呪いがこんなに怖いものだなんてこの時の俺達は知らなかったんだ

豊 海人

第1話~古文書と呪い~





 その日は朝から雨が降っていた。


 じめじめとした湿気が肌にまとわりついて、不快な感情を呼び起こしたけれど、雨が降らないと、それはそれでとても困るわけで。


 そんな、やるせない気持ちを弄びながら、希望(のぞみ)は自宅の玄関を出て傘をさすと、登校する為、駅へと向かった。


 改札を通り、いつものプラットホーム、いつもの前から1両目の立ち位置、いつもの通勤通学客の人々に囲まれて、希望は空を見上げた。


 雨の勢いはいくばかりかましにはなっていたけれど、まだまだ止む気配はない。


「帰りは止んでるといいけど....」


 希望はそう心の中で呟きながら、視線を駅前にある神社へと移した。


 大きな鳥居が聳えるその神社は、希望がお宮参りから七五三と、お世話になってきた

 いわゆる氏神様で、生まれた時からそこにあるのが当たり前の場所だった。


「帰りは晴れています様に」


 そう、心の中で祈願していると、プラットホームにいつもの電車が滑り込んできた。


 希望は更に湿度の高い車内へと、いつもの様に吸い込まれていった。


 ◇


 


 べたべたとした肌にうんざりしながら、やっと学校に着いた希望は、自分の教室を目指した。


 今日の1限目が体育じゃなくて心底良かった。

 こんな鬱陶しい天気の中で、身体なんて動かしたらこの環境にいちいち左右される肉体を脱ぎ捨てて、骨だけになりたくなる。


 そんな事を考えながら、教室へ入るとクラスメイトの多田(ただ)が駆け寄ってきた。


「おはよう希望!お前が来るのを待ってたんだよ、さぁ早く早く」


 多田は小学校からの付き合いで、高校2年になるまでずっと縁が切れずにいる友人のひとりだ。

 いつも明るく賑やかで、周囲を自分のペースに巻き込む。そんな、典型的なクラスに一人いる中心的な人物。


 わりと無口な自分が何故いつもこいつとつるんできたのかが、自分でも不思議だけれど、多田といると、楽しいし何より居心地が良かった。


 そんな多田に呼ばれて、クラスメイト数人が談笑してる中へと

 希望は誘われていった。


「おはよう希望!」


 希望の席の周りに集まり、談笑中だったのはクラスメイト羽田、女子である小豆。


 クラスでは最近、希望はこの4人でいる事がとても多かった。


「おはよう。多田が何か騒いでるけど、何かあったの?」


 希望は鞄からノートや筆箱を出しながら、仲間に声をかけた。


「小豆、希望に早く教えてやってくれよ!」


 多田はきらきらと目を輝かせながら、小豆にそう言った。


 希望が登校する前に、多田、羽田、小豆の3人で余程何かの話題で

 盛り上がったようだ。


 希望は一体どんな話なんだと思いながら、自分の席に座ると

 期待する事もなく、その続きを待った。


「希望君!!!呪いって信じる人!?」


 小豆は希望の机を両手を力強く叩くと、真剣は眼差しで

 顔を覗き込んできた。


「し、信じなくは、な、ないけど…」


 あまりな剣幕に圧倒された希望は、後ろに仰け反りながら

 そう答えた。


「良かったぁ~これで全員信じる派ね!!」


 小豆は両手を組んで立ち上がると、その場で一回転してみせた。


 やはり女子って生命体の気持ちは理解出来ない

 いや、勿論、全女子がこんな風じゃないんだろうけど


 何故そこで回らないといけないんだ????


 希望はそんな口には絶対に出来ない感想を思い抱きながら

 小豆の様子を伺った。


「おい小豆、それじゃ希望が置いてけぼりだろ?ちゃんと説明しろって」


 そんな様子を見かねた羽田が口を挟んだ。


 羽田は成績優秀で、学年トップの秀才だ。

 おまけにイケメンで、最近サッカー部のキャプテンに指名されたらしい。

 神様は本当に不公平だ、本当に不公平だ。


 希望はまたそんな口には出来ない事を考えながら

 その話を真剣に聞く事にした。


「で、呪いがどうしたって言うの?」


 すると、多田が意気揚々とした様子で


「実はさ!小豆の家から古文書が出てきたんだよ!!古文書!!!」


「古文書?」


「そうなの!この間の日曜日にね、大掃除したんだけど、

 そうしたら出てきたの!古文書が!」



 古文書に呪いって一体何なんだ・・

 希望が混乱しつつ、さらにその内容を聞き進めようとすると

 先生が入って来た。


「そこ!!早く自分の席に戻る!!」


 舌を出しながら小豆は


「授業中に手紙送るわね」


 そう希望の耳元で囁くと、ウインクをして自分の席である

 希望の隣の席へと戻っていった。


 授業はどうするんだよ・・それに手紙とか・・

 女子ってやっぱり理解不能だ・・と思いながら

 希望は各々席に戻って行った、羽田と多田を見た。


 2人とも、希望の目を見て、力強く頷いてきた。


「何なんだこいつら・・」


 希望はそう思いながら始まった授業に集中していった。


 ◇



 授業も中盤を迎えた頃、希望は黒板の内容をノートに書きながら

 窓の外を眺めた。


 朝に比べると随分と力を弱めた雨は、それでもまだ、しとしとと降り続いていた。


 駅前の神社の神様がきっと、帰るまでには止ませてくれそうだな


 そんな事を思い巡らせていると、シャープペンシルを持った右手にコツンと何かが当たる感触がした。


 視線を窓から自分の右手に移すと、そこにはピンク色の紙でハート型に折られた便箋が、ノートの上に鎮座していた。


 希望が右側に座る小豆を見ると、にっこりと微笑んで人差し指でそのハート型の手紙を指さしてきた。


 これがどうやら、さっき話をしていた手紙らしい。

 それにしても、普通に折りたためばいいものを、いちいちハート型に折ってくるあたりが、全くもって女子って生き物の理解ができない。


 理解できないからこそ、男は女に、女は男に引き寄せられるのかもしれないけれど。

 それがアダムとイブが楽園を追放された日からの習わしなのかもしれないけれど。


 希望がそんな戸惑いの表情を浮かべていると、小豆が「は・や・く!!」と

 声を出さず口の動きだけで、急かしてきた。


 希望は、後で小豆はいつもの様に、また俺にノート貸してって言うに違いない…

 そう思いながら、そのハート型の手紙を開く作業に取り掛かる事にした。



 ◇


 ハート型の手紙を、元の一枚の便箋に戻す工程に思いの外手こずった希望は、先生の目を気にしながらも、やっと分解し終えた。


 席が一番後ろで本当に良かった…

 一番前の席だと、こんな事、到底出来やしない。


 いや、逆に一番前の席ならもっとシンプルに小豆も送ってきたのかも?

 そんな風に一瞬思ったけれど、小豆の事だ。きっと一番前の席でも、ハート型に折る事、それは敢行した気がした。


 理由は「だって、可愛いから」


 女子とはそんな生き物なのだ。理解の範疇を超えるからこそ女子なのだ。


 俺はさっきから何をウダウダ考えてるんだと思いながら、希望は沢山折り目のついたその手紙の文章を読む事にした。


 雨の様は水色のボールペンで書かれた、丸い小豆の文字が、希望の目に飛び込んできた。



 ◇



 希望君へ


 さっきは中途半端に話をしてごめんね

 古文書とか呪いとか、よくわからなかったよね


 大掃除をしたら、古文書が出てきたの

 知ってると思うけど、うちって蔵もある古い家でしょ?

 小さい頃からよくわからない古い壺とか掛け軸とか

 保存されていて、別にそれがそこにあるのが当たり前で

 育ったから、特に興味がなかったの


 たまに家族で掃除というか、手入れというか

 そんな事をするんだけど、私もいつもの様に手伝ってたの


 そうしたら、箱に収納された古文書が出てきて

 何となく開いてみたのね


 小さい時とかは関心がなかったから、少し埃をはらったら

 そのまますぐにまた元の場所へ直してたんだけど


 私ももう17歳だからかな!少し何が書かれてるのか

 興味が出てきて、開いてみたの


 ミミズが這った様な文字がずらずら~ってあって

 全くわからなかった。


 お父さんとお母さんに聞いてもわからないって言われたし

 おじいちゃんに聞いても、ご先祖様のものでわからないって言われた


 でもそれは代々とても大事に引き継いでるものなんだよって

 そう言われたの


 だからね、そんな昔の文字を解析するアプリで

 解読してみる事にしたの


 凄いよね、最近のアプリって。一瞬で解読してくれた。


 でも、その解読された文章を読んだら、怖い事が書かれてあった


 ”この家は呪いがかけられている、それは女子が生まれたら20歳までに亡くなる呪い

 。女子が産まれたら早々に養子に出すか、結婚させて姓を変えなさい”って


 ◇



 ハート型の紙とはあまりに不釣り合いな内容に、希望は少し怯みながらも、一通りを読み終えた。


 つまり、小豆の家にある古文書に書かれていた内容からすると

 小豆の家には呪いがかけられているって事?


 そんな、いくらなんでも家に呪いとか。。


 こんな科学も進歩して、宇宙にはステーションまで建設されてるこの時代に、それはあまりにもナンセンスな話だ。


 でも、その内容からすると…


 小豆がその当事者って事になる。養子にも出されてないし、

 20歳まであと3年。結婚とか、そんな事は現在到底考えられないに違いない。



 うーーーん。。。。


 希望は自分の机に両肘をついて、右手を左手を組むと

 そこに顎を乗せて、暫し考え込んだ。


 おもむろに隣の小豆を見ると、何故かキラキラとした眼差して

 希望を覗き込んでいた。


 何故こんな内容を見つけたのに、逆にワクワクなんてしてんだよ

 と思いつつ、次に、多田と羽田の方向に目をやった。


 すると、多田と羽田も希望の方を見ていて

 親指を立てながら、力強いアイコンタクトを送って来た。


 絶対こいつら、この状況を楽しんでんだろ…


 希望は危機感皆無な3人に頭を抱えながら、とりあえず俺だけはしっかりしないと、と、謎の使命感が湧き上がってくるのを感じていた。





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