四題目 大学受験、恋愛、もう一年遊べます 「回数増えりゃ値上がり不可避」

「な、ない……」


 二月上旬。僕は志望していた大学の合格発表を見に、直接大学へと足を運んでいた。


 看板には001から順に合格者の番号が張り出されており、僕は自分の受験番号226をめがけて、看板の伸びる先へどんどん先に進んでった。


 しかし、僕の番号だけがすっぽりと抜けていた。


 つまり僕は受験に落ちたのである。


「だ、大丈夫だよ! 受験に落ちたからって人生が終わるわけじゃないから!」


 彼女は僕の友人。そして僕が想いを寄せている異性でもある。僕は彼女に恋をし、彼女と同じ大学へ通うために自分より少し難しい大学に受験していた。彼女はそんな僕に協力的でよく勉強を教えてくれた。両思いとまではいかなくても自分のことを好意的には思ってくれていたと思う。


 しかしそんな彼女に対して、僕が惹かれた、純粋で少し天然な部分もこの状況では俺を苛立たせる要素以外の何者でもなかった。


「うるせぇな! 受かったやつがそんな事言うなよ!」


 僕は彼女のことを突き飛ばし、大学を後にした。



 ◇



 最悪だ。それは一番自分が分かっていた。あんなに協力的に勉強を教えてくれた彼女に暴力をふるい、ひどい言葉を投げつけてしまった。


 後悔の念から徐々に自分の視界が涙で小さくなる。そしてどんどん視界が真っ暗に染まっていく。



「……やぁ」


 真っ暗に染まった世界で後ろから声が聞こえた。僕が慌てて振り返るとそこには真っ白な服に包まれた少年のような人物が立っていた。


「誰だよ」


「寿命を百日支払って、高校三年生をもう一度やり直したいとは思わないかい?」


 僕の問いかけは盛大にスルーされ、問いかけで返された。それもかなり不思議な内容の。


「一体どういうことだ?」


「はぁ……そんな理解力だから大学に落ちたんじゃねぇのか? 簡単だろ。お前の寿命を百日、俺に支払えば高校三年生の一年間をやり直せて、受験もやり直せるって言ってんだよ」


 心底人を馬鹿にするような言い方で丁寧に説明された。正直、非常に腹立たしいが提案自体はとても興味深いものだった。


 たった百日支払えば、浪人一年を回避でき、彼女と同じ学年で同じ大学に通えるのだから。


「分かった。寿命百日支払うから、高校三年生を一年間やり直させてくれ」


 僕がそう言うと、少年は驚いたような反応をして、こう返した。


「いや、聞き分け良すぎねぇか。ちょっと怖いぞ」


 向こうから僕の質問をスルーして押してきたというのにドン引きされた。しかしこれほど自分が今必要としている提案はないのだから、ぶっちゃけ即答以外考えられなかった。


「まぁ分かった。じゃあ約束通りお前の寿命を百日頂く」


 少年はそう言うと、僕の額に手をかざした。


「またのご利用お待ちしております」


 その瞬間、僕の意識は暗転した。



 ◇



 目が覚めた。アラームをチェックすると西暦は一年前で日付は四月。高校三年生の始業式の日だった。


「まさか本当だとわなぁ」


 自分が本当に一年前に戻ってきていることに驚きつつ、そして記憶が消えていないことに安堵する。まぁ最後に言われたなんだか胸糞悪いセリフは忘れててほしかったが。


 つまり勉強できる時間が丸一年増えたということだ。これなら今度こそ合格できるに違いない。僕は意気揚々と学校に向かっていった。



 ◇



「おはよー!」


 僕が学校の席に着くやすぐさま飛びかかるように挨拶をされた。そうあの日僕が突き飛ばしてしまった彼女だ。一年前に戻ってきていて、僕以外からはしっかり記憶が消えているはずではあるが、やはり気まずさを感じてしまう。


「どしたのー? 元気ないよ」


 やはり記憶は僕しか残っていないらしく、かなり不思議そうな対応をされた。まぁ彼女からしたら一緒の学校に行きたい! だの、一緒に勉強しよう! だの、通話したい! だの散々グイグイ来てた男が急にこうなったら違和感以外の何者でもないだろう。


「おはよう」


 僕はようやく空返事をする。普通の人なら違和感に気づくだろうが、彼女なら多分大丈夫だろう。


「いよいよ三年生になったし受験本番だね! もっともっと一緒に勉強頑張ろうね!」


 この言い方、昔は一緒に勉強してくれて嬉しい! としか思っていなかったが、今となってはナチュラルに失礼だよなとも感じてしまう。まぁ彼女なりの善意だろうからそれはいいのだけど。ていうかこの時点で一緒に勉強することに向こうから誘われるほど仲が良かったんだなというほうが感じた。


「そうだね。今度こ……とにかく頑張ろう!」


 危うくボロが出そうになったが、なんとかこらえた。ともかく受験に向けて頑張るしか無い。



 ◇



「ここは、こうやるんだよ」


 僕はその日の放課後、彼女の部屋で一緒に勉強していた。彼女は知っての通り、超がつくほどの天然だが、僕より頭はかなりいい。正直言って納得出来ていない。


「ねぇ、聞いてる?」


 彼女がムッとした表情で僕の顔を下から覗き込む。その上目遣いに僕はドキドキしながらも慌てて、ペンを動かすフリをする。


「今日疲れてるみたいだから、今日の勉強はこれでおしまいにしよ。無理しちゃだめだからね!」


 そう言われて、今日の勉強会は中止となってしまった。彼女との貴重な時間が消えたことに内心かなりショックを食らってしまう。そして何より彼女を心配させてしまった。とはいえ言い訳ができる状況でもなかったので、そのまま真っ直ぐかえることにした。



 ◇



 その後の学校生活とは退屈極まりないものだった。去年と同じ授業。去年と同じ学校行事。去年と同じ全校集会での説教。はっきり言って飽き飽きしていた。代わり映えのしない生活にモチベーションも保てなくなってきていた。


 そして迎えた受験当日。


「今日まで頑張ってきたからきっと大丈夫だよ! 一緒に頑張ろうね!」


 彼女は相変わらず僕の模試結果など露知らない状態で無邪気に僕を励ましてきていた。でもここまで退屈な一年を過ごしてきたのはこの日のためだ。僕は決意を胸に受験会場に入室した。


 自分的には割と上手く行ったと感じた。



 ◇



 そして二月上旬。僕は志望していた大学の二度目の合格発表を見に、直接大学へと足を運んでいた。


 今度こそは絶対受かっている! そう思って、自分の受験番号が看板にあるかどうかを確認しに行った。


 しかし今年も自分の受験番号は看板に掲示されていなかった。


 つまりまた僕は受験に落ちたのである。


「だ、大丈夫だよ! 受験に落ちたからって人生が終わるわけじゃないから!」


 去年と全く変わらない彼女のセリフ。僕はそれに非常に腹が立った。


「うるせぇんだよ! 反省してねぇような面して!」


 僕は彼女のことを殴り飛ばし、大学を後にした。


 そこには後悔など無く、ただただ苛立ちだけが心に募っていた。そのやるせなさから涙が溢れ、やがて視界が真っ黒に染まっていった。


 

「……やぁ。案の定また来たな」


 そうあのときと同じ白い服に身を包んだ少年が僕の後ろに立っていた。


 しかし僕は驚かず、振り返る。何となく視界が黒くなった時点で感づいていたからだ。


「今回も支払うよ」


 僕はどうせ何を行っても無駄だと思い、早急に会話を終わらせようとする。


「ずいぶんと性急だな。まぁ止めはしないぜ」


 隠れていた口元からニヤリと白い歯が出た。そして少年は僕に近づき、僕の額に手をかざした。


 「またのご利用お待ちしております」


 その瞬間、また僕の意識は暗転した。



 ◇



 目が覚める。前回と全く同じ内容だ。正直、意気揚々など一切していない。淡々と準備を進め、学校へと向かった。



 ◇



「おはよー」


 案の定彼女が来た。正直思いはもうとっくに冷めていた。


「どしたのー? 元気ないよ」


 やはり全く同じセリフ。それによって自分が受験に落ちたという事実が突き刺され、苛立ちが増幅していく。


「とにかく三年生になったし受験本番だね! もっともっと一緒に勉強頑張ろうね!」


「一人で勉強させてくれないか」


 そう言うと、彼女は狼狽えるような反応をしてこう言った。


「あ……分かったよ! ごめんね!」


 そう言って足早に去っていった。僕はその日から受験まで淡々と勉強を続けた。



 ◇



 二月上旬。僕は志望していた大学の三度目の合格発表を見に、直接大学へと足を運んでいた。


 僕は足を一切止めること無く自分の番号付近の看板に向かっていく。


「あ、あった」


 そこにははっきりと僕の番号が掲示されていた。


 そう、僕は大学に合格にしたのである。


「お、おめでと! これで春から同じ大学生だね!」


 気まずそうに、だが相変わらず無邪気に彼女に話しかけられた。


 あれほど無視をしたというのに。あれほど冷たくあしらったというのに。僕の中の苛立ちがすっと消え、代わりに消えていた後悔がふつふつと湧き上がってくる。


 僕は気づけば泣いていた。


「ごめん……なさい」


 許されなくて当然であろうセリフ。そして同時に一度しかこの時間を生きていない彼女にとっては訳が分からないセリフでもあった。


「え、え? なんのこと? 泣かなくて大丈夫だから、どうしたの?」


 そんな僕に対しても彼女は心配をし、僕を優しく抱き寄せてくれた。本当に申し訳ないことをした。彼女と冷たく接さずに合格できていたらどれほど嬉しかっただろうか。どれほど楽しい大学生活を遅れていたのだろうか。そんなことを考えると後悔の念から大粒の涙が溢れ、視界が真っ暗に染まる。


 そして身体に力が入らなくなり、足が崩れ落ち、地面に僕の身体は叩きつけられる。痛みを感じない。というより身体があるという感覚すら感じなくなっていく。


 訳が分からない。どうして急にこうなったのだ。ただどんどん意識は遠のいていき、視界は既に完全にシャットアウトされている。残されたのはザワザワとした周りの音が聞こえる聴力だけである。


「ねぇ! 大丈夫!? 誰か! 救急車を呼んでください! お願い助かって……」


 彼女の声がぼんやりと聞こえる。あぁ僕はなんて勿体のないことをしたのだろう。そんな事を考えながら消えゆく意識に身を委ねようとした時、僕の耳にはっきりと、聞き馴染みのある声が聞こえた。


「ご利用ありがとうございました」

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たぬきの三題噺 山葵 狸 @wasatanu_

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