第5話~ひろし~



 いつもの授業を、いつも通りに終えると、等しく放課後が訪れた。


 隣の席の小豆は、鼻歌なんて口ずさみながら鞄に筆箱やノートを収納しはじめていて、すぐ帰宅する気満々な様子だった。


「なぁ小豆、さすがにテスト勉強しないと俺やばいんだけど」


 おずおずと、そう口にした希望の言葉に小豆の動きがピタリと止まった。


「いや、ちょっとだけ勉強時間が頂けるとありがたいかなって…」


 希望は自分の気の弱さを痛感しながら、そう告げた。


「うん、確かにその通りよね。じゃあ今日は最初の1時間は勉強タイムにしよう!」


「いやいいよ、早めに帰らせてもらえたらそれで」


「ダメよ!今日は内容盛りだくさんなんだから!」



 何の内容が盛りだくさんなんだ?と思ったけれど、それを追求する勇気は勿論持ち合わせてなどいなくて、希望は他の策を思い巡らせる事にした。

 今日こそ自分のテスト勉強の時間を、確実に確保しなければいけないのだ。


 すると、考え込む希望の傍に帰宅準備を終えた多田と羽田がやって来た。


「どうしたんだよ希望、さぁ早く小豆の家に行こうよ」


 もはや、小豆の家に行くのが当たり前の多田と羽田に両腕を掴まれた希望は、囚われた宇宙人の様に、されるがままに立たされた。


「いやホント…お前達と違って、俺は成績良くないし勉強しないとヤバいんだって!」


「テスト勉強しに小豆の家に行くわけでもあるから、いいじゃないか」


 多田が朝とは別人に、目を輝かせながらそう言うと、更に希望の腕をしっかり掴んできた。


 そんな事言って、昨日は全くしなかったじゃないか


 そう思いながら、この拘束からはもはや逃れられないと思った希望は、大人しく応じる事にした。



「最初の1時間!ここはテスト勉強をしてもらうからな!」



 希望はそう言うと、自分の帰り支度をし始めた。



「わかった約束ね。それに今日は大学生の従兄弟のお兄ちゃんも来てるし、勉強教わろうよ、それならいいでしょ?」



 小豆の言葉に、もはや文句を言う事が幼く思えてきた希望は、少し照れくさそうに目を逸らしながら小さく頷いた。



「従兄弟って、大学生なんだ」



 会話を聞いていた羽田が、そう小豆に尋ねた。


「うん、私より3つ上の20歳。K大学の3回生なの」


「え?K大学??滅茶苦茶頭いいじゃん…」


 K大学は、全国的にも有名な偏差値が高い大学だ。

 その現役大学生に勉強を教わる事が出来るなら、小豆の家に行っても、い、いいかな…


 我ながら現金なやつと思いながら、支度を終えた希望は、羽田、多田、小豆と一緒に小豆の家へと向かう事にした。





 ◇




 昨日と同じく、立派な門構えを抜けて大きな玄関に入ると、小豆の祖父が笑顔で「いらっしゃい」と出迎えてくれた。


「お邪魔します」


 恐縮しながら、多田、羽田、希望の3人は

 昨日と同じ和室に通されると、そこには既にひとりの青年が座っていた。


「こんにちは、いらっしゃい!」


 その青年は笑顔で立ち上がると、にこやかに挨拶をしてきた。



「は、はじめまして、小豆さんと同じクラスメイトの…」


「あ!ちょっと待って!!!」


 自己紹介を始めた羽田の言葉を青年が遮ると、3人の顔をゆっくりと覗き込み始めた。



「えっと、君が羽田君、そして君が多田君、そして・・君が多分、希望君。どう?当たってる?」


 見事に当てられて、身に着けてる物に名前が書いてあったっけ?と、3人がお互いのチェックをし始めると


「ごめんごめん、小豆からそれぐらい色々君たちの話を聞いてるんだ。

 つい嬉しくて…申し訳ない。はじめまして、小豆の従兄弟です。小豆は俺の事をひろし君って呼んでるし、ひろしって気軽に呼んで下さい。まぁ立ち話もなんだし、さぁ座って座って」



 ひろしに促された3人は、小豆の人懐っこさと瓜二つのこの従兄弟に圧倒されながら、座布団に座った。



「お待たせ~!今日もオレンジジュースでいいよね??」



 それと同時に、小豆が祖父に手伝ってもらいながらお盆に人数分のコップとオレンジジュースを乗せて、威勢よく入ってきたのだった。


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