第11話

 今日はいつものデパートではなく商店街で買い物をすることにした。彼方ちゃんにもっといろいろなところを案内してあげたいという気持ち半分、彼方ちゃんと親睦をもっと深めようという気持ち半分といったところである。

 僕は昨日あれからいろいろ考えて、いつまでも彼方ちゃんから話してくれるのを待っているのではなく、自分から彼方ちゃんに信用されて、頼られて、話してもらえるように努力しようと思った。

 でも正直僕には何をしたら彼方ちゃんに頼ってもらえるかわからない。

 優しくしていれば頼られる?

 なんでも言うことをなんでも聞いてあげれば頼られる?

 違う。

 それは頼られているのではない。そんなことで互いの信用は生まれない。

 僕なりにいろいろ考えたけど、結局答えは浮かばなかった。


「こっちの方はデパートの方とは全然違いますね」


 彼方ちゃんが辺りを見回しながら、少し不思議そうに僕に問いかける。


「そうだね。向こうはビルとかが多いけどこっちは住宅街だからね」


 今、僕らが向かっている商店街はデパートとは真逆の方角にあり、周りの景色も全然違う。

 デパート側はビルがたくさん並んでいて、主にサラリーマンが歩いているけど、商店街側は住宅街で一軒家やアパート、マンションがたくさん並んでいて、木々などの自然も多く、道行く人は主婦や若者が多い。

 理由としては、商店街側の方が遊べる場所が多く、カラオケ店やゲームセンターなどの若者が楽しめる場所が多いのと、スーパーや子供を遊ばせることのできる広い公園があるからだろう。

 そして自宅から二十分もしないうちに商店街についた。


「わーっ! ここの商店街活気がありますね!」


 彼方ちゃんが商店街を見て素直な感想を述べる。


「そうだね。僕も久しぶりに来たけどデパートとは違った活気があるよね。僕はこっちの雰囲気も好きなんだ」


 デパートはどちらかというとお客さんの方が活気があるけど、商店街は売り手の方に活気がある。

 周りから絶えず「いらっしゃい!」「お客さんこれどう?」などと売り手の声が響き渡っている。

 この商店街は八百屋や肉屋だけでなく肉まんなどの食べ物やネックレスなどのちょっとしたアクセサリーも売っている店もあって、小さなデパートのような場所なのだ。

 僕としては人と人とのつながりを感じることのできるこの商店街を気に入っている。

 彼方ちゃんも気に入ってくれるかな。

 と、思いながら隣にいる彼方ちゃんの方を向く。

 あれ?

 彼方ちゃんの姿がない。

 まさかこの少しの間ではぐれてしまったのだろうか?

 そうだとするとまずい。彼方ちゃんはこの辺りのことを全く知らない。彼方ちゃんは携帯を持っていないし、ここはデパートではないので呼び出してもらうこともできない。

 かといって、このたくさんの人たちの中から彼方ちゃん一人を探しだすのはかなり困難である。

 必死なって辺りを見回すが、どこを見ても人、人、人

 全然見つからない。


「どうしよう……」


 僕があわてて何か彼方ちゃんを探す方法を模索していると、どこからか彼方ちゃんの声が聞こえた。


「さわたりさーん!」


 少し離れたところに手を大きく振っている彼方ちゃんの姿を見つけた。僕は人ごみを分けながら急いで彼方ちゃんのもとへ向かう。

 何度も人にぶつかっては「すいません」を繰り返し、どうにか彼方ちゃんのいるところに来ることができた。


「すいません。勝手に行動してしまって……」


 彼方ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げた。

 彼方ちゃんのいる場所を見ると、地面にブルーシートを敷いてアクセサリーを売っている人がいた。どうやらアクセサリーが気になっていたらしい。

 僕は息を整えつつ、彼方ちゃんが見つかったことに安心し、安堵の息を吐いてから彼方ちゃんに返事をする。


「大丈夫だよ。でもこれからは気を付けてね」


 本当はもう少し厳しく注意をしようかと思ったけど、彼方ちゃんの本当に申し訳なさそうな顔を見てしまうと怒る気にはなれなかった。

 それに彼方ちゃんの気持ちだってわかる。

 初めて来た場所なら誰だっていろいろなものに目が行って興味をひかれるだろうし、手に取って見てみたいと思うだろう。

 僕だって初めて来たときは、はしゃいでしまった記憶がある。

 だから反省してくれればそれでいい。

 僕は少し暗くなってしまった空気を換えるべく、少し大きな声を出す。


「じゃあ、今日は商店街を回りつくそーっ!」

「お……おーっ!」


 僕が右手をグーにして大きく上にあげると、彼方ちゃんも恥ずかしそう頬を赤らめながら手を挙げてくれた。




「ごめん。彼方ちゃん。ちょっとここで待っててくれる? 銀行でお金下してくるから」

「はい。わかりました。この近くで待ってますね」

「うん。ちょっと行ってくるよ」


 商店街を回る前に僕はそう言って近くの銀行に入った。

 実は昨日の夜、母親から連絡が入ってこの前頼んでおいたお金を振り込んでくれたらしいのだ。

 なのでさっそく今日そのお金を下そうと思う。

 というか、下さないと本当に食材の買い物しかできない。

 せっかく彼方ちゃんといろんなことをして遊ぼうと思っても、資金がなければなんにもならない。

 食べ歩き、カラオケ、ゲームセンターでゲーム、やりたいことがたくさんだ。

 銀行の中は思っていたより人は少なく、少し並ぶだけでなんなくお金を下ろすことができた。


「ごめんね。待たせちゃって」

「いいんですよ。気にしないでください」


 彼方ちゃんは何の文句も言わずに僕を迎えてくれた。


「さあ、今度こそ商店街を回りつくそうか!」

「はい!」


 商店街の入り口のゲートをくぐり、僕たちは何か興味のあるものを探す。

 辺りを見回すと興味を引くものがたくさんあって、何から手を付けようか迷ってしまう。

 今日は彼方ちゃんと親睦を深めたくてこっちの方に来たのだから、何かしら思い出になるようなことや、一緒に何かをして遊びたい。

 そんなことを考えていると、彼方ちゃんが僕の裾を引っ張ってきた。


「どうしたの彼方ちゃん? どこか行きたいところでもあった?」


 僕がそう尋ねると彼方ちゃんはすぐ近くにあるゲームセンターを指差した。


「ああいうの私の家の近くになくて、行ってみたいんですけどいいですか?」


 彼方ちゃんが不安そうに尋ねてきた。

 僕の答えはもちろんOK。

 ゲームセンターなら彼方ちゃんと一緒になにかして遊べるだろうし、このゲームセンターはちょっとした体育館のようなものもあって、ある程度のスポーツもすることができる。

 遊ぶ場所としては打ってつけだ。


「もちろんいいよ!」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」


 彼方ちゃんは元気に小走りでゲームセンターへ向かっていく。僕も急いでそのあとを追った。

 中に入ると、いろいろな機械音が鳴り響き、ゲームセンター特有の騒音が僕らの耳を襲う。

 隣を見てみると、彼方ちゃんは少しうるさそうに耳をふさいでいた。

 心配になって大丈夫か聞いてみると「大丈夫です」と返事はしてくれたからおそらく大丈夫だろう。

 しばらくすればある程度耳がなれてきて、この騒音も大して気にならなくなるはずだ。

 それまではかわいそうだけど彼方ちゃんには我慢してもらおう。

 辺りを回ってみると、どうやら一階は台型のゲームが占めているらしく、ロボット同士が戦っている格闘ゲームやクイズゲームがほとんどだ。

 この二つならやるのはクイズゲームかな。クイズゲームなら彼方ちゃんと一緒に考えたりできるし、格闘ゲームよりは僕ら向けな気がする。

 僕はそう思い、彼方ちゃんに近くのクイズゲームを進めてみた。


「彼方ちゃん。クイズゲーム一緒にやってみない?」

「そうですね。クイズゲームなら私でもできそうですし、やってみたいです!」


 どうやら彼方ちゃんも乗る気のようだ。

 僕はイスを彼方ちゃんに譲り、ゲーム台に百円を入れる。

 すると難易度選択が出てきた。

 かんたん、ふつう、むずかしい、の三つから選べるらしい。このゲームをやるのが初めての僕たちは無難に難易度ふつうを選ぶことにした。


「思ってた以上に難しいですね……」


 彼方ちゃんが問題の答えを考えながら困った声で僕にそう言った。


「うん……」


 僕も問題の答えを考えつつ、彼方ちゃんに返事をする。

 ゲームを始めてみると、問題が思った以上に難しく、中には僕たちがぜんぜん知らないような問題まであった。

 内容は第一ステージは数学、第二ステージは芸能、第三ステージはアニメ・マンガ、第四ステージは国語。といった感じだった。

 簡単な計算式は僕らでもすぐに答えられたし、芸能人の名前やアニメのタイトルなんかは少し間違えただけでほとんどミスなく答えられたが、第四ステージの国語の問題が難しかった。

 この小説の作者はだれ? なんていきなり聞かれて僕たちは二人で慌てて答えを考えたけど答えは出ず、適当に選択肢を押すことになったり、普段使わない漢字の読みや、正しい漢字はどれ? のような問題がたくさんだった。

 僕は彼方ちゃんに少しは年上として良いところを見せようと奮闘したのだが点でだめだった。

 ―――情けない。

 とはいえ僕たちは終盤の方までどうにか持ちこたえることができたので結構満足している。

 コンティニューして最後までやってみるか一応彼方ちゃんに尋ねたのだが「もっとほかのゲームもやりましょう」と彼方ちゃんが言うので、僕は彼方ちゃんの意思を尊重して別のゲームを探すことにした。

 でも、最後の第五ステージまで行けなかったのはやっぱり残念だった。


「今度は二階に行きませんか?」

「そうだね。一階はだいたい見て回れたし一回二階にいこうか」

「はい。ほら!佐渡さん! 早くしないとおいてっちゃいますよー」


 彼方ちゃんが階段の途中でこちらを振り向き、笑顔で僕を呼ぶ。


「待ってよー。かなたちゃーん」


 そして僕は急いで彼方ちゃんのあとを追う。

 僕たちの楽しい一日はまだ始まったばかりだ。

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