第7話

 あの後も休憩してから僕らはゲームをやりこんだ。

 種目を変えて協力や対戦をしながら二人でゲームを楽しんだ。

 そうしてゲームに夢中になっていたら夕日が沈み、外は暗くなってきていた。

 彼方ちゃんは物覚えが早く、ゲームを止めたころにはほとんどの種目で僕なんかより強くなっていた。


「もうそろそろ止めにしようか? 晩御飯の準備しなきゃいけないし」

「そうですね。お手伝いします」

「じゃあ僕はとりあえずゲーム機を片付けるから彼方ちゃんは野菜炒め作っといてもらえるかな?」

「はい!」


 簡単な役割分担を済ませ、僕はゲーム機のケーブルを抜く。 

 彼方ちゃんは元気に返事をしながらキッチンへ向かっていった。

 あれだけ動いたのにあんなに元気なんて彼方ちゃんすごすぎ。

 抜いたケーブルをきれいに巻き、ソフトをケースにしまってからテーブルを用意して、上を台拭きで拭き始める。

 トントン。

 キッチンから彼方ちゃんが一定のリズムで野菜を切る音が聞こえる。

 なれてなかったら不規則なリズムになるだろうし、もしかしたら家で料理を手伝っていたのかもしれない。

 そんなことを思っているうちにテーブルが拭き終わって、彼方ちゃんを手伝おうとキッチンへ向かう。

 キッチンへ着くなりエプロンを身につけ、フライパンを取ってからコンロに向った。

 ふと彼方ちゃんの方を見ると、きれいな形に切られた野菜が並んでいた。


「すごいね彼方ちゃん! 料理得意なんだ」

「そんなことないですよ。佐渡さんの方がすごいです。でも私、料理とか裁縫とか好きなんです」


 楽しそうにキャベツを刻みながら、こちらを見てそう答える。

 よそ見をしているにもかかわらずペースは遅くならず形もしっかりしている。もしかしなくても僕より上手いんじゃないだろうか。

 さっき彼方ちゃんは僕を褒めてくれたけど、僕だったら今ごろ指がウィンナーになっていることだろう。


「家庭的なんだね。彼方ちゃんなら将来いいお嫁さんになるんだろうなー。なんなら家に来てほしいくらいだよ。ははは」

「えっ!? それって……あの……あ!」


 僕が冗談交じりに言うと、彼方ちゃんは手をすべらせたのか指を浅く切ってしまった。それほど傷口は深くないようだけど、血がにじんでいる。


「ま……待ってて! 今絆創膏持ってくるから!」


 急いでタンスに向かって、一番上の段の引き出しから絆創膏を取り出し、隣の引き出しから一応消毒液も取り出してキッチンへ戻る。

 彼方ちゃんに指を洗ってもらい、きれいなタオルで拭いてから、すらっと伸びた白い指に消毒液を垂らす。

 彼方ちゃんが痛そうに少し顔を歪めたのを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、消毒液が乾いたのを確認して絆創膏を貼った。


「……ごめんね。僕が変なこと言ったから……」

「そんなことないですよ。私がちょっと失敗してしまっただけです。気にしないでください。……それにうれしかったですし……」

「うれしかった……?」

「い……いえ、なんでもないですよ……あはは……」


 彼方ちゃんはそう言って自分の作業に戻っていった。

 彼方ちゃんはああ言って慰めてくれたけど、僕のせいで怪我をさせてしまったのは事実だ。

 さっきちょっと見ただけでもきれいな手をしていたのに、傷を負わせてしまったのは本当に申し訳ない。

 傷は残らないだろうけど彼方ちゃんの両親にも申し訳が立たない。


「……もうだめだ……」


 そう言って包丁に手を伸ばした―――


「ん? えっ!? ちょっと佐渡さんなにしてるんですか!?」

「いや……ちょっと罪を償って死のうかと……」


 自分の喉元に包丁を突き立てようと―――


「やめてくださーーーーーいっ!!」




「まったく、そう簡単に死のうとしないでくださいっ!! 私が気にしてないって言ったら本当に気にしてないんですから!」

「……はい」


 僕は今、彼方ちゃんの前で正座している。

 理由はもちろんさっき死のうとしたこと。

 せめて彼方ちゃんと同じところを同じように切らせて。と申し出たところ即却下された。


「この前も言いましたよね。死なないでくださいって、今度したら私本気でおこりますよっ!!」


 腰に手を当て怒りを表しているけど、正直全然怖くない。

 むしろ可愛いぐらいだった。

 もちろん反省はしているのだけど、怒られてる気がまったくしない。


「聞いてますか佐渡さん!」


 怒られてしまった。

 この後、三十分ほどのありがたいお説教をもらってから、僕らはようやく夕食についた。

 今日の夕食は彼方ちゃん作のサラダ炒め、僕の作ったハンバーグ、二人で作った味噌汁の三品だ。最初は魚も作る予定だったけど、僕のお説教に時間がかかったため今日はなしにした。申し訳ない。


「さっきも言ったけどすごいね彼方ちゃん! このサラダ炒めすごくおいしいよ」


 サラダ炒めを一口食べ、素直な感想を述べる。

 簡単な料理ほど工夫が難しいのに、この野菜炒めは少しピリ辛で食欲をそそる。


「ほんとですかっ!? うれしいです! 佐渡さんが作ったハンバーグもおいしいですよ」


 そう言って彼方ちゃんは僕の作ったハンバーグを口に運ぶ。 

 こうしてお互いに料理を褒め合いながら夕食は進んだ。

 お皿がきれいになったころには九時をまわっていて、お腹も満たされ、ちょうどいい感じに眠くなってきていた。

 今日は久しぶりに大型デパートに行ったり、ゲームで白熱したりしたので、きっと体も休息をほしがっているのだろう。

 だがこの睡魔に負けてはいけない。まだお風呂に入ってないし、布団も敷いていない。

 僕一人ならたまには、とか言ってそのまま寝てしまってもいいけど、彼方ちゃんがいる手前そうもいかない。

 なので僕は彼方ちゃんにレディーファーストということでお風呂をすすめることにした。


「今日はいろいろあって疲れたでしょ? 先にお風呂に行ってきなよ。僕はその後にはいるからさ」

「でも疲れてるのは佐渡さんも同じです。家主である佐渡さんが先に……」

「ストップ!」


 彼方ちゃんの話を強引に手を出して制す。


「前にも言いました! 僕たちは家族です! 上下関係はありません」

「あっ。ふふっ、そうでしたね。すいません。先にお風呂いただかせてもらいます」


 そう言って彼方ちゃんはバスタオルを持ってお風呂場に向かった。

 僕は彼方ちゃんがお風呂場に入ったのを確認してから、そのままその場で横になった。

 そして考え事を始める。


 内容はもちろん彼方ちゃんのこと―――


 と、言いたいところだけどちょっと違う。もちろん彼方ちゃんのことも気になってはいるのだけど、それと同じくらい今気になるのはお金だ。

 彼方ちゃんの日常品や服、そして予想外の外食により僕の財布の中は今けっこうピンチである。

 食費に関してはどうにかなりそうだけど、そのほかのことが危なそうだ。

 この後も彼方ちゃんに必要なものがあれば買っていかなきゃいけないし、今日は本当に必要最低限のものしか買ってきていない。

 親からの月ごとの仕送りはまだもう少し先だし、僕はバイトもしていない。

 それでもこの先何があるのかわからない状況だから、もしものために少しは余分に持っておきたい。


「……しょうがないよね……」


 そう呟いてからベランダに出て実家に電話をかけた。お金がないのなら借りるしかない。

 電話を掛けると母はすぐに電話に出た。母は理由を話すと特に僕を咎めることなく追加のお金をくれると言ってくれた。

 それでもどうしたのかはやたらと聞かれたけど―――

 なので僕は簡単に今の状況を説明した。

 と言っても彼方ちゃん―――彼方ちゃんのことは話していない。話してしまうと状況を確認するとか言われてしばらく電話が終わりそうにないし、お金あげるから連れてきてとか言われたら洒落にならないので黙っておいた。つまりウソをついた。すごい罪悪感。

 電話を切ってベランダから部屋に戻ると、ほとんど同時くらいに彼方ちゃんがお風呂から上がってきた。


「……ふう。今上がりましたー」


 タオルできれいな黒髪を拭きながら彼方ちゃんは僕の前まで来た。

 そして僕はバレないように視線を少し逸らす。

 昨日から意識しないようにはしているのだけど、どうしてお風呂上がりの女の子は妙に色っぽく見えるのだろう。

 ろくに女の子の知り合いがいない僕には少々刺激が強すぎる。


「うん。じゃあ僕もすぐに入っちゃうね」

「はい。減ってしまったお湯も入れ直しておいたのでたぶん大丈夫だと思います」

「うん、ありがとう。じゃあ行ってくるね」


 僕は逃げるようにバスタオルを持ってお風呂場に行き、服をきれいに畳んでから湯船につかる。

 彼方ちゃんの言うとおりお湯が入れ直してあって肩まで十分につかることができた。

 軽く温まった後に体を洗ってから湯船につかり直し、十五分ほどでお風呂を上がった。


「ふう~。上がったよ彼方ちゃん」


 僕が声をかけているのに返事が来ない。少し喉が渇いたので冷蔵庫から冷たい飲み物を取り出して彼方ちゃんのいる部屋に向かう。


「……すうすう」


 部屋に着くと規則正しい彼方ちゃんの吐息が聞こえてきた。とても気持ちよさそうに眠っている。

 起こすのもかわいそうだったので、持ってきた飲み物をすぐに飲みほし、コップを片付けてから布団を敷いて、彼方ちゃんを寝かしてあげた。


「それじゃあ僕も寝ようかな」


 彼方ちゃんの寝顔をもう一度確認してから一人でそう呟き、僕は毛布を被った。

 しばらくすると睡魔がやってきて僕はそれに逆らうこともなく自分から受け入れて瞼を閉じる。そして少しずつ意識は遠のいて行った。

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