08 ストーカー女の決断
「ハルさんを反転しましょう」
ユキメは標的を語る。
「どうしてですか?」
「お互いの本気を出し合って、それでも負けたのなら私は納得せざるを得ないですから」
クルリは思う…。最後の勝負で決着をつけようというそういう意味なのだろう。たとえ敗色濃厚だとしても女には譲れない戦いがある。しかし、疑問もわいた。
「その勝負で負けたらどうしますか?」
「二人を殺して私も死にます!」
と、明言するものだからクルリは困った。
「やっぱあんたやべー奴ですね」
「依頼を受けたんですから、代替案くらいくださいな。さもないと魔女見習いのロールキャベツが今日の晩御飯になりますよ?」
「うーん…」
悩むクルリだった。こういう時は勝利の魔女であるヴィクトリアおばさまの言葉を思い出す。
「勝利と理想は違うもの。勝ちたいなら理想を捨てる覚悟をもちなさい」
理想にこだわらなければ、ひとつだけ可能性がある道筋がなきにしもあらず。
(けれど、これはハッピーエンドなのか?)
そう思ってユキメさんの瞳を見る。虚ろな黒い瞳が相変わらずぎょろぎょろとしていた。どこを見ているかわからない深い瞳に吸い込まれそうになる。けれど…
(全滅エンドよりはましかな…)
クルリは覚悟を決めた。
「でしたら、これを試してみましょうか…」
クルリはプランをユキメに打ち明ける。黒いぎょろついた瞳に瞼が降りて、ユキメはしばらく考えていた。一呼吸か二呼吸くらいの短い時間の静寂だったと思う。
「なるほど、わかりました。それで異論ありません」
そして、難なくユキメの同意を得る。
「本当に、いいんですね。ユキメさん?」
「はい、あなたのプラン。私としては魅力的です」
「契約成立ですね!」
そのまま、夜になって仕事をしていた村人が帰ってくるのを待ち、作戦を始めることにした。
町の集会所となっている広場。ここには焚火が炊かれ、集まった村人が酒を酌み交わしている。その様子はユキメさんの食堂からもしっかり確認できた。
「エドさんは毎晩エールを2杯飲んだらそのまま真っすぐ帰宅します」
「わかりました」
クルリはエドの帰り道となる井戸の脇に身を隠す。入念にも魔法を使い服の表面が石畳と同じ模様になるカムフラージュもした。
足跡が近づいてくる。
「悩み混沌をさ迷う汝の魂よ、恐怖に敗北した汝の勇気よ、世界の真理に折れた汝の精神よ…」
クルリは詠唱を始めつつ標的を眺める。通り過ぎていく標的は間違いなくエドである。
「いま一度の再構築を願い、もう一度の戦意を望み、ただ一度の可能性に挑むなら、我が仲介を元に神との契約の書き換えを進言する…」
エドがクルリの横を通り過ぎ、クルリはすぐに立ち上がってエドを尾行する。
パキン。
クルリが小枝を踏んでしまい音がすると、エドは立ち止まって振り向く。しかし、エドが振り向いた先には誰もいなかった。エドは不審に思いながらも前を向き直りもう一度歩き始める。
そんなとき、家と家の暗闇からクルリはエドに迫る。
「魔女の子であるクルリCシフトが! 迷える汝の心をくるりと反転す!」
ドカッ。振り下ろされた槌が頭蓋骨を陥没しそうなほど重たい音を響かせる。
「よしっ!」
魔法の成功の感触を感じたクルリはガッツポーズする。クルリの前にはピクリとも動かないエドの身体が横たわるだけだった。
(あとは起き上がるのを待って…)
と、クルリが食堂に戻ろうとした時である。暗闇に一筋の刃の気配を感じた。クルリは瞬時に槌の形を変え体を守る。
カキーンと包丁と槌が激突した音が辺りに響く。
「やったわね! よくも私のエドをやったわね!」
バーサーカーとなってしまったユキメが襲い掛かってきたのである。
「ユキメさん、落ち着きましたか?」
「殴られた場所がまだ痛みます」
あの後、エドは無事に意識を取り戻し、普段なら翌日に備えて眠るのだがこの日から夜更かしするようになった。ほかの村人の誰よりも仕事熱心だったエドさんは、この日からほとんど働かずに飲んだくれるだけの人となってしまったのだ。
そんなエドさんを見て村長は大変残念そうにしていた。
「クルリ様、どうしてこんなことを」
「今はわからないかもしれません。しかし、これがこの村にとっての最適解なんです」
村人の追及に苦し紛れに答えるクルリは、こんなクエストを仕込んだゼロおばあさまを恨みながら村を後にした。
帰り道。村人に野次られながら追い出されるように箒に乗って山を下るクルリ。
「にゃー、にゃー」
今度は、絶対の魔女であるお母さまから連絡が来た。
「あら、それは災難だったわね」
「もう、魔女の修行やめたい」
母だからちょっとだけ甘えたことを言うクルリであった。
「なら、未来を占ってあげようか?」
絶対の魔女と名乗る母のすることは絶対。つまり、占いも絶対にあたる! 通話越しに母さんがタロットカードをめくる音がする。
「あら、やっぱり最適解ね」
あの後、働かなくなったエドさんはハルさんに呆れられてしまう。生活力のない男の面倒を見るような甲斐性のないハルは数年後には村を出て町に出稼ぎに行くことになるらしい。
「働かなくなったエドさんをどんどんダメ人間にして生涯にわたりペットのようにして愛でたそうよ」
クルリは思い出す。深淵を映したような虚ろな瞳が二ッと笑っている様子を。
「人には、それぞれの幸せがあるんですね」
ユキメさんが幸せになったならある意味依頼達成である。
「だから人間は面白いでしょ?」
「母さん。それ、悪のセリフですよ」
「魔女なんて半分は悪よ。これくらい耐えなさい」
「それで、ハルさんはどうなったんですか?」
「ハルって子は…。あら、子爵家の跡取りを捕まえて結婚するわ」
「へぇ~貴族になるんですね」
どうにも、人間の可能性は閉じた世界だけで考えてはいけないようだった。
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