第6話~嘉永七年~
「ひろしさんはつまり、小豆の母方の従兄弟さんなんですか?」
小豆から配られたオレンジジュースを飲みながら、希望たちはひろしに質問を始めた。
「あぁ、俺の母親が小豆の母親の姉になるんだ」
「ひろし君も一人っ子なの。だから、本当のお兄ちゃんみたいに育ったの。ね?お兄ちゃん?」
小豆は小首を傾げながら、ひろしに微笑んだ。
「その顔は…お小遣いは渡さないからな」
「ケチ~!!ひろし君は家庭教師のバイトで大金持ちじゃない!」
「ダメ。小豆のおじいちゃんにも、そうやってねだってるの知ってるんだからな。君達も小豆にこんな風に振り回されてない?大丈夫?」
ひろしが苦笑しながら尋ねてきた問いに、3人は3人とも目を逸らしながら、「決してそんな事は…」と、お茶を濁すのが精いっぱいだった。
「私がそんな風に振り回すわけないでしょ!とりあえず、ひろし君は家庭教師のアルバイトもしてるし、勉強を教えるのは得意だから、みんなで教えてもらいましょうよ、では!契約通り!最初の1時間は、テスト勉強にしたいと思います!」
そう言うと小豆は、目覚まし時計をどこからか出してきて、1時間後に鳴る様にセッティングをした。
あれって契約だったんだ……希望は小豆の言葉のチョイスに小豆らしさを感じながら、早速色々鞄から、テキストや筆箱を取り出した。
「了解、俺に出来る事があったらいつでも声かけてよ。ところで小豆、祠の写真だけ先に見せてくれない?」
「わかった。じゃあラインで今から送るね。」
ひろしは既に今朝の祠の出来事は知っているらしく、写真にとても興味がある様子だった。
まぁ小豆が俺達に紹介したいって言ってきた時点で、例の古文書と呪いの一件が絡んでいるはずだから、あたりまえな話ではある。
小豆がひろしに画像送信したであろう、それを知らせる着信音の連続したメロディを聞きながら、希望はひろしに教わりたい箇所を、テキストの中に探していた。
「あぁ、この問題わからなかったんだよな。ひろしさん少し教えてもらってもいいですか?」
左手に持ったスマートフォンを見つめて、指で素早くスクロールさせる動きを繰り返しているひろしに、希望は早速質問をする事にした。
「この問題の答えがなかなか導けなくて…」
こんな問題もわからないの?そう、思われたら恥ずかしいなと想いつつ、頭をかきながら希望は、開いたテキストをひろしが見える向きに変えて持つと、傍へと近寄っていった。
「うん、なかなかにこの問題は難解だ」
「あ、そうですか?難解ですよね。俺、全然解けなくて」
「いや、解けたよ。こんな事があるなんて……ごめん、少し謎が解けて、身体が震えてきたかもしれない……」
「そんなオーバーな……いや、現役K大生をそこまで唸らせる問題を、俺ごときが解けるわけなかったと思ったら少しほっとしました。それにしても解くの早すぎませんか?テキスト問題、俺まだちゃんと見せてないですよ?」
すると、ひろしが急にその場に立ち上がると、こう叫んだ。
「こうしちゃいられない!小豆のおじいちゃんにもう一度、家系図を見せてもらわないと!」
「え!?ひ、ひろしさん!??」
突然、何かに突き動かされたかの様に、部屋を出ていってしまったひろしを呼び止める事も叶わず、希望はテキストを片手にただ呆然としながら、確信した。
「あ、これ……今日もテスト勉強出来ないパターンだ……」
◇
ひろしの言葉は自分に向けてではなく、小豆から送られた写真に対するものだったのだと、改めて理解をした希望は、項垂れながら、自分の座蒲団に座り込んだ。
「何、呑気に座ってるの希望君!さぁおじいちゃんの部屋に行くわよ!」
見上げると、小豆と羽田と多田の3人は既に立ち上がっていて、ひろしの後を追いたくてうずうずしているのが一目でわかった。
希望は、こうなる事を予想出来ては勿論いたけれど、さすがに「はい、そうですか」なんて納得できない。少し抵抗する事にした。
「最初の1時間は……テスト勉強って契約だろ!?」
小豆の言葉を借りて、反論を試みた希望は
少し仏頂面で、口を尖らせてみせた。
「契約だなんて、、希望君なんてオーバーなワード使ってくるのよ、ただの約束でしょ?く・ち・や・く・そ・く!」
自分で言ってワードじゃないか…
それとも俺の記憶違いだったのだろうか……
自信満々にあまりにも断言する小豆の言葉に、希望は圧倒されつつ、悩みはじめた。
すると、希望の両腕を多田と羽田が放課後の時みたいにしっかり掴んだかと思うと、「せ~の!」と立ち上がらせた。
本当に、こんな時のこのふたりの息のあった動きは尊敬に値する。
「わかったよ!じゃあ後半の1時間!そこはテスト勉強にしてくれよな!」
囚われた宇宙人の格好の希望を
笑顔で見つめながら、小豆は指でOKサインをした。
「勿論よ!!!そんなの当たり前でしょ!!」
そして、さっさと和室を出て行ってしまった。
「勘弁してくれよ……」
か細い声でそう言う希望を、多田と羽田は
持ち上げるようにして、小豆の後を追ったのだった。
◇
小豆の祖父の部屋は、応接間のすぐ隣で
8畳程の和室だった。
「わしを呼んでくれたら、持っていったのに」と、小豆の祖父は何度も言いながら、棚から色々を取り出していた。
ひろしと小豆は横に並んで、既に出された
例の家系図に、一心不乱に目を通していた。
ひろしは、鑑定さながらに白い手袋なんて
いつの間にかつけているし、虫眼鏡なんてアイテムも右手に持っていた。
「それで、何かわかりましたか?」
多田と羽田から解放された希望は、諦め顔で
ひろしと小豆の向かい側に座ると、そう尋ねた。
多田と羽田も、希望の両側に座ると、好奇心いっぱいに、身をのりだし、ひろしと小豆が
見ている家系図を覗き込んだ。
「あぁ、呪いが発生した時代がわかったよ」
「呪いが発生??」
「ここを見てくれる?」
ひろしは、自分のスマートフォンを差し出し
小豆から送信された、写真の一枚を見せてきた。
「この写真なら、俺も今朝撮ったからあります。これが、一体???」
多田がそう言うと、自分のスマートフォンから、同じアングルで撮影した写真を表示させて、ひろしのスマートフォンの横に並べてみせた。
「嘉永七年、そしてここに書かれた名前が、小豆のご先祖様になる。」
「あぁ、やっぱりそうなんですね。
今朝も皆で、そう話をしてた所なんです!」
羽田はご満悦な様子で、更にひろしの方へ身を乗り出した。
「小豆のおじいちゃんが、あの祠はご先祖様が建てたって思い出してくれてね、小豆に祠に何か痕跡が残ってないか調べて来てくれないかって、俺が頼んだんだ。君達も行ってくれたんだね、なんか巻き込んで申し訳ないな……」
「ひろし君大丈夫よ!みんな私よりこの話には乗り気なのよ?ね?希望君?」
多田と羽田ではなく、自分に問いかけてくるとは、全く予想していなかった希望は、
「えっ……うっ……」
と、言葉を詰まらせたものの、ひろしを前に本音を言う事も出来ず、
「だ、大丈夫です。気にしないで下さい」
そう言うのが精一杯だった。
「有り難う。じゃあ色々語らせてもらっていいかな?」
ひろしは笑顔でそう言うと、家系図と古文書を皆の目の前にひろげた。
「家系図のここ見て?祠に刻まれた名前と同じ名前だよね?つまり、あの祠、小豆のご先祖様が建立したのは、朝のみんなの尽力で証明されたわけ。ところで、祠ってなんであるかわかる?」
いきなりのひろしからの質問に、4人は各々の顔を見回した。
「そんな理由とか、そんな事考えた事ないから、全然わかんない!」
小豆は頬杖をつきながら、既に考える事を放棄したようだ。
呪いがかけられてる本人とは到底思えない発言なのだが、これが小豆なのだ、小豆という生命体なのだ。
そう思いながら、希望も祠とは、当たり前に昔からそこにあったもので、いざ尋ねられると答えに詰まる程に、全く深くを知らなかった。
世の中は、本当に知らない事ばかりで嫌になる。逆に、知らないを知る事が学びなのだ。
これも案外、テスト勉強みたいなものなのかな……??
そんな意識の変化に、希望が驚いていると
羽田が、右手をすっと、綺麗なポージングであげた。
「はい、羽田君」
ひろしもひろしで、先生みたいに羽田を指名すると、羽田がゆっくりと語り始めた。
「祠って、神様を祀る場所。大きなものが神社なわけですが、祠はその小規模のもの。例えば、家の中に祀る神棚。これは、家を守ってもらう為に祀るものです。その外バージョン。家を守るもさる事ながら、その一帯の土地も守って頂く為に、そこへ神様に来て頂いたもの、そんな感じだったと思います」
「さすが、羽田君は色々知ってるね」
「つまり、あの祠はこの辺りに昔から住む、小豆の家で祀られている神様で、小豆の家のみならず、この辺り一帯の土地を守る為に建てられた、って事ですか?でも、その祠と呪いの関係がよくわからないな。」
「嘉永七年って、羽田君なら何があったかわかるんじゃない?」
「あぁ………なるほど……」
羽田は、思い当たる事があるのか、少し考え込みはじめた。そんなふたりのやり取りに業を煮やした小豆が怒り始めた。
「ひろし君!羽田君!2人にしかわからない会話しないで、わかる様に教えてよ!」
会話についていけないのを棚にあげて、怒り出すとか、なんて我儘な姫なんだと、希望は思ったけれど、自分こそ、話についていけなくなっていた所なので、これ幸いと、黙っている事にした。
「あぁごめんよ小豆。まぁ歴史の勉強ついでに、じゃあみんなで一緒に、この嘉永7年を学ぶとしようか。みんな検索してみて?」
ひろし先生の指示で、4人はスマートフォンを取り出すと、検索窓にワードを打ち込みはじめた。
「どう?みんなわかった?」
ひろしはそう言うと、みんなの顔をぐるりと見渡した。
「えっと、東海地震が起きた翌日に、南海地震が続けて起きてます……知らなかった……」
多田がスマートフォンの画面を見ながら、表情を強ばらせた。
そして、そんな多田以外の3人も、無言で画面を暫く見続けたのだった。
呪いがこんなに怖いものだなんてこの時の俺達は知らなかったんだ 豊 海人 @kaitoyutaka
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