第13話

 

 この階を楽しんだ僕たちは次にどこに行くか決めるために近くの案内板を見る。

 どうやらこのゲームセンターは二階建でスポーツのできる体育館は一階の奥の方にあったらしい。

 僕らもざっくり回っただけだったので気づかなかったみたいだ。

 地下もあるらしく、案内板を見たところ、地下にはクレーンゲームやプリクラなどがあるらしい。


「どうしようか?」


 隣で案内板を見ている彼方ちゃんに意見を求める。


「今日はもう結構動いたのでスポーツは別にしなくてもいいですかね」

「そうだね。今のゲームで僕たち結構動いたし、最後に地下に行ってみようか」

「そうですね。それがいいと思います」


 エアホッケーと音ゲーをプレイした僕らは少し額に汗が出るほどには運動ができていた。

 特に最後にやった音ゲー、あのゲームはちょっとしたスポーツなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、あっという間に地下についた。

 見た感じだと手前はクレーンゲームが固まっていて、奥の方にプリクラが並んでいるらしい。

 僕らはとりあえずこの階を一周することにして、クレーンゲームの景品を見ながら、「あれかわいいですね」、「あれは落ちるのかな?」なんて会話をしながらこの階を回った。


「さて、なにしようか?」


 僕がそう聞くと彼方ちゃんは少し困った顔を見せて、「そうですねー」と言葉を濁す。

 確かにこの階はクレーンゲームとプリクラだけなので、どのゲームで遊ぶかというよりは何がほしいか、プリクラを撮りたいのかということしか求められない。

 かといって、じゃあクレーンゲームであれを取ろうと思っても確実に取れるわけでもないし、下手をしたらお金をつぎ込むだけつぎ込んで景品が取れなかったり、取れたはいいものの買った方が安かったなんてことがたくさんある。

 でも、前者はともかく後者はクレーンゲームで取ったことに意味があるのでこちらは幾分かマシである。


「記念にプリクラでも撮りましょうか」


 彼方ちゃんがプリクラの方を指す。

 僕としては大賛成である。

 プリクラなら記念になるし、形にも残るのでいい思い出になりそうだ。彼方ちゃんから提案されなかったら僕から提案しようと思っていたところだ。


「いいね。いい思い出になるし、撮ろうか」


 僕らはどの機械にどんな機能がついているのかわからないので、近くにあった『今流行りのこの1台』と書いてあったプリクラで写真を撮ることにした。


「なんかドキドキするね……」

「そうですね……。写真を取るだけなのになんだか緊張しちゃいます」


 僕はプリクラなんてほとんど撮ったことがない。

 前に大学の友達と一回撮ったことがあったけど、その時は大学の友達が設定からなにやら全部やってくれて僕は切り分けられた写真をもらうだけだったのでプリクラについて全然わからない。

 それに僕、実は写真を撮られるのが苦手だったりする。

 記念になるし、あとでその時のことを思い出したりと、好きな要素が満載なのに撮られるのだけはなぜか苦手である。

 彼方ちゃんもどうやら少し緊張しているようだ。彼方ちゃんも写真を撮られるのが苦手なのか、それともプリクラだから少し緊張しているのかその理由は僕にはわからない。

 とりあえずお金を入れなければなにも始まらないので三百円を入れる。

 ピロン、という音のあとでフレームを選んでね! という機械音声が聞えた。

 フレームってなに? と僕らが困惑していると、画面にハートで周りが囲まれているものや、星で囲まれているものなど十種類もの選択肢がでてきた。

 どうやらフレームとは写真の外枠のことらしい。


「星にお菓子にクローバー、結構種類があるんだね。どれにしようか?」


 どれにしようか彼方ちゃんに相談すると、彼方ちゃんは画面を見ながら少しの間硬直する。


「……これにしましょう!」


 彼方ちゃんが星で囲まれているタイプのものを指差した。

 でも、僕は見逃さなかった。彼方ちゃんが少し無理に笑顔を作っていることに……

 たぶん僕のことも考え、自分の意見を殺して星を選んだのだろう。


(どれだ?)


 画面の中にある十種類ものフレームの中から彼方ちゃんが本当に選びたかったフレームを予測する。

 とりあえず星は違うので選択肢から外す。


(あとは……)


 今まで彼方ちゃんと生活していた中、僕が知りえた彼方ちゃんの好みは……可愛いものだ!

 僕はフレームの中から可愛いと思うものだけをチェックする。

 ハート、クローバー、お菓子、とりあえずはこの三つに絞ることができた。

 でも難しいのはここから。

 どうやってここから彼方ちゃんの選びたかった一つを見つけ出すか、そこが問題だ。


「佐渡さんどうかしましたか? もしかして星のフレーム嫌でしたか?」


 彼方ちゃんが心配した様子でこちらを見つめている。

 あんまり長時間悩んでいると怪しまれてしまう。早く見つけないと……

 ん?

 彼方ちゃんが画面に目を戻す瞬間、ほんの一瞬ハートの方を見た気がする。

 よしっ!


「彼方ちゃん。星もかっこよくて良いとは思うんだけど、せっかくだしハートとかかわいいのにしない?」


 意を決して彼方ちゃんに問いかける。

 すると彼方ちゃんは目を輝かせて


「やっぱりそうですよね! 佐渡さんもそう思いますよね! どうせならかわいい方がいいですよね!?」


 と喜んだ様子でハートのフレームを選んだ。

 よかった。どうやら正解だったらしい。

 フレームを決め終わると、ポーズをとってね! と機械から声がする。


「えっ!?」

「ポーズってどうしたら……」


 僕と彼方ちゃんが戸惑っていると、無情にも勝手に一枚目の写真が撮られる。

 そして機械から二枚目を撮るよ! ポーズを取ってね。とまた声が。

 僕らはとりあえず二人でピース。


(次はどうしよう?)


 僕が悩んでいると、またしても機械から三枚目を撮るよ! ポーズを取ってね。と声が……

 ポーズを考える時間が与えられず、どうしようかと再び頭を悩ませていると、彼方ちゃんが横から僕の腕に抱きついてきた。

 その瞬間―――写真が撮られる。


「……彼方ちゃん……?」


 あまりに突然のことに混乱していた僕は、上ずった声でそう話しかけると、彼方ちゃんは


「す……すいません! つい……その……ごめんなさい!」


 と顔を真っ赤にしながらなにも悪いことはしていないのに謝ってきた。でもたぶん僕もリンゴの様に顔が真っ赤になっていることだろう。


「いやいや。ちょっと驚いただけだよ……ははは……」


 冷静になろうと努力しながら彼方ちゃんをフォローする。

 それに抱きつかれるほどには僕も信頼されているようでちょっとうれしかった。

 でもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 恥ずかしさを紛らわせるためになにか話題を探そうとプリクラの画面に目を戻す。

 すると、隣の機械で取った写真を加工してね! の文字が出ている。

 中から出て操作方法の覧を二人で覗き込むと、どうやら隣の機械で撮った写真に文字を書いたり、絵を描いたり、スタンプを押したりできるようだ。


「彼方ちゃん。せっかくだから加工していこうよ。その方が思い出に残るだろうしさ」

「そ……そうですね……はい!」


 彼方ちゃんが急ぎ足で隣の機械の中へ入っていく。

 たぶんまださっきの恥ずかしさが抜けていないのだろう。

 僕も彼方ちゃんのあとに続いて機械の中に入った。




 隣の機械の中に入り、椅子に二人で座る。狭いので肩がほとんどくっつく形になってしまっている。

 画面を見ると、さっき僕らが撮った写真が横一列に並んでいる。

 この画面で写真を選択し、おいてあるペンを使って写真を加工するようだ。

 僕らはさっそく最初の写真から加工を始める。

 最初の写真はいきなりのことに戸惑って二人とも驚いた顔をしている写真だ。


「ふふっ。私たちおかしな顔してますね」

「ははは、そうだね僕なんて最早変顔だよ」


 僕らは自分たちのあまりにも変な顔を見て、あまりの面白さに笑いながら写真のペンをはしらせる。

 一枚目を加工し終わり、二枚目はいい顔で撮れていたので後に回し、三枚目を先に加工する。

 あの……僕が彼方ちゃんに抱きつかれている写真だ……。

 僕らは再び顔を真っ赤にしながら手早く三枚目の写真の加工を終わらせる。

 文字を書いたり、スタンプを押したりと、思っていたより楽しく加工が進んだ。

 そして最後に残しておいた二枚目を加工する。


「どうしましょうか。一番よく取れてますし、なにか思い出に残るようなことを書いたりしたいですよね?」

「そうだね。せっかくのプリクラだしどうせなら少しでもいいものを作りたいよね。んー……こんなのはどうかな?」


 僕は僕たち二人の間に『僕たちは家族!』という文字を書いてみた。


「……家族ですか……」


 しまった。

 彼方ちゃんは今、家族のことで何かしらの悩みを抱えているというのに、最近僕たちが本当の家族のようになってきているからってなにも考えずに『家族』なんて言葉を使ってしまった。

 落ちこんだような声を出した彼方ちゃんに申し訳なくなり、とっさに謝ろうと口を開く。


「ご……ごめん彼方ちゃん! 何も考えずに僕……なんて最低なことを……」


 彼方ちゃんからの返事はない。

 まずい。せっかく楽しく過ごせていたのにこれでは台無しだ。

 僕が不用意に『家族』なんて言葉を使ったから……

 結果的に彼方ちゃんを悲しませることになってしまった……

 僕は……最低だ。


「……確かに私たちは恋人って関係ではないですけど……家族って言われちゃうとなんか可能性がないみたいで……」


 僕が自責の念に駆られていると、彼方ちゃんの口が小さく動いているのが見えた。

 なにを言っているのかまでは聞えないが、たぶん僕のことを軽蔑したのだろう。

 そう思うと、ひどく心が痛んだ。

 でも許してもらえなくてもちゃんと謝らないと。

 僕は再び、深々と頭を下げる。


「本当にごめんね。彼方ちゃん」

「え?何のことですか?」

「え?」


 僕らはほとんど同時に頭を傾ける。

 あれ? 僕が家族なんて言葉を使ったから彼方ちゃんを怒らせたんじゃないのか。

 それとも僕の勘違い?

 考えていても仕方がない。思いきって彼方ちゃんに聞いてみよう。


「彼方ちゃん」

「なんでしょうか佐渡さん?」


 かわいらしく彼方ちゃんが顔を傾げる。


「僕が家族なんて言葉を使ったから怒ってたんじゃないの?」

「え? そんなことないですよ。むしろ私のことそんな風に思っててくれたんだなー。って思って、うれしいくらいです」


 彼方ちゃんがニッコリ笑顔でそう口にした。


「……よかったーっ!!」


 僕はその場に座り込む。

 肩から力が抜け、安心感と緊張から解放された疲労感が僕の体を一瞬にして支配する。


「えっ!? どうしたんですか佐渡さん!?」

「ごめんね。僕、これからもっと彼方ちゃんのこと考えて大切にするから。お願いだから僕のこと嫌いにならないでね」

「え? え? えーっ!?」


 半分涙声になりながら誓うと、彼方ちゃんは戸惑った様子で困惑し続けているが、そんなこと今の僕には関係ない。

 彼方ちゃんが僕を嫌わないで、今まで通りに接してくれる。

 それだけでどうしようもなく嬉しかった。


「彼方ちゃん。これからもよろしくね!」

「なんかよくわからないですけど……。こちらこそよろしくお願いしますね佐渡さん」


 その後僕たちは加工した写真を二人分に切り分けてから商店街で食材の買い物をして、家への帰路についた。

 でも、僕が『家族』という言葉を使った時に彼方ちゃんが小さな声で何を言っていたのかは、僕には最後の最後までわからなかった。


 こうして僕たちの楽しくも大変だった一日は終わりを告げた。

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