第12話
彼方ちゃんのあとを追って二階に来てみると、一階とは違った騒音が僕らの耳を襲う。一階で多少は耳が慣れていたのでそこまで気にならないけど、少し耳が痛い。
どうやら二階は音楽ゲームと呼ばれるいわゆる音ゲーや、制限時間以内に何本バスケットボールのゴールにシュートを入れられるか、などの体の一部を使うゲームが主なようだ。
僕らはとりあえずこの階を一周回った後、まずはエアホッケーをやってみることにした。
エアホッケーなら僕も彼方ちゃんもやったことがあるし、ルールもわかっているのでお互いフェアな状態で戦うことができる。
形式は僕ら二人しかいないので、もちろん対戦形式。
お金を入れてさっそくプレイ。
「行きますよーっ! 佐渡さん!」
彼方ちゃんが気合を入れつつ、僕に声をかける。
「いつでもいいよ」
僕は少し緊張気味に少し体をこわばらせながら彼方ちゃんの最初の攻撃を待つ。
彼方ちゃんはこの前僕の家でゲームをやった時に、テニスで初めてとは思えないような完璧なサーブを放っている。
ゲームと現実は違うし、テニスとエアホッケーは全然違うけど、念には念を。それに彼方ちゃんならかなり上手く打ってきそうなので驚かないようにしないと。
「えいっ!」
彼方ちゃんが最初の攻撃を放った。
そこそこな速さでパックが僕の陣地へ侵入してくる。僕は慌てずに彼方ちゃんのゴールをめがけてパックを返す。
そこから一進一退の攻撃が続き、お互いにミスをすることなくラリーが続いた。
パンッ、パンッとマレット(パックを打つための道具)がパックを叩く音が響く中、ようやく1点が入った。
先制点は僕。でも一回プレイしたところで僕らの実力が同じくらいだということがわかっている。
ここからどう試合が運ぶかわからないから用心しないと。
次のサーブは僕。勢いよくサーブを放つ。
彼方ちゃんはそのパックを一回で返すのではなく、冷静に一回マレットでパックを止めて、改めて狙いを定めてからパックを打つ。
「しまった!」
「やりました!」
今度は彼方ちゃんが元気よくガッツポーズ。
彼方ちゃんの渾身の一撃が見事に僕のガードを抜けてゴールに吸い込まれるように入った。
この後も一点取っては一点取られるといった試合が続く。
2-1、2-2、3-2。
そして試合は後半戦。
お互いの点数は8-7。僕が1点リードしている。このゲームは先に9点取った方が勝ちなので、僕は今リーチである。
とはいっても油断はできない。ここから彼方ちゃんが2点連続で決める可能性だって十分にある。気を引き締めていかないと。
今度は彼方ちゃんのサーブ。僕はどこに打たれても反応できるようにゴール少し前の真ん中で構える。
「いきますよー! えいっ!」
彼方ちゃんのサーブが放たれた。どうにかパックを止めることに成功はしたけど、勢いを殺すのが精一杯で、ゆったりとしたパックが彼方ちゃんの陣地に返ってしまう。
「あっ」
まずい。そう思った時には遅かった。
彼方ちゃんの陣地の前の方から放たれたパックの勢いは凄まじく、僕が止める間もなく、ゴールへ吸い込まれていく。
「よしっ!」
彼方ちゃんが小さくガッツポーズを決めている。
この前家でゲームをやった時から思ってたけど、彼方ちゃんは結構負けず嫌いなのかもしれない。
でも、だからこそ僕も全力で相手をしなければ、手を抜いてもらって勝っても彼方ちゃんはうれしくないだろう。
今ゴールが決まったので点数は8-8。次にゴールを決めた方が勝ち。そのことが僕に今まで以上の緊張感を与える。
彼方ちゃんも緊張しているのか少し手が震えている。
今度のサーブは僕、最初のサーブで勢いをつけておきたかった僕は今までより強めにサーブを放つ。
でも、彼方ちゃんはそのパックを冷静に対処。勢いをうまく殺してから攻撃に転じた。
それから少しの間ラリーが続いた。
そして一分もしない間に勝負は決した。
勝者は―――彼方ちゃん
「まけたー」
僕は近くのイスに座りこむ。
緊張感から解放されて気分が少し楽になったが、負けた悔しさからは解放されない。あと少しで勝てたかと思うとなおさらだ。
彼方ちゃんの方を見ると、彼方ちゃんは「やった! やった!」と言いながら両腕を上にあげ、ぴょんぴょん跳びながら喜んでいる。
僕はその笑顔に癒されながら少し休憩を取った。
五分ほど休憩を取ってから、僕たちは次にプレイしたいゲームを探す。
「ん? あれおもしろそうだよ彼方ちゃん」
僕が目のついたゲームを指差し、彼方ちゃんがその方向を向く。
僕が指を指したゲームは音ゲーで、上下左右の矢印をタイミングよく踏んでいくゲームだ。
プレイしている人を見ると、そんなに難しくなさそうだし、曲もみんなの知っているような曲や、最近の流行の曲のようで僕らでも楽しめそうだ。
「おもしろそうですね。やってみましょう」
彼方ちゃんの興味を持ってくれたみたいなので早速、二人分の百円を入れる。
すると、すぐに曲の選択画面になった。
協力プレイか対戦形式か選ばなくていいということは、このゲームは二人でプレイできるといっても対戦や協力ができるわけではないらしい。
二人で同じ曲をプレイできて、普通なら二曲しかプレイできないところを三曲プレイできるらしい。
よく見たら下の説明にそう書いてあった。
「彼方ちゃんから選んでいいよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
最初の曲選択は彼方ちゃんに選んでもらう。
僕もテレビでよく歌われるような有名な曲は知っているけど、決してたくさんの曲を知っているわけではないし、今日は彼方ちゃんと親睦を深め、彼方ちゃんに楽しんでもらうのが目的だ。
できるだけ彼方ちゃんの意思を尊重してあげたいので、僕の考えは二の次だ。
どうやらこのゲームは曲選択も足元の矢印で行うらしい。
さっきから彼方ちゃんが隣で慣れない足さばきで右の矢印を踏んだり、左の矢印を踏んだりしている。
ちょっとかわいくて微笑ましい。
ピッ、ピッ、ピッ
ゲームから何かを知らせる音なのかさっきから音がする。
僕と彼方ちゃんが慌てる中、画面右上を見ると制限時間のようなものが表示されている。
「彼方ちゃん、時間がないんだよ。急いでなんか曲選んで!」
僕が彼方ちゃんに急いで音の原因を教え、彼方ちゃんも急なことに戸惑いながらもどうにか好きな曲を選択できたみたいだ。
次に難易度選択画面が表示され、僕らは二人とも難易度普通を選んだ。
ゲームが始まると、選択した曲と同時に画面下から上、下、右、左それぞれの矢印が流れてくる。
画面上に透明な矢印があるのでたぶんこれに矢印が重なった時にその矢印を踏めばいいのだろう。
彼方ちゃんが選んだ曲は最近のアイドルが歌っている歌で、結構テンポの速いポップな曲のようだ。
僕らは最初こそ少し手間取ったけど、曲の中盤くらいには体も慣れ始め、それなりに上手くプレイできるようになっていた。
一曲目が終わるとそれぞれの点数とランクが表示される。
僕は……15000点のランクCだった。
最初のプレイでゲームオーバーにならなかった自分を褒めてあげたい。
次に彼方ちゃんの点数が気になった僕は彼方ちゃんの方の画面を覗き込む。
「す……すごいよ彼方ちゃん!」
「そうですか……えへへ」
僕は彼方ちゃんの画面を見て、感嘆の声を上げる。
彼方ちゃんの画面には25000点のAランクの表示があった。
最初は僕と同じくらいミスしていたのに後半からこんなに差をつけられていたとは。
僕が少し呆気を取られていると彼方ちゃんは「次いきましょー」と少しテンション高めに僕に声をかける。
どうやら初めての体験と、ゲームセンター独特の雰囲気が彼女の気持ちを開放的にしているようだ。
彼方ちゃんがこんなに楽しそうなのに僕だけテンションが低いままではいけない。
僕は「次いくよー」と彼方ちゃんのテンションに合わせるように返事をしてから曲を選択する。
曲にもいろいろジャンルがあるみたいで、今流行の曲や、昔の有名な曲、アニメソングや童謡まで幅広い曲が収録されている。そんな中から僕は今人気の曲で彼方ちゃんが知っていそうな曲を探す。
どうせなら二人とも知っている曲の方がプレイしやすいと思い、僕はちょっと前に流行った曲を選択する。
「わあーっ。私この曲大好きです! ちょっと切ない感じの歌詞がいいですよね」
「そうだね。僕も初めて聞いたときいい曲だなって思って、それ以来よく聴くんだー」
「私たち結構好みが合うのかもしれないですね」
「そうだね」
どうやら彼方ちゃんもこの曲を知っていてくれたようで、それどころか好きな曲らしい。
僕が選んだ曲はゆっくりとした曲調のラブソングで、確か彼女との出会いと別れを歌詞にしたとか。
僕は自分の選択に間違いはなかったと安心して難易度普通を選ぶ。
彼方ちゃんも難易度選択を終えたらしく画面がゲーム画面に切り替わり、再び画面下から矢印が流れてくる。
さっきの曲とは違ってテンポがゆっくりとした曲なのでさっきの曲とは違った意味で難しい。
それにこのゲームタイミングも結構シビアなようで、少しずれただけでもBADの文字が浮かぶ。
「……ふう。さすがに少し疲れてきたかな」
「佐渡さんっ。このゲーム楽しいですね!」
僕が一息つく中、彼方ちゃんは早く三曲目をプレイしたいようで、もう慣れたステップで矢印を踏み、曲を選ぶ。
彼方ちゃんが最後に選んだのは激しいテンポの曲で僕も好きな曲だった。
僕のさっき選んだラブソングと違って、テンポが速く元気のいい曲なので、このゲームだと少し難易度が高そうだ。
僕は再び難易度普通を選択した中、彼方ちゃんは難しいを選択していた。
「彼方ちゃんすごいね。今日初めてなのに難しいを選ぶなんて……僕ならすぐにゲームオーバーだよ」
僕が素直にそう言うと、彼方ちゃんは少しうれしそうに「最後の一曲くらいは冒険してみたいです」と答えた。
僕もある程度体が慣れてきていているとはいえ、体は少し疲れている。流石に難しいを選ぶのは無理があったと思う。
それでも少しぐらいならよそ見をして彼方ちゃんの画面を少し見ることぐらいはできるようになっていた。彼方ちゃんの方の画面には僕の画面の二倍近くの矢印が下から流れてきていて、流れてくるスピードも心なしか少し早い。
彼方ちゃんはそれを一つもミスすることなく、華麗なステップで足元の矢印を踏んでいく。
ちょっとしたダンスを見ている気分だった。
僕が画面に目を戻すと画面にゲームオーバーの文字、どうやら彼方ちゃんのプレイに見とれて足が止まっていたらしい。
ゲームオーバーになってやることのなくなった僕は彼方ちゃんの華麗なダンスを心置きなく堪能することにした。
「……ふう。流石にちょっと疲れちゃいました」
曲が終わり、彼方ちゃんが額を汗をぬぐう。
「お疲れ様。すごいね彼方ちゃん。難易度難しいをクリアしちゃうだなんて。今日が初めてとは思えない動きだったよ」
「ありがとうございます佐渡さん。それとお疲れ様です。ん? あれ? 佐渡さんはどうしたんですか?」
彼方ちゃんが僕の画面を見て、ゲームオーバーの文字に気づく。
「もしかして、私……難しい曲選んじゃいました……?」
彼方ちゃんが不安そうに僕の顔を覗き込む。
まずい。せっかくいい雰囲気だったのに台無しになってしまう。
けど、彼方ちゃんのダンスに見とれてましたなんて言えないし、転んだと言えば彼方ちゃんは心配してしまうだろう。
(……どうしよう)
変な汗をかきながら急いで必死になにかいい言い訳考える。
そして運よくすぐに天からの名案が僕の元に舞い降りる。
「いやーちょっと間違えたら一気に変になっちゃって、気づいたら終わってたよー」
若干棒読みみたいになってしまったけど、言い訳としては上出来な方だと思う。
「そうなんですか……残念でしたね……」
彼方ちゃんが心の底から残念そうな声を出す。そんな彼方ちゃんを見て僕は罪悪感に押しつぶされそうになった。
そして他人のためにそこまで優しくなれる彼方ちゃんはやっぱり素敵だと思った。
そんな彼方ちゃんに心配させないよう、やわらかい笑みを浮かべながら
「さあ。次のゲームさがそ!」
大きな声で手を差し伸べる。
彼方ちゃんは少し戸惑った様子を見せてから「はい!」と僕の手を取り、僕らは次の面白そうなゲームを探す。
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