第1話


 僕たちは近くの喫茶店に入り、自由に席に着いていいらしいので一番端っこの席に座った。


「なに食べる? お金に余裕があるから何でも頼んでいいよ!」


 本当はお金に大して余裕なんてないのだが、ここは少し見栄を張ってウソをついた。

 お金がないなんて言ったら、きっと彼女は遠慮してなにも注文しないだろう。

 これはついておくべきウソだ。

 彼女はしばらくメニューとにらめっこしたのち、オムライス、と小さく答えた。


「わかった、オムライスね! 飲み物はホットコーヒーでいいかな?」

「あっ! すいません。コーヒーでいいです」


 僕はすぐにオムライス一つとホットコーヒーを二つ注文した。

 一緒に何か食べてもよかったのだけど、この後友達と打ち上げで何か食べることがわかっていたので、何か食べようとは思わなかった。


「あの……あなたは食べないんですか?」


 彼女が心配そうな、不安げな表情で尋ねてくる。

 おそらくおごってもらうのに、自分だけ食べるのが申し訳なかったのだろう。

 こんなことならやっぱり僕も軽食くらい頼んでおくべきだったと深く反省。


「うん、家で食べてきたばかりなんだ。それより自己紹介しよう自己紹介! いつまでも、君とあなたじゃなんだからね」


 ちょっと強引に話を逸らしつつ、注文したものが来るまでお互い自己紹介をすることにした。

 それにやっぱり彼女のことも気になる。

 真冬にあんな格好で路地裏に座り込んでいて、しかも見た目からして高校生ぐらいだ。

 家出するようなタイプには見えないが、家出ならちゃんと説得して家に帰してあげなきゃいけないし、それ以外に理由があるなら聞いてあげたい、出来れば解決もしてあげたい。

 僕はいつもの心配性をまた発揮していた。


「僕の名前は佐渡さわたり 誠也せいや。大学生で四月から二年生だよ」

「私は水無月みなづき 彼方かなた。十五歳で今年から高校生です」


 彼方ちゃんから十五歳という単語がでたとたん驚いた。

 しっかりとした口調や態度から少なくとも高校三年くらいだと思っていたのに、十五歳で今年から高校生なんて、下手したら僕なんかより精神年齢が上なんじゃないだろうか。


「どうかしましたか……?」


 僕がそんなことを考えていると、彼方ちゃんが不思議そうにこっちに視線を向ける。

 僕は一旦深呼吸してから話を戻した。


「ごめんね。すごいしっかりしてたから、もう高校三年くらいだと思ってて驚いちゃった」

「そ……そんなことないですよ」


 彼方ちゃんはまた恥ずかしそうに俯いてしまった。

 そのことを微笑ましいと思っていたら、店員がオムライスとコーヒーを運んできた。


「はい。どうぞ」


 運ばれてきたオムライスを彼方ちゃんの前に置き、食べるよう促す。

 照れくさそうにしながら彼方ちゃんは「いただきます」と丁寧に呟き、オムライスを口に運んだ。

 一口食べたら歯止めが利かなくなったのか、次々とオムライスを口に運んでいき、五分もしないうちにお皿の上はきれいになっていた。


「おいしかった?」


 僕が彼方ちゃんにそう尋ねると、恥ずかしそうに「はい」と答えてくれた。

 今はこうして恥ずかしそうにしているけど、食べているときは本当に幸せそうにしていて、見ているこっちまで幸せにしてしまうような笑顔だった。

 その笑顔はまだあどけないもので、彼方ちゃんがまだ年相応の女の子なんだと実感させられた。


「それはよかった」


 僕も嬉しくなってにっこりと微笑む。

 でも、僕は今からこの笑顔を壊してしまうかもしれない。

 彼方ちゃんが相当お腹をすかしていたようなので後回しにしていたが、なぜあんなところで一人座っていて、こんなにもお腹をすかせていたのか、両親はどこにいるのか、など聞きたいことは山ほどあった。

 さっきまで考えていた家出の線もこの子の性格じゃありえないだろうし、もしそうだとしたら両親が相当ひどい人なのかもしれない。

 虐待されていて耐えきれずに家出した、とかやむおえない事情があったのかもしれない。

 ダメだ。

 考えれば考えるほどひどい考えが浮かんでしまう。

 僕は覚悟を決めて彼方ちゃんに事情を聞くことにした。


「さて……本題に入ろうか。彼方ちゃんはなんで路地裏にあんな寒そうな格好で一人で座ってたの? ご両親は?」


 まずは僕が一番気になっていることから聞いてみた。

 というよりは聞かないといけないことから聞くことにした。

 路地裏に居た理由と両親のことがわかれば次に何をしなきゃいけないかわかるし、さっきまでの心配がいくつかなくなるかもしれない。

 もちろん彼方ちゃんが話したくないなら無理に聞くつもりはないが、少なくとも帰る場所があるのかだけは聞いておきたい。


「もちろん話したくなければ話さなくていいからね」


 なるべく当たり障りなく聞いたつもりだったが、彼方ちゃんの顔からはさっきまでの笑顔がなくなり、路地裏に座っていたときの暗い表情に戻ってしまった。

 そのことにより分かりたくないことが一つわかってしまう。

 彼方ちゃんが路地裏に居たのは自分から進んでからではなく、何らかの理由があってそこにいたということ。

 それも良い理由なんかではなく


 ―――悪い理由で。


 それでも僕は彼方ちゃんが話してくれるのを待つ。

 たとえどんなに暗い話でも、それを聞いて僕に出来ることがあるならしてあげたい。

 ただそれだけを考えて返事を待つ。

 そしてようやく彼方ちゃんが口を開いた。


「……すいません。話したくありません。」

「……そっか。でも一つだけ聞かせて。帰る場所はあるの?」

「ありません。……あの、ご馳走してくださってありがとうございました」


 彼方ちゃんはそう言って席を立った。

 呼び止めようとテーブルに手を付いたがそこでやめた。

 さっき決めたことをすぐに放棄したくないし、今日初めて会った人にいきなり自分のことを話すなんてできなくて当然だ。

 心配じゃないか、と言われればウソになるけど仕方がない。

 これは僕の問題じゃなく、彼方ちゃんの問題なのだから。

 僕は自分にそう思い込ませ、勘定をすませてから自宅への帰路に着いた。

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