教室
持久走後の教室は、なんとも言えない臭いと熱気に覆われていた。暑いと窓を開けた男子がいたが、女子に寒いと口々に叱られ、新鮮な空気はすぐさま遮断された。
各所で数人が小さな島を作り、弁当やら菓子パンやらを広げている。
僕はいつも前を向いて、弁当を食べる。
自分で作った卵焼きが、今日は今までで1番上手くできた。
右斜め前の3人島の女子は、毎日推しが推しがと静かに大騒ぎしている。
僕に背を向けて座っている清水が、食事もそこそこに、体をよじってカバンの中に手を突っ込んだ。そして、興奮しながら手のひらほどのサイズの何かを取り出した。
奥の2人はたまらないといった様子で、足をジタバタさせている。
まるで神を崇めるように、寄せ集められた3つの机の真ん中に、小さなアクリル製の人型がそっと置かれた。
「やばいやばいやばい」
「これはマジで神です」
あ、やっぱり神様なんだ。
「アクスタ戦争勝利は、本当にえぐい」
「恵理の勝率どうなってるの」
清水はジャンヌダルクのように、何かの闘いに勝利をしてこの神様を手に入れたようで、2人からの賞賛と羨望の眼差しを、一身に受けている。
「このジョージ、死ぬほどイケメンすぎて国宝、いや、ちきゅ宝だって!」
「あはは!ちきゅほうって何ー!」
「いや、ジョージはもう国を超えた地球の宝だから」
ちきゅほう、ちきゅほうととっても楽しそうに3人が笑っている。
そんな楽しげな彼女たちとは裏腹に、地球の宝の小さなジョージが、みるみるうちに血だらけになっていく。
――ほど――程度。だいたい。ばかり。くらい。
死ぬほど=だいたい死ぬ。死ぬくらい。
死ぬわけじゃないけど、死ぬくらい重体ということか。
にしても、物も対象になるのか。
人型だから?
実際に生きているジョージは今どうなっている?
食べかけの弁当を机の端に寄せて、今起きた事実をノートに書き記す。
実存のジョージは…まで書き終えたあたりで、急に視界からノートが消えた。
「葛西お前なーに書いてんだよ」
奪われたノートが、蝶のようにヒラヒラと空中を舞った。
やばい。慌てて立ち上がり勢いよくノートに手を伸ばすと、眼鏡が自分の腕にあたり、カシャンと音を立てて床に転がった。
眼鏡を拾う為にしゃがんだ頭の上で、佐々木が笑い出した。予想と違う反応に驚いて、眼鏡を握りしめたまま顔を上げた。
「お前、ガリ勉のくせに字汚すぎじゃね⁉︎
何書いてるかマジで一個も読めねぇんだけど」
興をそがれたらしく、歪んだ口元を作りながら、ぽいっと投げ捨てるように僕の机にノートを返した。
3人の女子は、ジョージ以外は虫ケラとでも言いたげに、僕を見下ろした。
佐々木は、自分の机の方に目を向けると、
「あ、おい!牧田お前勝手に俺のパン食うなやー!お前まじ殺すわー!」
と、1人笑いながら騒がしく席に戻って行った。
僕も席についてほっとすると同時に、心の中で思った。
佐々木の顔、久々に見たな。
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