第6話 戦闘 or 修羅場

(また漫画創作会、やらないかな)


 昼休み、旅人たびとは浮ついたことを考えながら廊下を歩いていた。その間、空手部や柔道部、陸上部の勧誘にあったが上の空だった。

 今日も旅人の頭の中は未来の姿でまっている。


(あれは……大空おおぞらさん!)


 何か反応してくれるのを期待したが未来は此方に見向きもしないでうつむいたまま教室に入ってしまった。

 可愛さは変わらないのだが、いつもの溌剌はつらつとした雰囲気がないのが気になる。


(何かあったんだろうか……)


 旅人が教室に戻ると、隣からひかるが声を掛けて来た。


旅人たびと。聞いたか?」

「……何を?」

青空あおぞら先生の原稿、誰かがゴミ箱に捨てたらしい」

「え……?」


 旅人の息が止まる。だから、さっき未来の様子が可笑しかったのだ。


「体育の授業中に誰か教室に入ったみたいで……。そのせいで今B組、変な空気になってんだよ。俺も入りにくくってさ」


 旅人は顔を俯かせた。漫画をく者としてその怒りと悲しみははかり知れない。


(何であの時、俺は……俺は、声を掛けなかったんだ!)

「あ!旅人!」


 旅人が廊下へ駆け出したのを、遅れて光が追いかける。



「学校で漫画描くとか。何?目立ちたいの?」


 旅人が教室を覗き込むとB組がざわついていた。いつの間にか野次馬達も集まってきている。

 机を縦にして漫画を描く未来の前に、見知らぬ女子生徒が立っていた。少しだけ色素の薄い髪色に鮮やかなピンク色のカーディガンを身に付けている。後ろにいる2人の女子生徒達も派手な出で立ちをしていた。


(あれは……。少女漫画の定番、意地悪な女子生徒の群れじゃないか。まさか、本当に存在したとは)


 旅人は思わず息を呑む。

 漫画というのは誇張表現が多いものだが根底には確かな現実味リアルティがあるのだ。


「あんたの絵気持ち悪いんですけど―。女子じょしなのに少年漫画描くのも男子だんしびてるみたいでウザいし」

「ほんとそれ。男子だんしはべらせたいだけじゃない?漫画とかオタクじゃんね」


 心無い言葉と共に笑い声が聞こえてくる。

 教室にいる誰もが黙り込んでいた。皆、自分が面倒ごとに巻き込まれないように自衛じえいし始めている。未来にとって都合の悪い状況だ。未来の側に居る舞衣まいですら恐怖で青ざめている。

 そんな最悪な状況にも関わらず、未来はきっぱりと言い放った。


「何か悪い?」

「は?」

「私は媚びてないし、目立ちたいわけでもない。……好きなことに必死になって何が悪いんだって聞いてんだよ!」



 小柄な未来から信じられないぐらい大きな声が聞こえてきて女子生徒達がひるんだ。


「何?逆ギレ?キモイんだけど」

「この1ページ、仕上げるのにどれだけ命懸けてると思ってんの?あんたらには分かんないでしょう。だから平気でゴミ箱に捨てられるんだ」


 そこまで言って未来は鼻で笑った。


「分かるわけねえよな!好きなことに命をけたことがないあんたらに!」


 啖呵たんかを切った未来を、呆然ぼうぜんと旅人は見つめる。いつも以上に未来から目が離せなくなっていた。

 先頭に立っていた女子生徒が負けじと反論する。


「……分かるわけないじゃない。それに紙っぺら捨てたの私らのせいにしないでくれる?」

「いや……貴方たちです……。未来の原稿捨てたのは」


 か細い声が静まり返った教室に響く。それは、舞衣のものだった。


(ひっ。陽キャ怖い。だけど……言わなきゃ。だって、未来は本気で漫画を描いてるんだよ?部活動の大会目指すのと同じ。ううん、それ以上に命懸けてる。近くにいる私が一番……分かってる!)

「……手!手にインクが付いてます!」


 舞衣が声を上げると、女子生徒達が一斉に掌を確認する。お互いの顔を見合わせ、バツの悪そうな表情を浮かべた。


「……!」

「青空先生に謝れよ。俺も皆も、青空先生の漫画楽しみにしてんだ」


 教室に入ってきながら光が言った。人気者の光が声を上げたからだろうか。教室にいた数名の生徒達も3人に冷たい視線を送り始めた。女子生徒達を非難するような野次馬の声まで聞こえてくる。


 無言で教室を立ち去ろうとした女子生徒達の前に巨大な壁が立ちはだかる。


「……ひっ!」


 それは鬼のような形相ぎょうそうをした旅人だった。

 おびえる女子生徒達を他所よそに、未来の目の前にやってきた。


「え?」


 未来は思わず声を上げる。

 旅人は構うことなく未来をかつぐと教室を後にした。



 

 

 









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