第二章 ストーカーっぽい女がイケメンをストーカーしている件について

05 創造の魔女と雪女

 

 クルリの旅は始まった。


 クルリが魔女になるためには年に一度行われる魔女審査委員会で名立たる三人の魔女をすべて屈服させなければならない。


 三人の魔女は世界を変えるほどの力を持ち、それぞれ、創造の魔女、勝利の魔女、絶対の魔女と二つ名がついている。


 そんな最強と言われる三人の魔女がクルリの師匠たちである。


(さて、どうやって攻略しようかな…)


 クルリはそんなことを考えながら花の咲く草原の中をゆっくり飛んでいた。箒の後ろにトランクをぶら下げ、前にはまるまる太った黒猫がかごの中で気持ちよさそうに寝ていた。


 そんな黒猫は普段は寝ているばかりで全く動かないが、今この瞬間にゴソゴソとうごめきだす。


「にゃ、にゃー」


(あ、ねこたま通信かな?)


 クルリは通信をするために、近くに降り立ち猫を抱きかかえる。そして、重たい猫を抱き上げて猫の額と自分の額を合わせた。猫には9つの魂があり、年老いた猫はいくつか魂の隙間が残っている。この空いた魂の帯域を利用して遠くの人間と会話する魔法が猫魂通信である。


「クルリ。聞こえているかしら?」


「はい、感度良好です。その声は、ゼロおばあさまですね?」


 相手は、創造の魔女。名はゼロ・ビッグバン・シフト。魔女という言葉を世界で初めて使った人である。ちなみに、普段クルリはゼロおばあさまと呼ぶ。


「旅を始めて何か成果はあったかしら?」


 まだ、旅立って二時間ほど。成果なんてあるわけがなかった。


「いえ、残念ながら…」


 見習いは定期的に師匠に状況を報告せねばならなかった。そして、もっと不幸なことに報告すべき師匠が三人もいる。当然ながら弟子より数の多い師匠から毎日口うるさく説教をされるのである。クルリは少子化と高齢化、特に長寿命な魔女を恨むのだった。


「そうなのね。まぁ、最初はみんなそんなものよ」


 けれど、この日の師匠はなぜか優しかった。


「だから、私が良いこと始めてアゲル!」


 優しい理由は簡単で、創造の魔女は思い付きで行動するくせがあった。


「いやいや…私は交易都市のアリステリアで用事があるのです!」


 と、理由をつけて断ろうと思ったクルリだが…


「創造の魔女、ゼロの名においてこの物語を創造する。さぁ、クルリ、お前が彼女の悩みを解決せよ」


 と、魔法で強制的にクエストをはじめられてしまう。


 その後、飛行すること十二時間。距離にして百五十キロ(東京→こおりやま間と同じ)ほど北上したところである。


 雪の残る山間部まで箒でやってくる。初夏にぴったりのオフショルでミニスカな恰好だったクルリは変幻自在の槌を分厚いコートに変えて寒さをしのいだほどだった。


 雲を見下ろすほど標高の高い村は傾斜地を無理やり開墾しており、村民も数十人規模であった。クルリが箒に乗りながら近づくと、見張り台を守る髭の濃い男の人が手を振ってくれる。


「魔女様ではありませんか。こんな村までようこそ」


 そして、物珍しい魔女(見習い)のクルリを一目見ようと村のみんなが集まってくるのである。村人はそれぞれ悩み事を語り、クルリは鞄を机代わりにしてメモを取りながら困りごとを聞いていく。


「畑を荒らす怪鳥を…」


 と言われたら、すぐさま槌を弓に変え、小さな四角い紙に怪鳥の絵を描いてから魔法を込め、矢に括り付けて適当に上空に放つ。すると、いったん垂直に打ちあがった矢が、急に方向を変えどんどん加速して空の彼方に消えていった。


 しばらくして…


「グエェェェェェェェ~~~~~~~~!!!!!」


 と、怪鳥の断末魔が聞こえるのであった。


「はい、次!」


 クルリは手際よく依頼をこなしていく。もっとも、ゼロおばあさまの創造したクエストをクリアしないとこの村から出ていくこともできないのだけれども…。


 そして、そうしているうちに不気味な少女が現れる。血の気のない肌色に死に装束のような真っ白な服。対照的に真っ黒な長い髪。彼女を形容するなら「雪女」であった。


「何かお悩みですか?」


 クルリは思っていた。面白いことが大好きなゼロおばあさまのことだから、こういうちょっとパンチの効いたキャラが依頼人なんだろうなと。


「実は、好きな人ができまして」


 長い髪から深いくまの入った目がクルリのことをぎょろりと見降ろすのだった。


(この人、めっちゃストーカーしそう…)


 第一印象は不気味そのものだった。

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