第2話~家系図~


「神様有り難う」


 学校が終わり、校舎から外へ出た希望が空を見上げると

 雨は止み、青空が拡がっていた。


 あちこちに出来た水溜まりが、太陽の光を反射させるその光景は、自然と気分を良くした。


 希望は雨上がりの空気を、思い切り体内に蓄えるが如く吸い込むと、大きくゆっくりと吐き出した。


「希望君!!何、帰ろうとしてるのよ!」


 背後から、けたたましく呼び止められた希望は、思わずむせそうになりながら、後ろを振り返った。


 そこには頬を膨らませて怒り心頭の小豆と、それを完全に他人事モードで見守る、多田と羽田が笑顔で立っていた。



「だって来週は中間テストだし、早く帰ってテスト勉強しないと…」



 希望はしどろもどろになりながら、そう答えた。



 そもそも、1限目に送られてきた、あのハート型の手紙の内容。

 呪いとか古文書の話は、あの後、休み時間、昼休みと色々話をしたし、結局、解決策は見いだせないまま、お開きになったはずだった。


 まさか、そう思っていたのは自分だけだったのか……


 小豆の気迫に押されながら、希望が身動き取れずにいると、小豆が更に近寄ってまくし立てた。



「希望君は私が死んでもいいのね!」


「落ち着けって、勿論死んで欲しくないよ」


「本当に!?」



 怒った顔から、一転して満面の笑顔になった小豆の姿を見て

 希望は、やっぱり女子は理解できないって言葉を、もう少しで口に出しそうになった。



「小豆が、その例の古文書を見せてくれるって言うんだ、


 希望も今から一緒に行こうよ?部活もテスト休みでないし羽田も行くって言うし、テスト勉強も兼ねてさ」


 多田の助け船で意味を理解した希望は、最初からそう言ってくれたらいいのにと、


 また口に出しそうになりながらも、それを受け入れる事にした。



 秀才羽田に色々教えてもらえるのは、テスト休みの時ぐらいだし、正直有難い。


「じゃあ決定ね!」



 小豆は跳び跳ねる様に喜ぶと、正門まで小走りに走っていき「早く早く!」と、3人に向かって手招きをし始めた。


「呪われてる風には、全く見えないんだけど…」


 希望がそう呟くと、多田と羽田が同感というかの如く頷きながら

 、3人は一緒に、小豆の待つ正門へと向かった。



 ◇


 電車登校の多田、羽田、希望と違って、小豆の家は学校のすぐ傍にある。

 田園がひろがる自然溢れるその中に、ひと際目立つ和風門が聳えていた。


 遡ると江戸時代?いや戦国時代?それぐらいからここに住んでいるらしく、


 この土地をずっと離れず、代々受け継がれてきた家柄らしい。


 タイムスリップしたかの様な日本家屋と、その奥には蔵もあり

 庭もかなりな広さがあった。確か、池もあって鯉も飼っていた。



 一度少し前に皆で訪れた時、鯉の餌やりを頼まれて初めてさせてもらった事があったっけ。

 鯉は賢いもので、餌を貰えるとわかった途端、口をパクパクさせて群がってきた。

 威勢のいい鯉なんて、陸にあがってきそうな勢いで、希望がそれを見て慌てていると、


 小豆は横で大笑いしてたっけ。


 希望は、そんな前回の滞在エピソードを思い出しながら

 小豆の事を改めてお嬢様なんだと再確認し、何で普段はお嬢様に見えないんだろうと、


 到底解決出来ない、思考のループに陥っていった。



「希望君!!何突っ立ってるの!早く早く!!」



 小豆が突っ立っている希望に気づいて、そう急かすと、自分は走って家の中へと入って行った。


「元気なお嬢様だ」


「本当に」


「まったくだ」


 希望と多田と羽田の3人は、顔を見合わせながら

 各々にそう言うと、小豆の家の中へとお邪魔する事にした。



「いらっしゃい。」



 大きな玄関に入ると、小豆の祖父が笑顔で迎えてくれた。

 小豆の両親は共働きで、家を留守にする事が多く

 祖母も小さい頃に他界した事もあって、一人っ子の小豆を育てたのは、実質この祖父らしい。



「こんにちは!お邪魔します!」



 3人はそう挨拶をすると、祖父によって応接間へと案内されて行った。



 ◇


 だだっ広い、床の間に立派な掛け軸がかけられたその和室に通された3人は、


 祖父に促されて、座布団の上に正座で座った。


「いいから、足は崩しなさい。痺れてしまうよ」


 優しく微笑みながら祖父に促された3人は、少し恐縮しながら足を崩した。



「喉乾いたでしょ?オレンジジュースでいい?」



 すると小豆が、お盆に人数分のコップとオレンジジュースを持って入ってきた。

 そして手際よく注ぎ入れ、皆の目の前に「どうぞ」と配った。



「いただきます」



 よく冷えたオレンジジュースは、希望の乾いた喉を潤し

 今日一番幸せだった瞬間ランキングがもしあるならば、この瞬間が1位に決定だな、


 そんな気分にさえさせた。



「おじいちゃん、みんなに古文書を見せてもいいでしょ?」



 小豆にそう言われた祖父は「それは構わないけれど」と言って、ゆっくり立ち上がると

 奥の部屋からその品を手に戻ってきた。



「これなの、ひろげるわよ?」


 小豆は、箱の中からその古文書を両手で丁寧に取り出すと、


 畳の上に静かにひろげはじめた。



「うん、全然読めないよね。で?どこの部分なの?」



 羽田が一通り目を通した後にそう尋ねると、小豆が人差し指で指し示した。


「ここ、ここにね、この家に産まれた女子は20歳までに呪いで死ぬって書いてあったの」



 みんなでその古文書を囲みながら、何とか読み取ろうとしたものの

 全くそれは不可能で、だから尚更余計に真実味が湧かなかった。



「勘違いじゃない?だって、もしそうなら今まで女の子が生まれた時に

 亡くなってたりするだろうし、そうしたら小豆が産まれた時点で、さすがに家の人も

 策を講じるはずだと思うけど。」



 希望がそんな率直な意見を述べると、黙って聞いていた祖父が口を開いた。



「小豆に言われるまで、わしもこの存在の事を知らなくてね。

 内容も内容だし、わしなりに調べてみたんだが、あぁそうそうこれを見てもらおうかな」



 祖父はもう一度立ち上がり奥の部屋へ行くと、もう一つ箱を持って戻ってきた。


「何それ?おじいちゃん」


 小豆もそれは初見らしく、興味津々でその箱の中身の説明を待った。


「これはうちの家系図だよ」



 祖父によって静かにひろげられたその書には、小豆の家の家系図が書かれていた。


「うちの家、絶対こんなの持ってないわ」


 多田が別世界を見るかの様に感想を述べながら、前のめりになって

 家系図に見入りはじめた。



「これが小豆の父親、そしてこれがわし。そしてわしの父親、そして祖父、曾祖父。」



 小豆の祖父が右手の人差し指で指し示しながら、家系を過去へと遡り始めた。


「え?まさか…そんな…」


 希望が、その家系図のある事に気づいてそう声をあげると

 全く意味がわからない小豆が、不服そうに「何?何なの?」と希望に詰め寄った。


「あぁ…」「あぁそういう事か」


 多田と羽田も気づいたらしく、そう声を漏らした。


「もう!!教えてくれてもいいじゃない!!」


 小豆が悲鳴に近い声でそう叫ぶと、祖父がおろおろと慌て始めた。


「わしも知らなかった、まさか古文書にこんな事が書いてあるなんて。ご先祖様が全部悪い。

 ちゃんと口でも伝える様に言い残さなかった、ご先祖がぜえんぶ悪い」


 そんな言いだしにくいだろう祖父に変わり、希望が小豆に説明を始めた。


「つまり、呪いがいつ発生したかはわからないけど、とりあえずかなり遡ってみても

 小豆の家って女の子が産まれてきてないんだよ。不思議なくらいにね」


「そんな…」


「一緒に家系図を見て?お父さんって、ほら、小豆と同じ一人っ子でしょ?」


「うん、一人っ子だけど跡取り息子だから家を継げてよかったって」


「そして、小豆のおじいちゃん。弟さんがいるんですよね?」



 希望は当事者である目の前の祖父にそう尋ねた。

 家系図を見ると、小豆の祖父は弟との二人兄弟らしい。


「あぁ弟が一人いて、結婚もしてるけどね。子供には恵まれなかったんだ。」



 だいたいの意味を理解してきた小豆の顔色が、だんだん青ざめてきた。


「つまり、ここ何十年は呪われる人間がそもそも産まれて来なかった。


 ご先祖様も、そんな事があった事すら忘れちゃうぐらいに。


 そして、私がいきなり現れたその呪い対象者だって言うの!?」



「そうだよ」と到底言えない、緊迫した空気が応接間に流れ、全員が黙り込んだ。


 ◇



 小豆は緊迫した空気の中、いきなりコップを鷲掴みにすると

 オレンジジュースを一気に飲み干し、テーブルに叩きつける様に置いた。


「まぁ逆に言うと、17年呪いは執行されなかったって事だから

 私ってある意味、持ってるって事よね?」


 あまりにポジティブな思考回路に、気づけば応接間の男全員が、無言で頷いていた。


 確かにそうだ。この17年の小豆の軌跡は知らないけれど

 聞いたら、九死に一生を得たエピソードが山盛り出てきてもそれはそれで

 怖いけれど、とりあえず今生きている事実。それは単純にその呪いが本当ならば凄い事だ。


 昔から、後継ぎと言えば男というのは日本に染み付いた慣習だけれど

 男も女も、女から生まれてくる時点で、やはり世界は女性によって回っているに違いない。


 すると更に小豆が、こう語り始めた。


「ピンチはチャンスよね。つまり呪いさんが今も私を狙ってるって事でしょ?

 その呪いさんを突き止めて、消しちゃえばいいんじゃない?」


「え、何それ」


 あまりに突飛な言い分に、希望が半ば呆れていると


「それいいよ!!呪いを突き止めようよ!」と、多田が賛同し


「つまりこれは、長きに渡る目に見えない戦って事だね。呪いVS家の壮大なバトル。

 小豆が今生きてる時点で強運の持ち主だ。つまり、この勝負勝てるかもしれない」


 と、完全にファンタジーの世界に旅立ってしまった羽田が


 更に賛同したから、たまったもんじゃない。


「おい、ちょっと待てって。もう少し冷静になろうよ。

 呪いは確かに怖いけど、あまり色々を信じすぎるのも良くないと思うんだ」


 希望がそう言うも、誰ひとりとしてもはや耳を傾ける者はおらず

 打倒!呪い討伐作戦会議室と化した、応接間の空間の流れはもはや


 変える事は出来なくなっていた。


「テスト勉強どうすんだよ…」


 盛り上がる3人を眺めながら、希望はひとりテーブルに頬杖をついて

 ため息をついた。


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