第5話

「んん~! 久しぶりにお布団でゆっくり寝たな~。佐渡さんに感謝しなきゃ。ん? ふぇ!? なんで佐渡さんが隣に!」

「ふぁ~。おはよう。どうかした彼方ちゃん?」


 身体を起こして両手を上にぐーんと伸ばし、体を解しながらなぜか驚いている彼方ちゃんに声をかける。


「な……なんで隣に佐渡さんが?」

「……あぁ。それは……」


 ここで一旦口を噤んだ。

 夜中にお母さん、お父さんと、うなされていたなんて言うわけにはいかない。わざわざ彼方ちゃんを傷つける必要はない。

 ここは彼方ちゃんには悪いけどウソをついておかないと。


「ほら。昨日一緒に寝てほしいって言ってたから、僕も途中で考え直して一緒に寝させてもらったんだ。なにも言わずに寝させてもらっちゃってごめんね」

「い……いえむしろ一緒に寝てもらえてうれしいです。途中まで嫌な夢を見てたんですけど、途中からとてもいい夢に変わったんです。もしかしたら佐渡さんのおかげかもしれないですね。ありがとうございます」


 頬を赤らめながら彼方ちゃんはそう答えてくれた。これで彼方ちゃんに嫌われでもしたら僕はまた死を決意していたかもしれない。

 そんな僕の心配とは裏腹に彼方ちゃんはいい夢を見られたみたいだ。僕のおかげではないだろうけど、いい夢が見られたならそれでいい。心なしか今日の彼方ちゃんはとてもいい顔をしているように見える。


「それはよかった。嫌われたらどうしようかと思ったよ」


 その顔に僕は笑顔で答える。そして思う―――


 彼方ちゃんが常にこうして笑っていられる日々は帰ってくるのだろうかと―――


「そんなことは絶対にないですよ! だから死なないでくださいね!!」

「うん。さてと、朝ご飯にでもしようか。今日もがんばっちゃうぞー!」


 気合を入れながら勢いよく立ち上がりキッチンへと向かう。

 なんにも言っていないのに彼方ちゃんは使った布団を律儀に畳んで端にずらし、テーブルの準備をしている。そして僕はいつものように冷蔵庫と朝ご飯の相談をしようとドアを開ける。

 ガチャ

 パタン


「……彼方ちゃん」

「はい。なんですか?」

「……外食しようか」

「へ?」



 僕たちは家からちょっと歩いたファミレスで朝食を取ることにした。

 なぜなら冷蔵庫の中身が空っぽだったから。

 そりゃあ、昨日の時点で食材が足りないなら、朝の分なんてあるはずがない。

 さすがにお米と調味料だけじゃろくなものどころか料理と呼べるものすら作れない。

 ただご飯の上に塩をかけただけ、とか味気ないものになってしまう。

 僕だけならそれでもかまわないけど、彼方ちゃんまで巻き込むわけにはいかない。

 それでちょっと贅沢かもしれないけど朝食を外で取ることにした。


「ごめんね。僕が不甲斐ないばっかりに……」


 昨日からこうも彼方ちゃんに迷惑をかけてしまっているので、すごく申し訳ない。

 自分から外での生活は不便だろうからと彼方ちゃんを家に招いたのに、これではまったく意味がない。

 昨日から本当に彼方ちゃんには頭が上がらない。


「大丈夫ですよ。それに昨日言ってくれましたよね! 僕たちは家族だ、だから協力し合わなきゃいけないって。なら佐渡さんのミスは私のミスです。どうか気にしないでください」


 そう言って彼方ちゃんは僕を笑顔で励ましてくれた。

 これじゃあどっちが助けられてるのかわかったもんじゃない。

 でも彼方ちゃんの笑顔は不思議と誰かを元気にする力があるみたいだ。なんか彼方ちゃんの笑顔を見ているとこっちまでがんばらなきゃ! って気持ちにさせられる。


「そう言ってもらえると気持ちが楽だよ。ありがとう」

「はい!」


 その後、適当にファミレスで朝食をとってから、僕たちは近くの大型デパートへ向かった。

 理由は彼方ちゃんの服を買うためだ。

 彼方ちゃんの服は昨日の長袖長ズボンしかない。

 それも今現在は僕の家の物干し竿に干されているはずだ。

 今は我慢してもらって僕の服を着てもらっているけど、さすがに毎日僕の服を着てもらうのはかわいそうなので、新しい服を買ってあげることにしたのだ。

 予想通り最初は彼方ちゃんも遠慮していたけど、僕が「せっかく可愛いんだからもっと可愛い服着ないと損だよ」と言ったら顔を赤らめ「そこまでおっしゃるなら」と了承してくれた。

 でも最後に「ずるいです」とか聞こえたような気がしたけど、あれは聞き間違いだったのだろうか。

 それともなにか彼方ちゃんの気に障ることでも言ってしまったんだろうか? でも彼方ちゃんは今も笑顔でその線はないように思える。

 そんなことを考えていると、デパートが見えてきた。


「着いたよ。ここがさっき話した大型デパート」

「うわ~っ! すごい大きいんですね。私こんなに首を上に向けたの空を見るときしかありませんよ」


 上を見ながら感嘆の声を出している彼方ちゃんに続いて、僕も目の前に聳そびえ立つデパートを見上げた。

 久々に外から見ると一段と大きく見える。最初にこのデパートを見たとき、僕はあまりに驚いて五分間もその場に立ち尽くしてしまった。

 田舎じゃ彼方ちゃんの言った通り、上を向くのなんて空を見るためにしか向かなかったのに、まさか買い物をするだけでこんな大きな建物を見るとは思っていなかったのだ。


「さあ、中に入ろうか」


 僕がそう促すと彼方ちゃんは「はい」と答えて僕の後に続いた。


「中もすごく広いんですね! 驚きがいっぱいですっ!!」


 少し興奮気味に彼方ちゃんはそう言いながら珍しそうに辺りを見回し始めた。

 それも仕方のないことだろう。僕だって最初はそうだったし、こんな大きな建物を見たら誰だって驚きと興奮を隠すことはできないだろう。


「そうだね。この辺りじゃ一番大きいデパートだし、それにここ広さだけじゃなく高さもすごいんだよ。さっきそこから見たでしょ」

「はい。すごく驚きました!」


 瞳を輝かせながら彼方ちゃんは僕の方を向く。何度も言う通り、彼方ちゃんが驚いてしまうのも無理はない。

 このデパートは十分な広さを持ちながら、高さまで兼ね備えているのだ。

 ちなみに階数は全部で十五階、食品、日常品、電気製品、それ以外もありとあらゆるものがこのデパートに置かれている。

 最初に来たときはこの世のすべてのものが置かれてるんじゃないかって思ってしまったくらいだ。


「さて、十二階に行こうか。確か衣類はそこだから」

「は……はい!」


 彼方ちゃんはまだ辺りを見足りないようだったけど、先に十二階に行くことにした。

 本当なら一階から全部案内してあげたいけど、このデパートを全部回ると結構な時間がかかる。

 具体的に言えば五時間くらい。しかもざっくりと回った場合である。

 つまり、じっくり回ったら丸一日消費しかねない。実体験は僕。

 後で興味がありそうな場所だけ案内してあげよう。

 そう思いながらエスカレーターの方へ足を向ける。


「あれ? エレベーター使わないんですか? 十二階まで行くならこっちの方が早いんじゃ?」

「あぁ……あれ見てくれる」

「はい……?」


 エレベーターの方へ指を指し、なんでわざわざエスカレーターを使うのかを見せてあげることにした。

 ウィーン

 エレベーターのドアが開いた。

 そしてその中から――


「次のセールは食品コーナーよっ!!」

「絶対にお肉をゲットするわっ!!」

「じゃまじゃまじゃまーーーー!っ!」


 たくさんの戦士セールを狙って買い物にきたおばさんが雪崩のように押し寄せてきた。


「あ……あれ……なんですか!? 怖いです!」


 横を見ると怯えた顔で驚いている彼方ちゃん。でも、まあ当然の反応だと思う。

 僕も何度も見てるけど未だになれることができないし、あれに乗ろうとは思わない。

 おばさんたちを見ていた彼方ちゃんがあまりの怖さに僕の後ろに避難してしまった。


「ここは基本、常にどこかで安売りしてて、下手にエレベーターに乗るとあれに巻き込まれるんだ。僕も一回巻き込まれたんだけど地獄を見たよ。……三十分出られなかった」


 僕の過去のトラウマを話して聞かせてあげると、本当に同情した声で「ご愁傷様でした」と、彼方ちゃんはつぶやいた。

 あれ、変だな、なんか目から汗が出てきたよ。しょっぱい。


 その後、僕たちはおとなしくエスカレーターで十二階までやってきた。


「わあー、すごい! もしかしてこの階全部が衣類関係のお店ですか?」


 瞳を輝かせ、辺りをきょろきょろ見渡しながら彼方ちゃんは質問してきた。やっぱり女の子なんだなあ、と思いながら返事をする。


「そうだよ! しかも女性用だけで男物はまた別の階」

「すごいですね! 佐渡さん早く行きましょう!」

「わっ! ちょっと待って」


 彼方ちゃんに手を引かれて僕は駆け出した。

 彼方ちゃんが最初に止まったのは若者向けではあるが、特に有名ではないお店だった。

 といっても僕は男女問わずファッションのことに疎いので本当に有名ではないかは怪しい。

 彼方ちゃんは店内に入ると辺りの服を漁り、自分に合うか体に合わせながら洋服を選び始めた。

 ワンピース、スカート、パーカーなど次々と自分に合わせている。そしてその中の一枚を持って僕の方へ来た。


「佐渡さん。私にこの服似合いますか? 私には可愛過ぎますかねー。……佐渡さん?」

「ご……ごめん。つい見とれちゃって。うん。すごくかわいいよ」

「ふぇ!? えっと、その、ありがとうございます」


 お互い顔を赤らめ、下を向いてしまった。

 とっさのこととはいえ、見とれちゃったとか言ってしまってとても恥ずかしかった。

 でも彼方ちゃんに似合っていると思ったし、彼方ちゃんが可愛いと思うのも事実だ。嘘は言っていない。

 でもそのことと恥ずかしさは別だ。

 僕は気を紛らわすために近くにあった彼方ちゃんに似合いそうな服を持ち、彼方ちゃんに渡した。


「これなんかも似合うんじゃないかな」


 僕が渡したのは、純白のワンピース。 

 お姫様が麦わら帽子を被りながらよく着ているあれだ。

 最初に僕が彼方ちゃんを見て連想したお嬢様。そして清楚な彼方ちゃんには似合いそうだったのでこれを選んだ。

 僕がそれを渡すと彼方ちゃんは自分の体に合わせ始めた。

 彼方ちゃんがワンピースを合わせた姿は僕のイメージしたものそのもので、とてもよく似合っている。

 本当にどこかのお嬢様のようだ。


「……似合ってますか?」


 少し不安そうに僕の意見を求める彼方ちゃん。


「うん。すごく似合ってるよ!」


 そんな彼方ちゃんに僕は真っ直ぐな気持ちで答えた。


「でも、どっちにしようかな。佐渡さんはどっちが私に似合うと思います?」


 言われて彼方ちゃんが両手に持っている服をまじまじと眺めた。

 自分ではワンピースを持って行ったが、決して彼方ちゃんの選んだ服が似合わないわけではない。むしろ同じくらいよく似合っている。

 そしてどちらも選べない僕は強行策を取ることにした。


「どっちもよく似合ってるよ! どっちにしろ一着じゃ足りないから三着くらい買っていこう!!」


 そう、僕が選んだのは選べないなら選ばないだ。それに一着で足りるとも思えないので、説得なしに二着買ってもらえるならまったく問題ない。


「でも、結構高いですよ? 三着も買ったらお金が……」


 彼方ちゃんは手に持っている服の値札を見ながら心配そうにこっちを向いた。

 僕は彼方ちゃんの心配を取り除けるよう、笑顔のままさっきの服とは違う服を彼方ちゃんにすすめる。


「気にしない気にしない。これなんてどう? ふりふりで可愛いんじゃない?」


 手近にあったフリルの付いた服を彼方ちゃんに渡してみた。

 ピンクと白を基調とした服で、袖口や裾の部分に小さなかわいらしいフリルがたくさんついている可愛らしいデザインの服だ。

 彼方ちゃんにとても似合いそうだと僕は思う。。


「わ……私には可愛すぎますっ!」

「そんなことないよ。彼方ちゃんだって十分可愛いよ」

「ふぇ!?」


 なぜか彼方ちゃんは驚いて持っていた服を落としてしまった。

 すぐに気が付いて拾っていたけど、そんな驚くようなことを言っただろうか?

 僕が一人悩んでいると、そのまま彼方ちゃんは落とした服を全部拾ってレジに向かった。


「それでいいの? あくまで僕の意見だから無理してそれにしなくても……せめて試着くらいしたら?」


 嫌なのに無理に買わせるのは忍びなかったので、レジに行く前に確認をすることにした。


「いいんです!」

「は……はい」


 なんか萎縮してしまった。今まで温厚だったのに急に大きな声を出されて若干驚いてしまったというのもある。

 怒らせるようなことをしてしまっただろうか。

 僕は必死に答えを探しながら、彼方ちゃんのあとに続いてレジへと向かった。


「……可愛いとか言われたら買うしかないじゃないですか……佐渡さんはずるいです……」

「ん? なにか言った?」

「いえ! なにも言ってないですよ……」


 なにか聞こえた気がしたのだが、また聞き間違いだろうか? 思い当たる節もないし、きっと聞き間違いだろう。

 そのあと、彼方ちゃんの使う最低限必要な日常品と今日の昼食、夕食分、そして忘れちゃいけない明日の朝食分の食材を買って僕たちはデパートを出た。


「結構時間経ってますね。もうとっくにお昼すぎちゃいました」


 携帯で時間を見ると、時刻はすでに二時過ぎ、余裕でお昼を過ぎている。

 お腹も食べ物を求めて今にも鳴きだしそうである。


「どこかでお昼取っていこうか。彼方ちゃんもお腹減ったでしょ?」


 僕もお腹が空いてきていたし、彼方ちゃんもお腹が空いているかもしれないと思い、彼方ちゃんに確認を取る。


「いえ、大丈夫です。それに今日は私にためにかなりお金使ちゃってますし、家まで我慢しましょう。それにお店の料理なんかより佐渡さんの料理が食べたいです」

「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ」


 彼方ちゃんの言葉に今日の昼食と夕食は気合を入れて作ろうと決意し、何気ない会話をしながら僕たちは帰路に就いた。

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