第44話 騙す側と騙される側


「マスター!?何か考えがあるのですよね!?」


「カルナ、なんでもする、あいつ倒す」


 はーはっはっはと高らかに笑うネロスを指さすキルディス。

 カルナが鎌を持って構えた。


 その姿にネロスが歪んだ笑みを浮かべる。


「何をするというのうかな?エルフの大賢者が持っていた、神の権限の一部を手に入れただけで、私はもう最強に近い、そしてさらに創造神の領域にアクセスすれば、誰一人私にかなう者はいなくなる」


 そう言って、ネロスは手を掲げた。その手には創造主の宝珠がある。


「まさか、貴様」


 俺が言うとネロスは笑う。


「そうだ、深淵の迷宮の権限をお前ではなく、私に書き換える。そうすれば私は創造神と同じだけの力を手に入れるのだ!」


 吠えた途端、深淵の迷宮のウィンドウが、ネロスの前に現れる。


「な、なんで、カルナ通してないのに迷宮アクセスしてる!?」


 カルナが真っ青になっていう。


「君がエルフの大賢者につないだルートさ。そこから逆アクセスさせてもらった。君たちが必死になって捧げてくれた迷宮の魂も使わせてもらったよ」


 その言葉に、カルナががくがく震えだした。

 位置を把握して魂を転送するときに、エルフの大賢者につないだルートをおそらくネロスは使ったのだろう。


「ご、めん、これカルナのせい……」


 震えるカルナの肩に俺は手をおいた。


「慰めてなんとかなるとでも?まぁどのみちいまここでお前たちの存在を消してあげますが」


 そう言ってにたーっと笑うネロス。

 その恍惚とした笑みに、カルナが真っ青になって顔を背け、キルディスが悔しそうに唇をかんだ。おそらくネロスは確信したのだろう。この世界の創造神になれるのだと。俺達を逆手にとって弄び、全てを手に入れたつもりになっている。


 その姿に俺は、おかしくなってつい笑いだす。


「何がおかしい?」


 怪訝な顔するネロスに、俺を見るカルナと、キルディス。


 ああ、そうだ。これだよ。これ。

『俺』はこの瞬間を待っていた。


「なぁ、ネロス、人が一番無防備になる瞬間ってのはどういうときか知ってるか?」


 俺が問うと、ネロスが眉を顰める。


「それは自分が騙している側で、騙したと勝ち誇っているその時だ。自分が騙しているのだから、騙されているわけがない。その驕り高ぶった瞬間。俺達はいまこの時のために、道化を演じてきたんだ」


「何を言って……」


 ネロスが言った途端。


 ブー!!!!!!!


 けたたましい警告音が鳴り響き。空一面に真っ赤なウィンドウにエラーとかかれたものが無数に浮かび上がる。


「な、なんだこれは!? 迷宮の管理者! 貴様何をした!!!」


 驚いた声をあげるネロス。


 キルディスが慌てて、カルナを見るが、カルナも知らないと首を振った。


「カルナが知るわけがないさ。それを仕込んだのはこの俺だ」


 そう言ってにやりと笑うと、ネロスが視線を俺に映す。


「あり得ないお前は神の領域まで踏み込めていない!そんなことができるわけがない!!」


「そう、『俺には』出来るわけがない。そう思い込んだからこそ、お前は無防備にアクセスした。そうだろネロス。俺たちの手の中で踊っていたのはお前だったんだよ!!!」


 俺が言った途端、真っ赤に染まった警告を告げるエラーウィンドウから触手が伸びた。その触手にネロスが絡まれる。


「な!? これはなんだ!? どういうことだっ!!」


 警告ウィンドウからでてきた触手に束縛された、ネロスが顔をゆがませた。


 ああ、そうだ『俺』はこの時を待っていた。


「さぁ、このくっそくだらないペテン劇のフィナーレと行こうじゃないか。そうだろう!?『俺!!』」


 俺が叫ぶと、ネロスの身体からぽわっと半透明の透けた状態で半英霊化したエルフの大賢者が現れる。


「な、何故貴様が!?」


 ネロスが英霊化したエルフの大賢者に振り向いた。


「これはどういうことか説明しろ!!」


 ネロスが俺に振り返って叫んだ途端、俺はにやりと笑った。


「ここまできてまだわからないか?

 だったら教えてやるよ。俺は『レイゼル』でも、『異世界人』でもない」


「なんだと……まさか……」


 ネロスの顔が青ざめる。

 カルナもはっとした顔をして、キルディスだけは二人を見て?を浮かべていた。


「やっと気が付いたか。

 俺様こそ エルフの大賢者 ファンバード・ロッドウェルだ!!!」


 俺の言葉とともに、俺の姿はエルフの大賢者ファンバード・ロッドウェルに戻り、俺の前に巨大な青いウィンドウが現れる。


 そう――俺たちはこの時この瞬間のために、自分達自身をも騙してきた。

 ネロスに悟られないように、自らも記憶を封印して、時がくるまで思い出さないように、その記憶を封じレイゼルに憑依した異世界人になりきって。


 エルフの魂である『俺』は創造神の世界の人間の記憶と人格の一部を受け入れることで、別人格となり『レイゼル』となった。神のかけらの魂であるもう一人の『俺』は、記憶をなくしたエルフの大賢者として活動し、ネロスが深淵の迷宮の管理者に成り代わろうとするように仕組んだ。

 

 ネロスに情報をあたえつつ、ネロスが自分の思惑通りに進んでいると勘違いするように、優越感を与えながら、それでいて気づかれないように、仕向けた事にすぎない。


 そしてネロスが深淵の迷宮に不正アクセスした瞬間。

 こうなるように前回の時間軸でプログラムを書き直していた。


 創造神の力に異様に固執していたネロスを利用して。


 ネロスの力は迷宮に飲み込まれ始めた。


「う、な、な、なんだと!!」


 触手に抵抗しながら言うネロス。


「はーはっはっはっはっは!!ざまぁないな!!

 俺がエルフの大賢者じゃないからと侮った結果がこれだ。

 あれだけドヤ顔で、世界の神になったーとか語っててこのザマかよ!!

 さぁ、どうだ? さんざん自分が騙す立場だと驕っていたのが全部相手の思惑通りだったのは?これほど屈辱的なことはないだろう?

 操り人形とか言ってた相手に、手痛くやられてマジで恥ずかしい奴!!!!

 なぁ、なぁ、どんな気持ち? いまどんな気持ち?」


 俺がニタニタしながら全力で煽ると、ネロスが目に憎しみの色をたたえる。


「貴様ぁ!!許さんっ!!」


 めちゃくちゃ怒るネロス。


「マスターその姿(大賢者の姿)でそのセリフはいろいろ、いけないと思う。絵面的に」


 突っ込みをいれてくるカルナ。


『私も同感です』


 と、英霊化した俺(大賢者)までジト目で突っ込んでくる。そしてため息をついたあと、


『そもそも、言葉で煽るなど生ぬるいでしょう? やるなら徹底的に痛めつけないと』


 エルフの大賢者が言った途端、エラー画面から伸びた触手がさらに鋭利化して全方向からネロスを貫いた。


「がはぁっ!!!!」


 苦痛にネロスの顔が苦悶に浮かぶ。


『ああ、いいですね。どうせですから、力を奪うまでの間、すべてのあらゆる苦痛のデータをこちらから送り込んでさしあげましょう。いままで命をさんざんおもちゃにしてきたその罪を、今この場で受けていただきます。滅んでいった者の痛みと憎しみの全ての負の情報を送り込んであげますよ』


 もう一人の俺の前にウィンドウが現れ、すらすらと文字を打ち込んでいく。そのたびにネロスが悲鳴と絶叫をあげた。


「お前、地味に俺よりやることエグイよな」


 俺が薄目で言うと、もう一人の俺はにやりと笑う。


『貴方は異世界人の倫理観を取り入れて、少し丸くなっただけでしょう。大体私だって貴方がベースなのですから本質はかわりません。敵と認めたものに容赦のないのはオリジナルの貴方譲りです』


 エルフの大賢者様のもう一人の俺が肩をすくめる。


「あ、あ、あの、マママママママ、マスターですよね?」


 キルディスががくがく震えながら、カルナの後ろに隠れて俺に聞いてくる。


 あー、そういえばこいつ、俺恐怖症だったわ。


「おうそうだ!お前のマスターでありお前の大嫌いなエルフの大賢者様だ!」


 俺がにっこり言うと、「ひぃぃぃ!!」と悲鳴をあげてダッシュで逃げていく。

 なんか俺、あいつに違う時間軸でひどい事しかことあったか考えてみるが、大体俺に相談が来るときにはレイゼルがキルディスを倒した後だったので、俺と面識はないはずなのだが。


「なぁ、俺なんかあいつにしたか?記憶にないんだが」


 俺がもう一人の俺に聞くと、もう一人の俺も首を横に振る。


『知りません。面識もないのにあれだけ怖がられるのも複雑ですね』


 もう一人の俺が笑顔で「こんなはずでなかったぁぁぁぁぁ」と叫ぶネロスの頭を手でめしめし潰しながら言う。うん、たぶんそれだ。他人目線でみるとわりとやばい奴だよな、俺。


「マスター……これはどういうことですか?」


 ダンジョンからでてきたのか、アレキア達が俺ともう一人の俺を見比べて聞いてくるのだった。

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