第5話 修行イベント or 友好イベント

「これが私の作品、『四字よじ軌跡きせき』だ」


 そう言ってほのかにインクの香りのする原稿を未来が手渡した。それを緊張気味に旅人が受け取る。

 力強いタッチは今にもキャラクターが飛び出してきそうだ。筆圧が強いせいで紙に凹凸おうとつを生み出しているのが手にするだけで分かる。

 正直旅人は原稿どころではなかった。


(目の前が可愛い……!俺は夢でも見てるのか……)


 畳の部屋には異色の4人が座っている。


「こりゃ凄いわー!漫画家の家って感じで。あ!『閃刃せんが』の最新刊じゃん!」


 声を上げたのはひかるだった。本や漫画が敷き詰められた本棚に夢中だ。


「今月号も面白かったよねー!俺はアプリで読んだけど」

「ああ!特に主人公の見開きで必殺技を披露するところが良かったな」

「視点が漫画家!確かにあのシーンはカッコよかった」


 漫画雑誌をめくりながら光と未来の会話が弾む。


(え……?なんか、イイ感じじゃないの。未来と光様)


 舞衣が考えているのもつか。正面から旅人の殺気がビシバシと飛んでくる。舞衣は恐怖で思わず体を震わせた。


(青空さんの笑顔が可愛いのに……。どうしてこんなに不愉快なんだ)

「それで?あんたの漫画は?」


 未来が旅人の方を向くと、すぐに殺気はどこかへ消えてしまう。舞衣は額の冷や汗をぬぐった。


「……このタブレットで読める」

「ふーん。デジタルで描いてんだ」


 未来は乱暴にタブレットを取り上げると、胡坐あぐらいて読み始めた。


(……話も面白い。続きの展開が気になって自然にページがめくれる。漫画投稿サイトの評価も高いな……。やっぱりこいつ、凄いやつなんだ)


「コンテストに応募は?」

「……次回応募する予定……」

「だったらすぐデビューできるだろうな……」

「……!」


 未来の言葉に旅人の目が大きく見開かれた。


「私のライバルになるってわけだ。だから……漫画創作の秘訣は教えてやんない!」


 そう言って少年漫画のライバルのように、挑発するような笑みを浮かべて見せた。


(創作意欲を高めようと集まったのに結局教えない。めちゃくちゃ腹立つに決まってる!これで喧嘩、売り返してやったからな!)


 当の本人は表情が動かない。未来は期待していた反応がなくてがっかりする。瞬き一つしない旅人を見て、未来は慌てた。


「あれ?おーい、旅人君?どうした?意識はあるか?」

「大丈夫だよ、青空先生。そいつ、めちゃくちゃ感動してるだけだから……」

「はあ?どこに感動する要素があったんだよ」


 笑いをえながら答える光に未来は首を傾げる。

 未来の挑発は旅人にとって破壊力抜群だった。


『あなたのこと認めてあげるけど、秘密は教えてあげないんだからね!』


 旅人の頭の中で未来の言動はツンデレ風に変換されてしまう。


(可愛いが溢れ出して……駄目かもしれない)


 旅人は机に突っ伏した。その様子を見ていた舞衣は引き攣った笑いを浮かべる。


(まるでギャグ漫画ね……)


「そういえば、語部かたりべさんの漫画は?見せてよ」

「あー……私のはそのお……二次創作ですから!2人には劣りますしー」


 光の提案を舞衣が慎重に断る。その様子を見て未来は腕組をして目を細めた。


「最近上達してるじゃん。『閃刃』の二次創作」

「マジ?見せてよー!」

「えーと。ちょっと待ってねー」

健全けんぜんなやつ、健全なやつ)


 舞衣は神妙しんみょうな顔つきでスマホをいじり始めた。



 


 







 


 

 

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