第2話

 あれから三時間が経過して今の時刻は夜七時。

 外もだんだん暗くなってきて、ビルの電灯やお店のネオンがキラキラ輝き始めた。

 都会に来たばかりの頃はこのことにも驚いた。実家に居たころはこの時間だと外は真っ暗で、道にも所々に街灯が置いてあるだけ、子供の頃は怖くて泣いたこともあった。

 その点、都会は夜だというのに昼のように明るくて、人も多い。現在僕はその昼のように明るい道の一つを歩いている。もちろんお腹が減ってコンビニに、などではなく、昼に会った彼方ちゃん、水無月 彼方ちゃんを探しに行くためだ。

 あれから何度も自分を言い聞かせようとがんばったのだけど、全然だめだった。気づけば彼方ちゃんのことを考えていて、落ち着かなかった。

 結局我慢できなくなり、三十分くらい前に家を飛び出していた。

 今日会った路地裏に行ってみたけど姿はなく、今こうして彼方ちゃんを探す旅に出た。

 といっても家から数分の場所だけど。

 昼に路地裏に居たから路地裏を重点的に探しているけど全然見つからない。あれから結構時間も経っているから遠くに行ってしまったのかもしれない、と思い始めた頃、ようやく彼方ちゃんを見つけた。

 人ごみに紛れ、申し訳なさそうに肩を狭めながら彼方ちゃんは一人歩いていた。

 僕は人ごみを分けながらどうにか彼方ちゃんに手が届くところまできた。


「こんなところでどうしたの? 彼方ちゃん」

「す……すいません!」

「違う違う。僕だよ! 佐渡 誠也」

「……。ふぇ……?」


 どうやら相当混乱しているらしい。

 真底驚いたように目を閉じたり開いたりしている。

まあ、いきなり昼間に会っただけの人に話しかけられたら驚きもするだろう。当然の反応だ。

 でも、人ごみでいつまでもじっとしていたら邪魔になるだろうと思い、少し強引かもしれないけど彼方ちゃんの手を引いて近くの路地裏に入った。


「ごめんね、いきなり話しかけちゃって。驚かせちゃった?」


 安心させるようににっこり微笑みながら尋ねた。


「い……いえ。驚きはしましたけど……それよりどうしてここに……?」

「やっぱり心配になっちゃって。僕、極度の心配性なんだよ……」


 このとき僕は少し安心していた。

 彼方ちゃんが別れた時の暗い表情ではなく、普通の表情をしていたからだ。もし彼方ちゃんが落ち込んでいたり、泣いていたらあまりの後悔に僕のほうが立ち直れなかったかもしれない。


「それよりさっき帰る場所がないって言ってたよね? よかったら僕の家に来ない?」

「えっと……その……あの……え?」


 どうやらまた彼方ちゃんを動揺させてしまったようだ。

 まぁ、これは仕方がないだろう。

今日会ったばかりで、しかも年上の男、そんな見ず知らずの人に家に来ないか? なんて聞かれたら誰だって驚くし、不審に思うだろう。

ちょっと訂正を加えたほうがいいかもしれない。


「もちろん変な意味じゃなくて、僕はただ……君が心配なんだよ……」


 訂正というより、僕が今思ってることをそのまま口にしていた。言ってから少し恥ずかしくなったけど、顔を背けたりはしない。

 この気持ちは僕の紛れもない本心で、ウソ偽りなんて微塵もない。


「えっと……その……大丈夫ですから。気にしないでください」


 うつむきながら彼方ちゃんはまたそんな悲しいことを口にした。きっと今の表情は昼に別れた時のような悲しく、暗い表情なのだろう。どうにかして彼方ちゃんを笑顔にしてあげたい。

 僕はただそのことだけを考え、一言一言に気持ちを込める。


「確かに男の家に行くのが怖いのはわかるよ。だけど君もずっと外に居るのはいろいろ不便でしょ? なんなら家だけ貸して僕が友達の家に行ってもいい! だからさ……そんな悲しいこと言わないでよ……」


 最後の方は若干小声になってしまったけど、僕の気持ちは届いたと思う。

 もし届いてなくても届くまで言ってあげればいい。

 ただそれだけのことなんだから。


「うぅ……うわーん」

「えっ!? また僕なんかしたっ?」

「いいえ……違うんです。さっきも言いましたが、優しくされるのが久しぶりで……だから……」


 違うという言葉が聞けてまずは一安心。

 でも泣いている女の子をただ見ているだけなんて情けなさすぎる。

 僕はそっと彼方ちゃんを胸に抱いて、泣き止むまでずっと頭を撫でてあげた。

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