二題目 超新星、ピザ、馬に蹴られる 「ピザの星、マルゲリータ」

 超新星。


 それは一つの星が終わりを迎える時の最後の輝き。星というのも一つの生命であり、散り際にこそ美しさを放つ。その輝きは新星の百万倍にもなるらしい。そしてこのお話は一つの星が終末の危機に晒された話である。


 ◇



「まずいピザ。これは本当にまずいピザ」


「あの、急に変な語尾つけるの辞めてくれませんか?」


「今はそんなツッコミしてる場合じゃないピザ!」


「じゃあ、こんなツッコミさせないでくださいよ!」


 ここは第二十六銀河ピザ系マルゲリータ星。円を八分の一にしたような形の熱々の星。この星ではマルゲリータ星人が暮らしており、愚かな地球人とは違い、星全体で仲良く、平和に暮らしていた。


 しかしそんなマルゲリータ星にも危機が訪れ、大王のサンマルツァーノと秘書のモッツァレラが慌てふためいていた。


「こんなことをしている間にもウマ星が近づいてきているピザ。このままじゃマルゲリータ星はおしまいピザ」


「だからこそ私たちが対策を考えなくてはいけないんですよ! 国民たちも混乱しています!」


 マルゲリータ星と同じ第二十六銀河に属するヒヒーン系のウマ星が突如として超加速を初め、マルゲリータ星に今にも衝突しそうになっていたのだ。普段は仲良しなマルゲリータ星人も混乱から争いが起こってしまっていたのだ。


「大王! 失礼致します! 報告をしに来ました!」


 膝を地につけ、汗だくで息を切らしているのはバジル大臣。その熱血さで全マルゲリータ星人から絶大な人気を誇る大臣だ。


「バジル大臣! 今はそれどころじゃないピザ!」


「大王が変な語尾を……気は確かですかぁ!」


「だから今はそれどころじゃないピザ!」


「それどころじゃないのは大王様でしょ! それでバジル大臣、報告というのはなんですか?」


 相変わらず緊張感のない様子が一瞬で静まり、静かになったところでバジル大臣が報告を始めた。


「はい! ウマ星が爆発しました!」


「爆発……ピザ!? じゃあ助かったピザ!?」


「いや、忘れるならその語尾も辞めなさいよ……って爆発!? 良かった……」


 喜びのあまりキャラを忘れるサンマルツァーノ大王。驚きと安堵から涙するモッツァレラ。しかしバジル大臣の顔は曇ったままだった。


「しかしながら! ウマ星の後ろ足の部分が分離して、マルゲリータ星に向かって急加速中! このままでは後ろ足に蹴られて」


「我らがマルゲリータ星はあと一時間で爆散してしまいます!」


「なんだって!」

「なんですってー!」



 ◇



「へっへっへ、どうせ死ぬんだ! 好き勝手暴れてやるぜ!」


「何してるのよ! こんなことしたらただじゃ済まないわよ!」


「いいんだよ! どうせ俺はあと少しでこの星と一緒に死ぬんだからな!」


 まさに阿鼻叫喚地獄。普段のみんな仲良しの平和なマルゲリータ星はどこへやら、全員が欲望を剥き出しにした汚い星へと変貌していた。こんな汚いピザは食べたくない。


「みんなが急変してしまったピザ。どうしたらいいピザ……」


「落ち着け! 慌てるでない! 我らが大王が必ずなんとかする! だから落ち着くのだ!」


 狼狽えるサンマルツァーノ大王とは裏腹に力強くマルゲリータ星人に呼びかけるバジル大臣。絶大な信頼を持つバジル大臣の一声に国民がピタリ止まる。しかし。


「うるせぇんだよ! お前の暑苦しいのが好きなのはガキだけなんだよ!」


「もうおしまいよ!」


 しかし暴動は収まらない。どうせもうすぐ死ぬのだからと理性を自ら捨てたマルゲリータ星人たちは犯罪に手を染めていく。バジル大臣の声も虚しく消え、響くは気持ち悪い笑い声と悲鳴だけである。


「くそ! 我が声も響かないとは!」


「もうおしまいだわ……私、もっといろんなことがしたかったのに」


 失意を隠せぬモッツァレラとバジル大臣。この星は文字通り終わるを迎えるかと思った。


「ある……」


「大王様?」

「大王?」


「助かる方法はある!」


 普段は頼りない大王が力強い声を出す。そこには情けなさはなく、ただ一心に何かを見つめるような顔をして言い切った。


「方法……本当ですか!? 大王様! はやく方法を教えてください!」


 普段は冷静なモッツァレラがサンマルツァーノ大王にしがみつく。まだ涙は止まってはいない。


「あぁ、落ちつくんだモッツァレラ。ただこれにはマルゲリータ星の全員の協力が無くては不可能だ。普段なら容易いが、この状況では……」


「とにかく方法を!」


「大王! 語尾が外れております!」


「いや、今は語尾どころじゃないピ……だろ!」



 ◇



「なるほど、つまりマルゲリータ星人全員のチーズを集めてクッション代わりにするということね」


 そう、サンマルツァーノ大王の作戦とはマルゲリータ星人のチーズを集め、それをクッション代わりに加速するウマ星の後ろ足に向けて展開し、この星の爆発を防ごうというものだった。


「それなら行けるかもしれない! しかし我が声では響かなかった! 一体どうすれば……」


「ここは我に任せてほしいのだ!」


 それ以上は語らずサンマルツァーノ大王は国民全体から姿が見える城のバルコニーに向かっていった。


「大王様……」

「大王!」


「頼りになるピザね」

「そうピザ!」


「いやいじるな!」



 ◇



「我らがマルゲリータ星人たちよ! 聞いてほしいのだ!」


「あれはサンマルツァーノ大王か? 珍しいな」


 普段はなかなか表に出ないサンマルツァーノ大王の声に全員がピタリ止まり、静かに目線が集まる。


「我らがマルゲリータ星を助ける方法を見つけたのだ! それには皆の協力が必要なのだ!」


 批判の声は出ない。先程まで荒れ狂っていた者も全員が固唾を呑んでサンマルツァーノ大王を見つめる。


「これから全員のチーズを集めるのだ! それをクッション代わりにマルゲリータ星の爆発を防ぐなのだ!」


 しかし作戦を言った瞬間、不満と不安の声が噴き上がる。


「うるせぇ! こんなことしちまった以上俺は死ぬしかないんだよ!」


「チーズを大量に使ったら、私たちはピザではいられなくなっちゃうわ!」


「静まれ!」


 そんな声を切り裂く。弱々しいサンマルツァーノ大王はもうそこにはいなかった。


「我々は平和に暮らしてきたではないか。間違えるときはあっても、いざという時に協力できるところこそがマルゲリータ星人の良いところではないか!」


 大王の言葉に皆が感動する。もちろんそれは側近にはなお響く。


「立派ですぞ! 大王!」

「あの頼りなくて、弱っこくて、人望の無い大王様がこんなに」


「いや、モッツァレラはあとで痛い目に合わせてやるのだ!」


「とにかく! 皆のチーズを分けてほしいのだ!」


 その言葉とともにマルゲリータ星人は次々に自分の体からチーズをもぎって城に向かう。その間、争いはパタリと止んだ。



 ◇



「サンマルツァーノ大王。俺間違ってました。もう俺にチーズを持つ権利はありません。ありったけの俺のチーズを使ってください」


「間違えるときは誰でもあるのだ。それよりも今協力してくれたことに感謝するぞ」


「サンマルツァーノ大王、私はピザじゃなくなっても生きていたいです。そしてあなたに付き従っていたいです」


「ありがとう。これからも共に生きよう!」


 こうしてマルゲリータ星人全員分のチーズが集まった。その膨大な量は星一つ覆えるほどにあった。


「大王! 我がチーズもお使いください! 身を呈してこの星を守れること、誇りに思います!」


「バジル大臣。いつも助けてくれてありがとう」


「大王様。私のチーズです。どうぞお使いください」


「お前は許さんぞ。モッツァレラ」


 こうして全員のチーズが集まった。チーズを失ったマルゲリータ星人はピザの形では無くなっていた。腕からは五本の棒が伸び、体の上には球体が乗っかっていた。


「よし、バジル大臣! モッツァレラ頼むのだ!」


「はい!」

「了解しました!」


『チーズ展開!』


 集めたチーズがシールドのように拡がり、星を覆い尽くす。そしてウマ星の後ろ足の強力なキックがそのシールドに襲いかかる。


「くっ、凄まじいエネルギー!」

「大王様、私たちではやはり……」


 若干チーズシールドがウマ星の後ろ足に競り負け始める。


「我に任せるのだ!」


 サンマルツァーノ大王もチーズシールドを支える。しかし依然として競り負けている。


「俺も力を貸します!」


「私も!」


 マルゲリータ星人全員がチーズシールドを支える。凄まじいエネルギーのぶつかり合いが起きる。


 ぶにょぉん。


 ウマ星の後ろ足がチーズシールドから弾かれる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 しかし同時にマルゲリータ星は爆発こそ防がれたもののウマ星の後ろ足の勢いそのままに弾き飛ばされたしまった。



 ◇



「大王! 星が見えてきました! この星はあの星に着陸することになりそうです!」


「おぉ、キレイな青い星なのだ」


 あれからマルゲリータ星は移動を続けていた。勢いは収まったが気づけば第二十六銀河を飛び越えて、別の銀河へと迷い込んでいた。


「私たちはあの星で暮らすことになるのかもしれませんね」


「そうだな、この星はもうボロボロで爆発寸前だし、それが正しいかもしれないな」


 そしてゆっくりと青い星にマルゲリータ星は着陸した。しかしマルゲリータ星はボロボロに崩れ、その衝撃で恐竜は絶滅した。



 ◇



「なんて綺麗なんだ」


 夕日に照らされる海。もちろんマルゲリータ星人にとっては当然初めて見る景色だ。


「あの夕日に向かって走るぞ! うぉぉぉぉぉ!」


「何やってるのよあのバカは」


「マルゲリータ星との別れは寂しいが、この星はこの星でいい星なのだ」


「大王様、この先はどうしましょうか?」


「そうだな、とりあえずチーズを取り戻す方法がないか探すのだ。みんなに伝えてくれモッツァレラ」


「了解したピザ!」


「だからいじるな!」


「いや、なら最初から言わなければ良かったじゃないですか」


「いや、あの時は気が動転してて……正論は辞めろ! いいから早く行くのだ!」


 こうして新たな星で生活を始めたマルゲリータ星人たち。彼らがチーズを見つけた頃には当初の目的は忘れられており、現在では別の使われ方をしているのはまた別の話である。

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