第3話 ドンッ or ドキッ

(はあー……可愛かったな青空あおぞらさん)


 英語の授業中。旅人たびとは上の空だった。

 ルーズリーフには可憐な少女が描かれている。かなり脚色きゃくしょくされているが未来に似ているキャラクターだった。

 そのキャラクターを見て、旅人は頭を抱える。


(……可愛くて、しんどい)


 隣の席からその様子を眺めていた光が呆れたようにため息を吐いた。


(旅人、青空あおぞら先生にやられてるな……)





 旅人たびとが未来の存在を知ったのは高校に入学して間もない頃。教室の中にはまだよそよそしい空気が流れていた。


「なあ、知ってる?隣のクラスに漫画家がいるの」


 偶然隣の席になったひかるの言葉に反応する。光は交流関係が広く、既に他クラスにも友人を作っていた。驚くべきことに、入学する前にSNS上で繋がっていたらしい。

 目立つ存在ながらも、誰とでも気さくに会話することができる。光が人気者になり、A組のクラス委員になるのは自然な流れだった。

 凶悪な第一印象から恐れられ、距離を取られてしまう旅人とは大違いだ。

 残念ながら旅人は気が付いていなかった。自分の見た目が人にとっては凶悪なものであることを……。


(無口な俺にとってはありがたいクラスメイトだ……。奴は少女漫画のヒーローに相応しい。良いモデルだな)


 そんな性格の光だから、少女漫画を描いていることをすぐに打ち明けることができた。


「編集者も付いてるらしくてさ。読ませてもらったらそれがガチで面白いの!今流行ってる少年漫画、『閃刃せんが』にも並ぶんじゃないかな。

四字よじ軌跡きせき』って作品なんだけど、キャラクターの能力が四字熟語っていう発想が面白くてさー!旅人も読ませてもらえよ!」


 興奮気味に語る光を見て、旅人もワクワクしてきた。


(どんな人なんだろうな。会ってみるか。ついでに漫画作りの話でもできたらいいな)


 そんな軽い気持ちでB組をのぞいた時だった。


 旅人は未来の姿を見た瞬間、少女漫画のヒロインの如く胸を貫かれる。

 机を縦にして原稿に夢中になって描きこむ姿に惹きこまれた。

 シャーペンを走らせるたびに小刻みに動く小さな身体。原稿の先の世界を見据えるその大きな瞳……。旅人の心を激しく揺さぶった。


(……か……可愛い)

「おーい。旅人?どうかしたか?旅人―?」


 旅人はその日、未来に話しかけることができなかった。未来を視界に入れるのに精一杯だったのだ。


(話しかける前に青空先生を見る練習って……。面白すぎだぞ、旅人)


 光は頬杖ほおづえをつきながら、旅人の心の葛藤を想像して笑った。




殺気さっき……?)


 未来は何かを察知して身震いする。


(しっかし、あの時野旅人ときのたびとって奴。凄いよなあ。あの体つきと凶悪な人相にんそう。新しい悪役にぴったりじゃないか?)


 配られた数学プリントの裏にガサガサと下書きする。そこには筋肉が目立つ、凶悪な顔つきの男性キャラクターが描かれていた。そのキャラクターはどことなく旅人に似ている。


(うん。なかなかいい出来。そう言えばあいつ、どんな漫画描いてるんだろう)


 未来は顔を上げるとにやけた。何かを思いついたようだ。



「数学訳分からんかったー……て、何これえっ!」


 未来の席に体を反転させた舞衣が噴き出した。大々的に描かれた旅人に似たキャラクターを見たからだ。


「ちょー似てる!さっきの時野ときの君に!未来の絵柄にめっちゃ合ってるー」

「その旅人君の事だけどさ、放課後、乗り込もうと思って」


 未来の真剣な表情に舞衣の笑いが止まる。


「え?乗り込むって?」

敵情視察てきじょうしさつだ!」


 ふふんっと鼻を鳴らして笑って見せた。


「私もお供します!先生!」


 舞衣が瞳を輝かせながら敬礼した。未来はじっとりとした視線を送る。


(絶対、男二人が目的だろ……)



 




 

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