03 邪知暴虐の王を反転せよ!


「もしも、私が邪知暴虐じゃちぼうぎゃくの王になったとしたらそなたはどうする?」


 これは、20年前。クルリの母である絶対の魔女に問うた質問である。自惚れの強い性格で、能力に絶対の自信があった彼女は、質問をするなり、急に呪文の詠唱を始め、城を吹き飛ばそうとしたことがある。


(正直、なんでも武力で解決するのだけはやめてほしい)


 そんな、母をも超える叡智をこの少女が持ち合わせているのなら…。安心して王位を後進に譲ることができるだろう。


「私でしたら、陛下の性格を反転するでしょう」


 クルリは特に長い時間を経ず短く簡潔に答えた。


「性格を反転?」


「はい。もし邪知暴虐に落ちたのならば、性格を反転すればまた今みたいな心優しい国王陛下にお戻りになられますから」


 母たちより冷静で聡明。人を見る目もしっかりしており、あどけなくもまっすぐな輝き。なるほど、なるほど。この賢い娘ならば魔女という最強の力を得ても安寧の世界が約束されそうである。


「そなたの賢さ、よくわかった。付き合わせた礼として旅の祝いを贈らせてくれないだろうか?」


 クルリは、心の中でほくそ笑む。


(きっといいものいっぱいもらえるはず!)


 一方で、国王もまた、クルリを気に入っていた。


(過去一番、いいものを贈ってやれ)


 国王はベルをチリンチリンチリンと三回鳴らした。このベルの回数は贈呈品の質を示しており、三回は用意した中で最高のものを贈れという意味である。


 そして、クルリの前に届けられる四つの贈り物と、金貨百枚が差し出される。


(過去一番いいものを贈ってやった。とても喜ぶだろう…)


 しかし、クルリの顔が曇る。


「あれ? 母さんたちより少なくない?」


 国王の思惑と異なり、クルリは急に不満を言ったのだ。さっきまでしっかりした受け答えだったのに、十三歳という年相応の言葉遣いが飛び出す。


「いや、これは過去一番の贈り物じゃぞ!」


 国王もうっかり素でしゃべってしまう。それに、本当に過去一番多いのに少ないと疑われた。


 ただ、その理由はすぐに分かった。


 どうせ、クルリの母たちが見栄を張ったのだろう。男からの貢ぎ物の数はステータスの一つとでも思っているのだと、すぐに察するのだった。それくらいに、魔女と王国の付き合いは長い。国王の脳内ではフルボイスでセリフが再生されるくらいであった。


 そうれはそれで国王は困った。


 過去の帳簿をクルリに見せれば納得するだろうけれど…。そうするとクルリの母たちが見栄を張ったのがばれてしまう。三人の面子を正面からつぶすとそれはそれで角が立つのだ。


 魔女の二つ名は創造、勝利、絶対という最強格の能力を持つ魔女を敵に回すよりも、ここはひとつ目の前のクルリという娘を言いくるめたほうが早いだろうと考える。この間コンマ一秒であった。


「土産として過去一番奮発するように命じたんだがなぁ、どういうことかのう。わかるか大臣よ?」


 国王は財政を担う勘定大臣に視線を送る。


 勘定大臣は国王の意図をすぐさま感じ取り、両手を合わせて一礼する。


「はい、陛下。わたくしから説明させていただきます」


 勘定大臣は細長い顔に、細目、さらに顎から生えた細長いひげを引っ張りながら説明を始める。


「今回の贈り物ですが、原因は物価の高騰にあります。近年の政策により民たちが豊かになった結果、かつて母たちの時代よりも穀物価格が高くなってしまい、金額としては高いつもりなのですが、結果として見劣りするものになってしまったかと思います」


 勘定大臣の作戦は簡単で、なんだか小難しい話をしてごまかそうというものだった。


「意義あり!」


 しかし、クルリは指摘する。魔法でオーロラのようなぼんやりと光るレースカーテンのようものを広げ、そこにグラフと計算式を浮かべながら、過去百年の物価変動を示す。


「母さんの時には、パン一つ銅銭五枚。今は銅銭十枚。この二十年で確かに物価が二倍になっているのは認めます。しかし、母さんは国王から金貨二百枚もらったと言ってました。ですが、物価が倍なのに私には金貨百枚、ってことは…私に対する期待は母さんの四分の一しかないってことじゃないですか! やっぱ、もう私は魔女になれないって思っているんですね! 酷い!」


 勘定大臣のひげをいじっていた手が止まる。まさか、十三歳の小娘にインフレ政策の話をして論破されると思っていなかったからである。


「クルリ様、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」


 そう言うと勘定大臣は過去の帳簿を持ち出し、クルリに見せる。


「実は我々が貴方の母である絶対の魔女に支払ったのは金貨二十枚でした。ですが、あなたには当時の五倍の金額。物価変動を考慮しても二.五倍は期待している勘定ですよ」


 そうやって説明するとクルリはにっこり笑い出す。


「あら、母さんったら。見栄張っていたのね!」


 国王の思惑である「うまくごまかして過去の魔女に対しても気を遣う作戦」は失敗したが、とりあえずクルリの機嫌は取ることができたのだった。


「この件、母さんには黙っておきますね」


「ご協力感謝いたします」


 国王はこの様子を見ていて、心底思う。


(また、厄介な魔女が誕生しそうだなぁ。やっぱ、しばらく続けないとダメかも…)


  

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