第8話

 彼方ちゃんと同居生活を始めてから五日が過ぎた。特に変わったことなく、ただ平凡な毎日が過ぎた。

 朝起きて、朝食を取って、買い物に行って、昼食を取って、遊んで、お風呂に入って、夕食を取って寝る。

 本当に何もない、楽しい日々を過ごした。


 あるひと時を除いては―――


 そのひと時とは夜。それも深夜。

 彼方ちゃんは僕の家に来てから毎日夜の十二時頃にうなされている。

 最初の夜のようにお父さん、お母さん、早く帰ってきて―――

 ただそれだけを何度も何度も繰り返す。そしてその度に僕は思う。

 本当にこのままでいいのかと、何もしないで彼方ちゃんが心を開いて話してくれるのを待っているだけでいいのかと。なにかするべきじゃないのかと。

 考え事をしているうちに僕の瞼は視界を閉ざした。

 そして次に目を開けた時には朝だった。


「ん~寝ちゃったかー」


 両腕を上に伸ばし、身体をほぐしながら体を起こした。


「おはようございます佐渡さん! 今日はちょっとお寝坊さんでしたね」


 時計を見ると時間はすでに八時をまわっていた。いつもは七時頃に起きているので、いつもより一時間近く寝ていたことになる。


「そうだね。ごめんね」

「平気ですよ。謝らないでください。それと朝ご飯作っておきました。見てください。自信作なんですよ」


 彼方ちゃんはそう言うとキッチンからご飯、味噌汁、焼き魚、漬物、納豆とアニメや漫画の中でしか見ないようなザ・日本の朝ご飯を持ってきてくれた。

 さすがに何もしないのも悪いと思い、テーブルを出そうとしたらすでに出ていた。

 それどころかちゃんと拭いてあるし、布巾はすでに干されているというもう何もすることがない状態だった。


「ごめんね、何から何まで……」

「いいんですよ。私がやりたくてやっただけなんですから。さあ朝ご飯食べましょう!」

「そう? ……でもありがと」


 こうして今日も何もない平凡な一日が始まった。




 僕たちはまた例の大型デパートにやって来た。

 朝食を取った後、何もすることもなかったので、この前ちゃんと案内してあげられなかった大型デパートに行くことにしたのだ。

 ちなみに朝食の味は最高だった。

 ご飯はふっくらほかほかで味噌汁も僕の慣れ親しんだ味だった。焼き魚もいい焼き加減だったし、漬物もちゃんと味がしみていておいしかった。味噌汁に至っては言葉も出なかった。家に来てからまだ一週間も経ってないのに、僕の作った味噌汁とほとんど同じ味を再現しているんだからすごい。

 ほかにもいろいろ工夫があったのだけど、全部思い出していたらきりがないのでこの辺りでやめておこう。


「さて、どこからみようか? どこか見てみたい階はある?」


 入口にある案内板を見ながら彼方ちゃんに問いかける。

 彼方ちゃんは案内板と少しの間にらめっこしてから「衣類が見たいです」と答えた。

 やっぱり彼方ちゃんも年頃の女の子だから服やアクセサリーには興味があるのだろう。

 でも正直僕は服やアクセサリーについての知識は皆無、都会に来るまではアクセサリーをつけている=不良みたいなイメージがあったくらいにファッションについての知識がない。女の子の服となったらなおさらだ。


「服の知識とか一切ないんだけどいいかな?」


 ファッションの知識が全くない僕に彼方ちゃんを案内してあげられることは女性服は十二階だということだけ。

 しかもそのことは彼方ちゃんもこの前来た時にわかっているので、実質僕に彼方ちゃんを案内してあげられることはなにもなかった。

 男性服のことなら僕も普段少しは利用しているので案内できるが、今回の目的は女性服。

 女性服の並んでいる十二階には最初にこのデパートに来た時と、この前彼方ちゃんと来たときの二回しかない。つまりまったくと言っていいほどこの階についての知識がない。

 僕はなにも案内できないことを本当に申し訳なく思い、彼方ちゃんに頭を下げた。


「もちろんですよ! むしろ女性の服について詳しかったらびっくりしちゃいますよ」

「ありがとう。ほんとそう言ってもらえて助かるよ。僕本当にそういうのに疎くて何もわからないんだ」


 そう言って僕たちはエスカレーターの方へ向かった。

 僕の少し前を歩いていた彼方ちゃんもエレベーターには目もくれずエスカレーターへ向かった。

 よっぽどこの前の戦士安物狙いのおばちゃんが怖かったのだろう。僕も人のこと言えないけど―――

 そんなことを考えていると、あっという間に十二階についた。

 この前と変わらず女性服のお店がたくさん並んでいた。彼方ちゃんは目を輝かせ辺りを見回し始める。

 かくいう僕も女性用の服しか置いていないこの階は普段まったく来ないのでとても新鮮に思える。

 それに少し前にも思ったけど普段おとなしい彼方ちゃんもやっぱり服とかには興味あるんだな、と少し微笑んだ。


「今日は時間あるから端の店から順番に回ってみようか?」


 僕は彼方ちゃんがどこのお店に入るか決めかねていたようなのでそう提案してみた。

 今日はこの前と違って時間に余裕があるためこのデパートを端から端まで見て回っても今日一日を使えば回ることができる。

 この前来た時に彼方ちゃんがデパートに興味深々だったので、今日は彼方ちゃんが望めばこのデパートのすべての階を回るつもりだった。

 それに僕もこのデパートのすべての階を回ったのは最初に来た時の一回だけで、何がどう変わっているのか気になる。


「いいんですか!?」

「うん。もちろんだよ。今日は徹底的にこのデパートを見て回っちゃおう!」

「はいっ!!」

 

 僕らはまずエスカレーターから一番近くの店に入った。この前彼方ちゃんの服を買った店だ。

 この前来てみた感じだと、どうやらここはフリルの付いた服や、もふもふしたものが付いた服など、可愛らしい感じの服が主なようだ。

 彼方ちゃんは店に入るなりこの前のように辺りの服を物色しだした。いろいろな服を自分の体に合わせて「うーん」とか「ちょっと派手かなー」とか言いながらいろいろな服を漁る。

 僕は女の子の服なんてわからないから一人でアクセサリーの並ぶ辺りをぶらつくことにした。

 カチューシャやシュシュなどの髪留めから、ブレスレットのような手に付けるようなものまでありとあらゆるものが並んでいる。

 なにげなく一番近くにあったブレスレットを手に取ってみる。

 ピンクと白のブレスレットでなんとなく彼方ちゃんに似合いそうな感じがした。というかピンクと白が彼方ちゃんを連想させた。


「うーん……買っちゃえ!」


 僕は彼方ちゃんにバレないよう細心の注意を払いながらレジに向かい、手早く会計を済ませる。

 ちゃんとプレゼント用に包んでもらったブレスレットをバックの中に隠してから彼方ちゃんの姿を探す。


「どこにいったのかなー。あ、彼方ちゃーんっ!」


 辺りを見回すと彼方ちゃんの姿を発見した。どうやら試着室の前にいるようだ。合わせるだけじゃ物足りなくなったのだろう。


「すいません……もう少しだけいいですか?」

「うん。今日は時間はあるからね。この前はゆっくりいられなかったし、いくらでもどうぞ」

「ありがとうございます! それじゃあお言葉に甘えて試着させてもらいますね」


 彼方ちゃんは生き生きとした表情で試着室の中へと入っていった。

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