかと考えていたから、無視しようと思っていた。


 そんなクルリに見かねて猫はクルリの上に乗り、強引に額をくっつけてきたのである。


「ちょっと、クルリ。貴方少しは恥を知りなさい!」


 相手は勝利の魔女であるヴィクトリアおば様だった。


「恥って何のことですか?」


 クルリは音声だけでなく画像も見せつけてみる。


「そういうのを自慢げに町民に見せつけるのを恥っていうのよ!」


「えぇ~。私、おば様たちよりうまくやっていると思いますよ」


「反省の色がないようね。まぁちょうどいいわ。あなたの査問さもん委員会いいんかいをしようと思っていたところだから」


「えっ!」


 査問員会は夢見ゆめみ心地ごこちのクルリが飛び起きるようなイベントであり、やる気のない魔女や問題行動をしている弟子などに事情聴取して最悪の場合罰を受けることもあるのだ。


  

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