第9話
十二階をあらかた周り終わり、僕たちは昼食を取るべく十階に来ていた。
ちなみに服は一着も買っていない。一着ぐらいなら、と提案したけど「この前買ってもらったばかりなので……」と断られた。
正直まだ母からの追加のお金が届いていないからお財布の中身は真冬同然だったので助かったけど、かなり情けない。
試着していた服はどれも似合っていたので買ってあげたかったのに、本当に情けない。
その後僕らは昼食を取り、日常品を見に行こうということになった。まだまだ彼方ちゃんのために買わなければいけないものがたくさんある。
例えばドライヤー。僕は髪が短いのでドライヤーなんて必要なかった。けど、彼方ちゃんは違う。
腰上ぐらいまでさらっと伸びている黒髪は僕の短髪と違って、自然に乾くまでに時間がかかる。
今まではタオルで上手くごまかしてもらっていたけど、いつまで僕の家に滞在するかわからない中、彼方ちゃんには少しでも楽しく、不自由なく生活してもらいたい。
それに今はまだ三月。まだ少し肌寒く、彼方ちゃんに風邪をひかせてしまってはいけない。
それ以外にも彼方ちゃん用の食器類なんかも足りない。今までのようにお客様用の食器を使ってもらうわけにはいかない。
彼方ちゃんはそれでもかまわないと言うだろうけど、彼方ちゃんだけお客様用の食器では平等じゃない。「僕たちは家族だ!」なんて大きな口をたたいたからには、どんな小さなことでも徹底してやるつもりだ。
正直お金は全然ないけど必要経費だと思ってどうにかしよう。
そんなこんなで僕らは日常品売り場のある五階に来ていた。
この階は雑貨屋、リサイクルショップの並ぶ日常品に専門にした階だ。日常的に使うものは大抵ここで買うことができる。
僕らは近くの店から物色し始めた。
なぜ最初から目的の場所に行かずに回りくどいことをしているのかというと、僕もこのデパートを把握しきれていないからだ。
どの階がどのような品物を専門にしているかぐらいは把握しているんだけど、その階のすべてを把握している階なんて一階の食品売り場くらいだろう。
その食品売り場ですら完璧に把握しているか怪しい。それ以外に僕が日常で利用する階なんて大学仲間と食事をするための十階と男性服売り場の十一階だけだ。
つまり、僕は一階と十階と十一階以外は初めてといっても過言ではないのだ。
「……えーと、ドライヤーは……」
僕がドライヤーを探すべく辺りを見回していると、彼方ちゃんがどこで見つけたのかすぐにドライヤーを持ってきてくれた。
「佐渡さーん。ありましたよドライヤー」
彼方ちゃんが持ってきてくれたのは花柄のピンクのドライヤー。僕が使う分には少し恥ずかしいけど使うのは彼方ちゃんだし、可愛い方がいいよね。
彼方ちゃんの持ってきたドライヤーを籠の中に入れる。
「ありがとう。次は彼方ちゃん用の食器類だね。場所は……」
そう言って僕が再び辺りを見回し始めると、少し離れたところから彼方ちゃんがこっちに向かって手を振っている。なんだろう。
僕は小走りで彼方ちゃんのいる方に向かう。
「ありましたよ食器類」
「え?」
僕が近くに行くと彼方ちゃんがすぐ横のコーナーを指す。
ホントだ。彼方ちゃん、君……ここ来るの初めてだよね?
そう疑いたくなるくらい彼方ちゃんは目的のものをすんなり見つけていく。女の子ってすごい。
彼方ちゃんのおかげですんなり日常品を見つけることができた。
携帯で時間を確認すると、予定よりかなり早く買い物が終わってしまった。
「せっかくだしもっといろいろ見て回ろうか」
僕がそう提案すると彼方ちゃんが目を輝かせて「はい! ぜひ!」とうなづいた。
女の子が買い物が好きって本当なんだな。僕は今日彼方ちゃんの新しい一面を知った。
次に向かったのは十五階の電化製品の並ぶ階だ。
理由は上から順番に見て回ろうという話になったから。それ以外に特に理由はない。
電化製品なんて買うお金はもちろんないが、見るだけならタダだ。お店の人には悪いけど彼方ちゃんのためだ。ゆるしてください。
一番近くの店に入ると、一面にテレビや冷蔵庫、電子レンジ、カメラやパソコン機器など大きいものから小さいものまでぎっしりと並んでいる。
彼方ちゃんは店に入るなり、少し小走りになりながら店を端から端までを見て回り始めた。
「佐渡さん! ここすごいです! こんなたくさんの電化製品がたくさん! 私こんなにたくさんの冷蔵庫やテレビ見たことがありません!」
彼方ちゃんが興奮気味に僕のもとに戻ってきた。
「あっ。す……すいませんはしゃいでしまって……」
少し恥ずかしくなったのか小声で謝ってくる。
僕としてはあたりまえのことだと思うし、元気な彼方ちゃんが見れてうれしいから、ほかの人に迷惑にならなければ別にいいんだけどな。
と思いながら「別に気にしてないよ」とやんわりと返す。
「僕も少しいろいろ見てみようかな。この階に来るのは僕も久しぶりだしね」
「そうなんですか。でも、こんなデパートのお店なら何回見ても飽きないかもしれませんね。あ、佐渡さん私あっちの方見てきてもいいですか?」
僕が辺りをきょろきょろしていると、彼方ちゃんが目を輝かせながら聞いてくる。こんな彼方ちゃんを見て断れるわけがない。僕は即OKした。
なんだか僕、最近彼方ちゃんに甘くなってきてる気がする。気のせいかな?
一旦彼方ちゃんと別れてから辺りを一人でぶらぶらしていると、テレビの並ぶコーナーに来た。
画面を見てみると、ショッピング番組、天気予報、ニュースなどの番組が映っている。
なんでお店のテレビってニュースを映すんだろう? ニュースって暗い話が多いからもっと他の番組を映した方がいいと思うのに。と、一人勝手に思っていると、彼方ちゃんが戻ってきた。
「佐渡さんっ。向こうで……」
戻ってきて話しかけてきたと思ったら、彼方ちゃんが一瞬黙り込んだ。どうしたんだろう?
僕は彼方ちゃんの次の言葉を黙って待つ。
「す……すいませんちょっと考え事してました」
「考え事? 何かほしいものでもあった? 高い物じゃなければ買ってあげるよ? 必要なものならますますね」
お金はないけど、ほしいものがあって、それが今すぐ必要なものなら買ってあげたい。
僕は男だから年頃の女の子に必要なものなんてわからない。それに女の子特有の男の人には言いにくいものだったりするとさらに僕にはわからない。
もしかして、一瞬黙ったのはそういったものがあったのを今思い出したのかな? 女の子特有のもので今までならあって当然なものでも僕の家にはないものがほしいのだとすれば、今の沈黙も頷ける。
もしそうだとするなら彼方ちゃんも恥ずかしいだろう。それならば僕も真摯に彼方ちゃんの話を受け止めなければ。
僕はなるべく冷静に、でも少し緊張気味に彼方ちゃんの次の言葉を待った。
「……違うんです。下の階で可愛いぬいぐるみを見つけたんです。それを佐渡さんに見せたくて……」
……下の階まで行ってたんだ。
僕は相像とは違う返答が返ってきて拍子抜け半分、安心半分で小さく息をつく。
でも彼方ちゃんのことだ。いざ僕に話そうとして一旦冷静になってしまい、遠慮して頼むのを止めてしまった可能性も考えられる。一応もう一度確認をとっておこう。
「そうなの? それならいいんだけど、必要なものがあったら言ってね。買ってあげられるものは買ってあげるし、どうしても必要な物なら絶対に買ってあげるから。僕と買いにくいならお金も渡すからね」
「はい。でも大丈夫です。本当に可愛いぬいぐるみを佐渡さんにも見てほしかっただけなので……」
「そう? それならいいんだけど……」
そして彼方ちゃんに連れられて下の階のぬいぐるみを見に行った。
下の階はぬいぐるみや人形を専門にしている階のようだ。
普通の可愛らしいぬいぐるみから日本人形、雛人形のようなものまで並んでいる。
そんな数々の人形が並んでいる中、彼方ちゃんは僕を手招きしつつ、誘導していく。
近くの可愛らしい店に入ると彼方ちゃんは黒のうさぎのぬいぐるみを持ってきた。
「ほらっ! これです!」
彼方ちゃんは持ってきたぬいぐるみを胸に抱くと 顔をふにゃりとゆがめながら満足げにしている。
僕はさりげなく値段をチェック。三千円。買えないような値段じゃないな。
今日は服も買ってあげてないし、ブレスレットはあくまで僕の感謝のしるしだ。
それにあんな幸せそうな顔をされたら買う以外の選択肢なんて出てこない。僕は買おうと提案しようと口を開く。
「そのぬいぐるみ買おうよ」
「え……で……でも」
やっぱり彼方ちゃんは遠慮して渋ってきた。
さっき上の階で一瞬黙ったのも、こうなるのがわかっていたからかもしれない。
僕は彼方ちゃんから少し強引にぬいぐるみを取り上げると、迷わずにレジに運んだ。
「……はい。どうぞ」
会計を済ませたぬいぐるみを彼方ちゃんに手渡す。
彼方ちゃんは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに笑顔でぬいぐるみを受け取ってくれた。
「ありがとうございます佐渡さん! 一生大切にしますね!」
彼方ちゃんは本当にうれしそうにぬいぐるみを胸に抱く。この顔のためなら三千円なんて安いものだ。むしろ三千円なんて安すぎる。
ふと、近くの時計へ目を向けると、時刻はすでに午後四時、結構いい時間である。
僕たちは店内を回るのを止め、食品売り場へと向かうことにした。
一階の食品売り場で今日の夕食と明日の朝ご飯のための食材を買って、僕たちは帰路に着いた。
「……ふう、なんだか疲れたねー」
両手に買い物袋をぶら下げながら僕は腕を上に向かって伸ばす。
「すいません。私の買い物に何時間も付き合わせてしまって……」
「気にしてないよ。僕も彼方ちゃんといろいろ回れて楽しかったし。本当に気にしないで」
「そ、そうですか? それはよかったです」
「そういえば……はい。これ」
彼方ちゃんが服を見ているときに買ったブレスレットの入った袋をバックから取出し、彼方ちゃんに手渡す。
「えっ? なんですかこれ?」
彼方ちゃんがゆっくりと袋を開けて、中からブレスレットを取り出す。
「わあーっ、かわいいブレスレット! いいんですか?」
「もちろんっ!」
彼方ちゃんは嬉しそうに早速自分の手首にブレスレットを付けた。
うん! やっぱり彼方ちゃんによく似合うな。
僕は自分の見立てに少し自信を持ちながら、彼方ちゃんの嬉しそうな表情を見る。
彼方ちゃんは嬉しそうに手を空に掲げて僕のあげたブレスレットを見る。
「こんな素敵なプレゼントありがとうございます! 佐渡さん!」
そんなことを話しているうちに家が見えてきた。
ふと、空を見上げると夕日が沈みかかっていてとてもきれいだった。
「……彼方ちゃん。ほら、空がすごくきれいだよ」
「わーっ、ホントですね。こっちに来てから空なんて全然見てませんでした」
それはしょうがないだろう。こっちにきてから僕に会うまでずっとあんな格好でいて、一人でふさぎ込んでいたならしかたがない。
僕は上を向いていた顔を彼方ちゃんの方に向ける。
とても幸せそうにみえる。
けど、これは本当の幸せではないのだろう。
そう……偽りの幸せ―――。
本当の幸せは何らかの理由で彼方ちゃんの前から姿を消した両親が戻ってきて、彼方ちゃんが幸せそうに常に笑って居られる。
それが本当の彼方ちゃんの幸せだろう。
「どうかしましたか佐渡さん? 私の顔に何かついてますか?」
「いや……頑張らなくっちゃなって思っただけだよ」
「……すいません、私が来てから大変ですよね……」
そう言って彼方ちゃんが俯いてしまう。
けど、僕もすぐに返す。
「……そうだね。大変は大変だよ。女の子のことは僕にはわからないし、正直お金も足りない……」
「……すいません」
「いや、謝らないで。今のセリフだと、僕が彼方ちゃんのことを迷惑に思ってるように聞こえるかもしれないけど、僕、嬉しいんだ。さっき言ったみたいに大変なこともたくさんある。けど、それ以上に君に、彼方ちゃんに会えて、知り合えてうれしいよ。……大変なのは頑張ればどうにかなる。お金だって働けば稼げる。けど、彼方ちゃんとの出会いはどんなにがんばっても、お金をつぎ込んでも……手に入らないからね」
そう言って僕は彼方ちゃんに笑いかけた。
「……ありがとうございます……。私もうれしいです。あの誰も助けてくれない、まるですべてが凍り付いてしまったような世界から私を助けてくれた佐渡さんと会えてうれしいです!!」
「……ありがとう。僕もうれしいよ……」
「いえいえ、私こそありがとうございます」
「そんなぼくこそ……」
「わたしこそ……」
「「はははっ」」
二人でありがとうを繰り返しながら、お互いを励まし合いながら僕らは帰った。
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