第2話 宿敵 or お友達

「朝からヤバい奴に会ったー?」


 教室に到着した未来みらいはゆっくりと首を縦に振った。前の席に座る少女、語部舞衣かたりべまいがスマホ片手に声を上げる。毛先をゆるく巻いた髪型と薄茶色のカーディガンが良く似合う。


「うん。私が見るに……半端はんぱじゃないの持ち主だったね……」

って……。あんたの書いてる少年漫画の能力じゃあるまいしー」


 下ろしたリュックサックの中から未来は漫画の原稿用紙を取り出すと舞衣に突き出す。

 そこに筋肉質な男性キャラクターが力強いタッチで描かれていた。


「……こんな奴だった」

「え?どゆこと?そんな劇画げきが調ちょうの人って存在するの?」



 舞衣が声を潜めて未来に語り掛ける。


「それより!私の『閃刃せんが』の二次創作漫画、読んでくれたー?新作なんだけど」

「ああ、スマホに送られてきたやつね。見た見た。相変わらず好きだね。男同士の恋愛」


 未来はそのままの声のトーンで続ける。


「ちょっと!声、大きいってば!」

「別に隠さなくてもいいじゃん。結構、今回のストーリー良かったよ。あーそれと、背景のカフェも良い感じだった」


 そう言ってにやりと笑みを浮かべた。未来の得意そうな笑顔に舞衣はそっぽを向く。


「そんなの……ガチもんのプロに言われたって嬉しくないんだから。でーもっSNSではお気に入り100越えしたから満足な仕上がりかも」

「そーそー。右向きの顔しかなかった頃に比べたらな」

「ちょっと!それは言わないでってば!」


 未来は笑いながらリュックサックから原稿用紙を取り出した。リュックサックは他の生徒よりも大きめだったのはB4サイズの原稿用紙を入れていたからだ。


「まだ時間あるし。原稿でも書こう」

「毎日すごいわよねー。その熱意」


 未来は机の向きを縦にしながら笑った。そうしないとB4の原稿がはみ出てしまう。


「そりゃあね。好きだから、漫画描くの。舞衣だってそうだろ?」

「……それはまあ、そうだけど」

(あんたのマジと私のマジじゃ度合いが違いすぎるってば)


 舞衣は反論したい気持ちを押し殺して黙り込む。自分は未来と同じ、漫画を描く者でありたかったからだ。


「先生!どこまで描けた?」

「見せてくれよ!この前の漫画の続き!」


 未来が原稿を広げるなり、生徒達が集まってくる。未来はすでに高校でも有名な漫画家となっていた。高校の中だけではない、未来には既に漫画編集者が付いている。近いうちに漫画雑誌でデビューするのは目に見えていた。

 未来の周辺が賑わい始めた時だ。


青空あおぞら先生!」


 爽やかな声と共に1年B組に入室して来た人物を見て舞衣は目を輝かせた。


(出たー!女子の間で人気ナンバーワンの癒し系イケメン。A組の星見光ほしみひかる!)


 舞衣は密かに彼が来るのを楽しみにしていた。いや、女子生徒のだれもがそうだったに違いない。教室の生徒達の視線が光に集まっている。

 そこに思いもよらない人物が侵入してきた。


 突如現れた巨大な人影に未来は固まった。舞衣はというと、未来の原稿と旅人の顔を見比べている。


「どうしても先生の漫画が見たいって言ってさ!できれば見せてやってくんない?」

「……どうも」


 未来を見下ろしていたのは旅人たびとだった。今にも人を射殺さんとする目つきに未来は生唾なまつばを飲み込んだ。


(何だ……。この殺気に溢れる目は!もしかして、タオル拾わせたことを根に持ってる?というか同学年だったのか!信じらんねーわ……)


 未来は怯えを見せないために原稿に目を移す。


「いい……けど?」

「ほら!旅人!」


 隣で光が旅人を肘でつつくと旅人が観念したように言葉を続けた。


「……俺は時野旅人ときのたびとって言います。俺も漫画を描いてて……宜しく」


 旅人はとどめをすように未来を真っすぐに見た。その鋭い視線から未来は全てを理解した。


(ほおー。なるほどな。今までの殺意はそういうこと。同じ漫画描きとして宣戦布告しに来たってことか)


 未来の目には旅人の背後に燃え上がる炎が見える。未来は可愛さの欠片もない、好戦的な笑顔を浮かべて答えた。


「そうなんだ。旅人君ね、宜しく」


 旅人はというと、未来の背後に花が咲き乱れているのを見た。好戦的な未来の笑顔も旅人にとっては可憐な笑顔だと認識されてしまう。

 旅人は再び視線を逸らした。


(……やっぱり可愛い。これが少女漫画で言う「お友達から始めよう」ってやつか……)


 やり取りを間近で見ていた舞衣は別の事にドキドキしていた。


(ゆるふわ男子とガタイの良い男子の組み合わせ……い)


 







 

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