06 胃袋を掴むのは上手い女

 

 その雪女のような依頼人はユキメというらしい。恋の悩みは解決に時間がかかるので、ほかの村人の仕事をこなして、夜ごろに彼女の元へ向かうことにした。


 ユキメはクルリよりちょっと年上の少女であるが、母親を早くになくし、今は自分一人で食堂を切り盛りするという。めっちゃ頑張り屋さんである。


「一人だと大変ですよね」


「そうですね、そろそろ一緒に支え合う人が欲しいなと思っておりまして…」


「ですよね~」


 と、クルリは適当に話を合わせる体制に入った。というのも、好きな人の話は基本的に長くなるのを知っていたから。何せ三人もいる師匠が全員そうなのだから。


「好きになったきっかけは?」


「彼は誰にでも優しくて、献身的なんです。私と一緒ですよね~」


「あ、はい。そうですね。食堂の運営を頑張ってますものね」


「だから、気になって毎日欠かさず彼の様子をこっそりのぞき見しているんです。そのために屋根裏部屋を作って都会で望遠鏡も手に入れたんですよ!」


(うわ、やっぱりストーカーっぽい)


「あと。毎朝、彼のためにお弁当を作って、彼の家に忍び込んでこっそり置いてきているんです」


(忍び込む?! マジでストーカーですよね?)


「あと、彼の秘密が知りたくて、地下室の鍵もコピーしたりしているんですよ~」


(うん、間違いない。ただのストーカーですね!)


「ははは…、すごい(歪んだ)愛情ですね」


「でも、なんだか好かれていない気がしていまして…」


「は、はぁ。それでその理由はお分かりですか?」


「理由はあの女しかおりません」


(この期に及んで人のせいなのかぁ…)


 この村にはもう一人村娘がいる。一人がハル。クルリと同い年か一つ上くらいの女の子で、愛嬌が良く見た目もオシャレでかわいらしい女の子である。ただし、家事も仕事も何もしないお姫様みたいな村娘である。


(あの子と競争か…、なんか無理そう…)


「クルリさん。今、諦めませんでした?」


「いや。そ、そんなことありませんよ!」


 小さな集落によくあるが、村の中では年頃の男女がちょうど半々ずつ生まれることなんてほとんどない。バランスが崩れていることが多い。だから、結婚できず余る人が出てくる。


 余ってしまったら、都会で出稼ぎしながら結婚相手を見つけるか、一人で暮らしながら偶然やってくる移住者を待って結ばれるか、基本的にどちらかしかない。


「はい、村長からはできれば私に村に残ってほしいと言われまして」


「村で唯一の食堂ですからね」


「彼と結ばれるなら、私は残っていたいと思っていますし、村長たちの応援もあります」


「なるほど、外堀は埋まってるんですね…。それで、肝心の彼はどんな人ですか?」


 ユキメの不気味な黒い瞳が「ニッ」と細くなった。クルリは思い出す。地獄で生まれたホムンクルスを間違って召喚して目と目が合ってしまったときのような気持ち。しかし、それでもずっと眺めているとどうやら彼女は笑っているのだとクルリの脳が正しくユキメの表情を理解するようになったころ…。


「もう、好きすぎてやばい。死ねる…尊死する」


 ユキメの彼語りもひと段落していた。なるほど、このクエストは学校で一番のイケメンと学校で一番のメンヘラ陰キャをくっつけるような内容ですね。そういうことなんですねゼロおばあさま。


「あの、正直厳しいんじゃないですか?」


 正直、クルリでも難しい内容であることには変わりなかった。物理的な問題で解決するならまだしも、心の問題はそんなに簡単ではないから。


「それを何とかしてほしいから頼んだんですよ?」


「まぁ、私も仕事なんで、褒賞次第ですかね…」


 クルリは正直、思いっきり吹っ掛けて断ろうと思っていた。ユキメが自分の意思で断念するならクエストは成立しない。よって、ゼロおばあさまに付き合う必要もなかった。


 しかし、ユキメは無言で料理を作り始める。ずっと仕事で夕食を食べ損ねているクルリにとってはうれしいご飯タイムである。


 テーブルに並べられる食事のどれもがおいしそう。


「さすが料理上手ですね!」


 と、食事に目を奪われていた一瞬のスキを突かれてしまう。


 ロープで椅子に縛り付けられ身動きが取れなくなる。ただ、私はこれでも歴史に名を遺すと言われる魔女の弟子。


(無詠唱だとしても、変幻自在の槌くらいなら呼び寄せられる!)


 が、よく見るとすでに槌は柱にがっちり縛り付けられて固定されているではないか。触らないと形も変えられない…。


「さぁ、どうやら無事に捕まえたようですね」


「一体、どうするつもり」


「さぁ、おいしいご飯をまずは一口お召しください」


 罠だと思いつつ。良い匂いが鼻をくすぐり、胃袋が手を伸ばしてそのスープを欲しいと叫ぶのだ。


「はい、あーん」


 と差し出され、クルリはすんなりと料理を口に含んでしまう。


 ――そして、人生で初めてほっぺたが落ちた――


 臭みを出さないためにしっかり下ごしらえされ煮込まれた鹿の肉。スープの出汁も濃厚に出ていて、風味が口の中いっぱいに広がる。


「お、おいしい!」


 心の中で何かがはじける。


(そうか、私はこのスープを食べるために生まれてきたのか!)


 クルリが人生の意味を見出した矢先である。


「これを食べたければ、私の依頼を受けてください」


「ぐぬぅ…」


 この日、クルリは敗北した。自分の食欲のために、悪魔と契約したのだから。

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