07 私にいい考えがある


 クルリは翌日の明朝には起きてユキメと共に彼(=エドさん)の家に一緒に忍び込む。ユキメさんの作った朝ごはんをこっそり彼に届けるためである。そんな、くそヤバイ状況下になぜかクルリも同行させられたのだ。


「ふふふ、今日も寝顔かわいい…」


「その、こっそり届ける理由は何ですか?」


「実は、私からだと直接受け取ってもらえないのです」


 それは奇妙な話である。普通、勝手に自分のご飯が枕もとに置かれているほうが気持ち悪くなると思う。


「いえ、それがこうしておくと食べていただけるのです…」


「ちなみに、どうしてそう思ったんですか?」


「実は…、エドさんはこのお弁当を作ったのはハルさんだと思っているんですよ」


 ハルという女の子の名前が再び登場する。


「なるほど、やはり恋敵なんですね」




 食堂に戻り作戦会議が再び始まる。


「はい、クルリさん。ここは惚れ薬か何かで穏便に済ませましょう…」


「惚れ薬はダメです。潜伏期間1週間、無症状のまま体内で増殖し、周囲に四百倍に拡散して王都で大流行した記録があります」


「もしや、パンデミックを起こしたことあります?」


「私、人のためになることしたかったのに…」


「ここで自供しなくていいですよ」


「やっぱり、得意な精神操作がいいかも…」


「それでは、彼が私を好きになるように精神を操作してはいかがでしょう?」


 クルリは精神操作が得意とはいうものの、人の心は複雑。思い通りになるわけではない。


「ユキメさんを好きになるようにだけ変えるのは結構難しいですね…」


「だけ?」


 心とは結局脳のホルモンが作り出した感情の一種であり、本人の性質。


「たとえ、一時的にユキメさんのことを好きになったとして、すぐに戻って行ってしまうんです…」


「一瞬だけでも突破口を作っていただければ、あとはなんとかしますよ?」


「歴戦の勇者みたいなこと言わなくいいですよ!」


「ではどうすればいいですか?」


「まずは、プロファイルするのでエドさん…は昨日聞いたので、ライバルのハルさんの情報をください」


 ハルさんはユキメさんより年下、クルリよりちょっと年上で、容姿には恵まれていて可愛らしい女の子である。しかし、箱入り娘であり、畑仕事どころか家事も手伝わず親に甘えるお姫様みたいなところがある。自分の興味ある人以外には、基本的に陰湿で評判はつくづく悪い。


「ね? 私と対照的でしょ?」


「あ~、エドさんは働き者で生活力あるんですものね…」


「そうなの、私と同じでしょ?」


 これはややこしかった。女の子は同じだと安心するところがあるが、人間の本質としては自分と違う部分に興味を持つようにできている。つまり何が言いたいかというと、同じものは結ばれず、ちょっと違っているほうが相性はいい。


 生活力がある男からすれば、かわいいだけで働かない女でも困らないのである。


 一方で、ユキメさんは不気味だけどなんでもできちゃうし、不気味だけど村の人とだいたいうまくやっているし性格も良いところがあるけど、不気味。顔は整っているけどかわいいというわけではない。


「それで、クルリさんは何ができるんですか?」


「私が持っている恒久的な精神操作魔術は性格反転しかないんです」


「というと?」


「つまり、悩んでいるのは、ユキメさん、エドさん、ハルさんの誰の性格を反転させれば求める成果が得られるかってことです」


 整理するとこうなる。


 ハルを反転 → かわいくて、しっかり者になる つまり、NG

 ユキメを反転 → 取り柄がなくなり、不気味になる つまり、NG

 エドを反転 → 顔だけの紐男になる つまり、NG


 例えば、ハルを反転すると完璧美少女が誕生し、容姿でも性格でも対抗できず、鳥売るべき手段のすべてを失うことになる。

 一方で、ユキメさんを反転すると、ただただ不気味で何もできない負の特異点女シンギュラリティができる。

 そして、エドさんを反転しても、仕事熱心だった彼が、何もしない顔だけの紐男に変わってしまうのだ。それぞれ、長所と短所がかみ合わず、クルリの性格反転魔術を誰に付してもよい結果にならないのである。


「最初のクエストでこんなのある?! ゼロおばあさまいじわるすぎない?」


「いっそ、全員反転しましょう! 一か八かエドさんが私を好きになるかもしれません」


「積極的に地獄を作ろうとしないでください!」


 頭を抱えて悩むクルリ。そんなクルリをユキメはまた縛り上げた。


「今度は何ですか?」


「私にいい考えがあります。言うことを聞いてきただけたらまたごちそういたしますよ」


 ユキメさんが不気味に笑うのだった。クルリは不安を感じながらも食欲には抗えなかったのだ。

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