第2話 オタク男子と転生悪役令嬢

僕の名前は、葛城実瑠。


実瑠と書いて、「みのる」と読む。


端的に言って、読みづらい名前だと自分でも思う。


小学生の頃は新しいクラスになるたび、先生から読み方を聞かれたものだ。


それ以外は、どこにでもいる平凡オタク男子な僕は、今日も平和な夕暮れの下校路を歩く。


これといって特筆することのない街。


特別な観光名所に比べたら地味な土地かもしれないけれど、生まれ育った身からすれば、落ち着ける故郷だ。


距離的に自転車通学が認められているのだけれど、最近、少々小太りな体形が自分でも気になり始め、意識して歩くようにしている。今日も寒いから、ちょっとだけ歩くのが大変。


趣味は、アニメとゲーム。


一番好きなのは、乙女ゲームの『クレセント』。


一番好きな美少女は、そのゲームに出てくる悪役令嬢のユーフィリア・グラン・スティールだ。


ハマったのは、小学生の頃だと思う。


長い銀色の髪に、はっとするほど美しい容姿。知的で能力も高く、豪華なドレスが本当によく似あう美少女。


その美しさに、子供ながらにどきどきしたものだ。


本気で恋をして、一日中彼女のことを考えていた気がする。


しかも、高校生になった今でも好きだったりするのだから、よっぽどみたいだ。


男子が乙女ゲームなんて……と思う人もいるかもしれないし、実際、僕も美少年には興味がない。


ただ、乙女ゲームに出てくる女の子は、男子が好む美少女ゲームに匹敵するほどに可愛かったりする。


僕も全然知らなかったけれど、アニメではじめて『クレセント』を知り、そこに出てきた彼女を見て、一目で恋に堕ちてしまった。


悪役令嬢というくらいだから、まあ、ひどい子ではあった。


ヒロインの女の子に嫉妬して意地悪した挙句、最後はみんなから嫌われて処刑されたりしちゃう。


僕も最初は、ただ彼女の美しさに惹かれて、脳内妄想で心の綺麗な彼女を愛でていただけだ。


でもふと……ある時、気づいた。


この子、被害者なんじゃね? と。


何度もプレイしてよくよく考えてみると(僕は気に入ったゲームは何度かプレイする)……なんか、彼女は周りに気を使いすぎて破滅しただけじゃね? と自然に思った。


いや、もちろん。彼女がヒロインにひどい暴言を吐いたり、国の宝を盗もうとしたのは本当だし、普通に見れば彼女がひどい人であるのは明白なストーリーだ。


でもなんか……優しすぎる彼女がいつも周りの言動に振り回されている感があるな、と思うのだ。


単純に、思い入れのあるキャラを救いたい願望が生み出す身勝手な妄想かもしれない……でも、そう考えるとつじつまがあうのだ。このストーリーは。


悪役令嬢は、ただどこまでも優しい女の子で、だからこそ、悲劇を迎えた、と。


だからいつしか。僕はそんな都合のいいストーリーを自分の中で彼女の本当のストーリーとした。そのことで、さらに彼女への愛が増した。


小説を書いたりはしないけれど、彼女が救われる都合のいいストーリーを何度も考えた。彼女を幸せにしたいと、そう思ったのだ。


と、そんなことを考えていたら、自宅であるマンションについた。


両親が共働きのかぎっ子なので、鍵をポケットから出しながらエレベーターを降りて、自分の部屋まで行って――そこで、僕の思考は止まった。


悪役令嬢 ユーフィリア・グラン・スティール


ゲームの中の美少女が、目の前に現れたからだ。


「は?」


と、頭が真っ白になる。


銀色の長い髪。知的で美しい面立ち。冬用のコートを着ていてもわかるくらいにグラマラスな肢体。それはまさに、ゲームから飛び出した悪役令嬢そのもの。


「……」


こちらに気づいた彼女が、軽く僕に会釈をした。


それだけで、僕の心臓は、とくん、と鼓動する。


そのまま、また視線をマンションの廊下に墜とした。


彼女は、僕の隣の部屋の扉に背中を預け、ただそうしている。


え、なんだろう? もしかして、鍵がないんだろうか? それとも、部屋を間違えている?


たしか、隣の部屋に住んでいるのは、職業不定のお姉さんだ。


実は、そのお姉さんとは知り合いで色々と関係があるのだが……なぜ、そのお姉さんの部屋の前にこんな美小女が?


「あの……どうかしましたか?」


まるで、二次元の世界に迷い込んでしまったかのような衝撃を受けて混乱する僕は、「女子に自分から話しかける」なんて普通ならしないことをしてしまう。


なんなら、相手に日本語が通じるかも忘れているほどだ。


「……鍵を、失くしてしまって」


僕の問いかけに、彼女は答えてくれた。どこか遠慮がちな声だった。


やっぱりか。というか、それってもしかして――。


「あの、それって、黄色いくまのキーホルダーがついている奴ですか?」


少女の瞳が見開かれる。


「はい、そうです」


少女がすぐに答えた。やっぱりか。実は、今こうしてここに来る前。マンション近くの道路で、その鍵を拾ったのだ。


どうしようか考えて、もしかしたら、マンションの誰かが落としたのかもと思った僕は、管理人さんに預けたのだ。


そのことを伝えると、少女は「さきほどは、管理人さんがいなかったので」と答えた。あの真面目なおばちゃんにしては珍しい。何かあったのだろうか? さっきは普通にいたけど……たまたま席を外してたのかな?


「あと、そこの部屋。神室儀(かむろぎ)さんて人の部屋だけど……」


職業不定だけど、お金がありあまってそうな謎のお姉さん。一人暮らしで未婚のはずなので、こんな異国の美少女が何の様だろう?


「あ、今度、神室儀さんの家でお世話になる。ユーフィリア・グラン・スティールと申します。よろしくお願いします」


名前まで同じ!?


というか、え、しかもあのお姉さんの知り合い?


え、嘘でしょ?


こんなに真面目で綺麗な子が? 


と、思わず失礼なことを考えてしまうけれど、日頃の行いを鑑みて許して欲しい。


「僕は、葛城実瑠。よろしく」


やっぱり、相手が女子……しかも、とびきりの美少女……さらには、推しの二次元美少女そのままだから緊張してしまう。


「あの、管理人さんに言えば、鍵をもらえるでしょうか?」


「あー、うん。じゃあ、一緒に行く?」


「はい。お願いします」


どこか淡々とした声。でも、僕を警戒しているというよりも、どこか遠慮しているような感じだ。


別に一緒に行く必要なんてないんだけど、放っておくのも後味が悪いので、提案してみたら、断わられることもなく頷いてもらえた。


そうして僕は、彼女と一緒に、一階の管理人さんの部屋に行って、鍵を返してもらった。


念のため、さっきどこにいたのか聞いてみたら、トイレだったそう。単純に、タイミングが悪かっただけのようだ。


「あの、ありがとうございました」


鍵を開いて部屋の中へ入る前に、彼女はお礼を言ってくれた。とても丁寧なお辞儀だった。綺麗な銀髪がさらりとこぼれる。


「どういたしまして」


と答えてから、僕も自分の部屋に入る。


なぜ、あんな美少女があの怪しいお姉さんの部屋に一緒に住むことになったのか。


根ほり葉ほり聞くわけにもいかないので、謎のままだ。


あとで、神室儀さん本人に聞くとしよう。


まあ、今は、それよりも。


「うあ」


リビングのソファに倒れこみ、声を上げてしまう。


ど、ど、ど、と心臓はさっきからなりっぱなしだ。


もしかしたら、顔も真っ赤かもしれない。


はあ、我ながら、呆れるほどに単純だ。


憧れの二次元美少女にそっくりという理由だけで、初対面の女の子に恋に堕ちてしまった。


いつもと同じ日常が、こんなにも劇的に変わるなんて、思ってもみなかった。


「無謀すぎる」


自分の身の程はわきまえている。


目立たないオタク男子と、見るからに育ちのよさそうな美少女。


明らかに釣り合わない。


100%叶わない恋。


これは今から、失恋した時に備えて覚悟を決めておく必要がありそうだ――。



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転生悪役令嬢は今度こそ本気の恋がしたい 千歌と曜 @chikayou

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