第4話
あの後、死なないように彼方ちゃんに説得してもらってから夕食を取ることにした。
それにしても彼方ちゃんはなんて優しいんだろう。こんな大罪を犯した僕を生かしておいてくれるなんて、まるで天使のようだ。
「このチャーハンおいしいですね! スプーンがどんどん進みます!」
僕が心の中で彼方ちゃんを祟っている中、現実の彼方ちゃんは僕の作ったチャーハンに夢中だった。
昼にも見せた見てるこっちまでを幸せにできる笑顔でチャーハンを食べている。作った側からすれば嬉しい限りだ。
「ありがと。でももうちょっと材料があれば、もう少しはまともな料理が作れたんだけど、ごめんね」
「そんなことないですよ。十分です! 佐渡さん料理お上手なんですね」
「まぁ人並みにはね。高校卒業してからすぐ一人暮らし始めたから家事はそこそこ得意なんだ」
「そうなんですか。すごいですね! 私なら絶対にできませんよ」
そんな取り留めもない会話をしていたらあっという間に皿の上の料理はなくなっていた。
かなりお腹がすいていたので少し物足りないが、ここは我慢。むしろ男として女の子を優先すべきだろう。
それに高校生となればまだ育ち盛り、これだけの料理じゃ物足りなかったかもしれない。
「ごめんね。あんまり量多くなくて。足りた?」
「はい! 十分足りましたよ。でも、あんなにおいしい料理ならいくらでも食べられそうです」
「ははっ! 嬉しいこと言ってくれるね。よし! お皿洗っちゃうから重ねてくれる?」
「いえ。それくらいは私にやらせてください! その間に佐渡さんもお風呂に行かれたらどうですか?」
断ろうと思ったが、彼方ちゃんのやる気満々の目を見ていたらだんだん断り辛くなってきた。
確かにまだ僕はお風呂に入ってないし、疲れたので少しゆっくりしたいところだったが、それ以上に疲れているであろう彼女に仕事をさせるのはもっと嫌だ。やっぱり断って自分でやるとしよう。
「いや、やっぱり僕がやるよ! 彼方ちゃんも疲れてるだろうし……って……あれ?」
「食器洗い終わりました。棚に戻しておきますね」
彼方ちゃんの方に目を向けると、そこには洗い終わった食器を棚に戻している彼方ちゃん。
どうやら僕が自分の心と戦っている間に終わってしまったらしい。面目ない。
「ごめんね。結局食器洗ってもらっちゃって」
「いいんですよこれくらい。むしろこれからしばらく一緒に暮らすんですからいろいろお仕事回してください!」
「そう? ならこれからは少し手伝ってもらおうかな」
「はい。任せてください!」
手を胸の前で握りしめる彼方ちゃんの姿がとても微笑ましかった。
「さて、結構いい時間だし、彼方ちゃんも疲れてるでしょ? もう寝ようか?」
今の時刻はもう十一時過ぎ。
あの後僕がお風呂に入ったり、大学の話をしたり、逆に彼方ちゃんの中学の話を聞いていたりしたらあっという間にこんな時間になっていた。高校生にもなればまだ寝るには早いだろうが、今日はお互い疲れているからこのくらいの時間ちょうどいいだろう。
「そうですね。私も結構疲れてますし、ちょっと早めに寝たいです」
「じゃあ僕はキッチンで寝るから彼方ちゃんはそこの布団使って」
そう言って普段僕が寝るときに使っている布団を彼方ちゃんに譲る。
そして部屋割りについては家はキッチンやトイレを除けば、一部屋しかないのでこういう形になるしかないだろう。同じ部屋で寝るのは彼方ちゃんが嫌だろうし、トイレで寝ると彼方ちゃんが夜にトイレに行くとき不便だし、お風呂場で寝るのはちょっと寝にくそうだ。
「そ……そんな悪いですよ。お布団は佐渡さんが使ってください」
案の定、彼方ちゃんは自分が布団を使うことを否定してきた。
でも、僕もここで引くわけにはいかない。なんとしても布団で寝てもらおう。
「いいんだよ気にしないで。さすがに女の子を地べたに寝せるわけにはいかないからね」
「でも、居候の身でそんな……やっぱりお布団は佐渡さんが……」
彼方ちゃんのセリフを強引に止める。
「はい! そこまで! つまり彼方ちゃんが居候という立場じゃなくなればいいんだよね? なら彼方ちゃんは僕の家族だ! 同じ家に住むお互いを支え合う協力者! だからお互い助け合わなきゃいけない。というわけで彼方ちゃんが布団使ってね」
なんだかかなり強引な説得の仕方だったけど、というか説得ですらなかったような気がするけど、たぶんこれで彼方ちゃんは布団を使ってくれるだろう。
僕は毛布一枚だけ持って僕はキッチンに出た。
キッチンの床はちょっと冷たいけど時間が経てば少しは温まるだろう。
布団は彼方ちゃんに寝てもらう一枚しかないし、羽毛布団も彼方ちゃんに渡さないと寒いだろうから僕は唯一うちに二枚ある毛布に包まって寝ることにする。
もちろんもう一枚は彼方ちゃんに使ってもらう。今日は少し肌寒いけどここは僕が我慢。
なんだか今日はいろいろ我慢しているような気がする。まあ、我慢しないで彼方ちゃんを苦しめる方が我慢ならないんだけど。
そんなことを思っていたら、キッチンと部屋の間のドアが開いた。
「あの……佐渡さん?」
「ん? どうかした? 布団に関することなら受け付けないよ」
「いえ……そうじゃなくて……その……」
彼方ちゃんがそわそわし始めた。
トイレに行くのに邪魔な位置にいるわけでもないし、布団のことでもない。いったいなんなんだろう。
僕は悩んでいても仕方ないと思い、素直に彼方ちゃんに何の用事か尋ねることにした。
「なんかよくわからないけど言ってみなよ。遠慮なんていらないから」
「あの……その……一緒に寝てくれませんか……?」
ん? 今なんて言った? 一緒に寝てくださいとか聞こえた気がするんだけど? 気のせいだよね。聞き間違いだよね。よし、落ち着いてもう一度聞いてみよう。
「ご……ごめん。もう一回言ってくれる?」
「は……はい。あの……一緒に寝てください!」
彼方ちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらもじもじしている。
僕は夢なんじゃないかと頬つねっているんだけどかなり痛い。それに聞き間違いでもないらしい。
「えっと……さすがにそれはちょっとまずいんじゃ?」
流石にこの年の男女が一緒に寝るのはまずいと思う。
もちろん僕は彼方ちゃんに変な気を起こすつもりはないし、彼方ちゃんの方もそんな気なんてさらさらないだろうけど、もしもということがある。
それにそんな状況で寝ようとしたら僕が緊張から寝られないのが根に見えている。
これはきっと彼方ちゃんの優しさから自分だけ部屋で寝るのが申し訳ないから僕にも同じ部屋で寝てもらおうという考えだろう。
提案自体はありがたいけど、今回の提案は却下させてもらおう。
「そ……そうですよね。へんなこと言ってごめんなさい」
僕がやんわりとした口調で断ると 彼方ちゃんは少し寂しそうに隣の部屋に戻っていった。
少ししたら隣の部屋から、すうすう寝息が聞こえ始めたので、どうやら彼方ちゃんはちゃんと眠れたみたいだ。
「よし、僕も寝るかな」
彼方ちゃんが安心して寝られたようなので僕も安心して眠ることができる。
少しでも寒さを誤魔化すために僕は毛布を深くかぶった。
しばらくして目が覚めた。
夜はまだ明けていないらしく、辺りは暗い。そばに置いてあった携帯で時間を確かめると時刻はまだ深夜2時。
もう一度寝ようと、再びまだ重たい瞼を閉じる。
すると、隣の部屋から何か聞えてきた。
少し隣の部屋とのドアを開けて、中をのぞいてみると、彼方ちゃんは目を閉じ、すうすうと寝息を立てながら静かに寝ている。
辺りを見回しても何かが落ちたような跡はないしこれといった変化もない。
聞き間違いだと思い、彼方ちゃんを起こさない様ドアをゆっくり閉めようとすると、おそらく僕がさっき聞いた音、というよりは声が聞こえた。
「お母さん……お父さん……早く帰ってきてよ……おねがいだから……私、一人じゃ寂しいよ……」
なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。
無理に聞かないって決めたのに思わぬところで情報を得てしまった。
なんだか自分が恨めしい。
でも、やっぱり彼方ちゃんは寂しかったのだ。
一人でいることがとても寂しかったのだ。
まだ親に甘えていたい年頃なのになんらかの理由によって家族に会えない。それはどんなに悲しいことなのだろう。
「あっ! もしかしてっ!!」
もしかしてさっき一緒に寝てほしいって言ったのは一人で寝るのが寂しかったからじゃないんだろうか?
それなのに僕はへんな勘違いをして彼方ちゃんを一人で寝かせてしまった。
―――僕は最低だ。
今からじゃ遅いかもしれないけど僕は彼方ちゃんの寝ている隣の部屋に行った。
そして涙を流しながらうなされている彼方ちゃんを胸に抱き、落ち着くまで頭を撫で続けた。
少しでも彼方ちゃんにいい夢を見てもらうために。
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