転生悪役令嬢は今度こそ本気の恋がしたい
千歌と曜
第1話 転生悪役令嬢
ユーフィリア・グラン・スティールの人生は、悲劇の一言だった。
侯爵令嬢として生まれ、類稀なる美しい容姿と頭脳に恵まれたにも関わらず、婚約者である王子からは愛されなかった。
元々、自分の本音を他者に伝えるのが苦手だった。それを許されない家庭であったことは間違いない。彼女は、父と母の愛情に飢えながら、それでも甘えることなく、スティール家の令嬢として恥じないふるまいを心掛けた。
それだけなら、まだよかった。けれど彼女は、皮肉なことに、誰よりも優しい心を持っていた。自分を簡単に犠牲にしてしまうほどに。
田舎出身でありながら、王子の寵愛を受ける少女リリア。リリアと王子の心が通い合い、惹かれ合っていく様を、ユーフィリアはずっと見ていた。我慢ならなかった。悔しかった。両親に求めても得られなかった愛情を、王子からも受け取れないことに気づいて、絶望した。
それでも彼女は気高かった。リリアに意地悪することもなく、内面の激情を押し殺しながら、まだ学園になれない彼女のために骨を折った。リリアに勉強を教え、田舎者だからとリリアを軽んじる周囲から守るため自らが悪役を演じたこともあった。最悪だったのは、自分を慕う旧友のアイリスの心が歪んでいたことだ。
アイリスは夜ごと、ユーフィリアの部屋へ押しかけ、リリアへの罵詈雑言を吐き出した。アイリスの婚約者までもがリリアへ懸想していることが許せなかったのだろう。リリアへの憎しみを、怒りを、不満を、彼女はユーフィリアへぶつけた。
正直、そんな毎日はつらすぎた。家名を守るために常日頃から努力を欠かさない彼女はそれだけでストレスを抱えている。そこに加え、両親からの無関心、リリアへ向けられる王子の愛、級友からの八つ当たり。ユーフィリアの精神は日々がりがりと削られていった。
当然ながら、ユーフィリアは少しずつ壊れていった。そのことに、ユーフィリアは気付かなかった。彼女は優しすぎた。真面目過ぎた。自分がどれだけひどい目にあっているかを自覚しないまま、彼女はただ、自分を犠牲にし続けた。
そうして、運命の時が訪れた。リリアを快く思わない貴族の娘たちが、アイリスを筆頭にある計画を企てた。『天使の涙』――誰もが心奪われるその宝石をリリアの鞄に忍ばせ、陥れようと言うもの。
至極単純な計画ながら、効果は絶大だ。なぜなら、リリアは平民。苦学生であり、いつもお金に不自由している。加えて、『天使の涙』を管理するレルムンド教授と、リリアは懇意にしている。リリアが何度も教授の研究室を出入りし、貴重な歴史的資料の管理の手伝いをしていることは、周知の事実。リリアが犯人だとするのは、好都合の状況。王子や貴族の生徒のみならず、学園の教授にまで粉をかけるリリアには敵が多かった。
『天使の涙』は、エルフレンド遺跡から見つかった、この国の歴史に関わる重要な遺物の一つだ。若くして考古学会の権威となったレルムンド教授だからこそ、信頼と共に研究を委託された大切な宝。それを盗んだとなれば、リリアが退学になるのは間違いない。リリアを目障りに思う生徒たちは、リリアが消えることを望んでいた。
この時――ユーフィリアがほんの少しでも悪心を持っていたならば、悲劇は起きなかっただろう。けれど、ユーフィリアは、リリアを助けるために動いてしまった。同時に、アイリスたちをも守ろうとしたことで、最悪の結末を迎えた。
ユーフィリアはリリアを救うため、リリアの鞄から『天使の涙』を取り出し、教授の研究室へ戻そうとした。このことが明るみになれば、級友であるアイリスたちは破滅だ。決して誰にも見つかってはならない。ユーフィリアは宝石を手に、祈るような気持ちでかけた。――そして、『天使の涙』を盗んだ犯人は、ユーフィリアということになった。アイリスたちが天使の涙が無くなったと騒ぎを起こし、学園中が騒然となった。犯人探しが始まり……宝石を手にしていたユーフィリアの人生は終わった。
彼女の破滅に拍車をかけたのは、間違いなく彼女の優しさだ。
「ユーフィリア様が、リリアを陥れようと計画を立てたのです!」
どうやって、誰が宝石を盗み出したのか? 爪の甘いアイリスは簡単に追い詰められ、ユーフィリアを売った。
周囲は「やはり」と思った。
リリアを迫害するアイリスたちを庇っていたユーフィリアは、それ故に、リリアを迫害する貴族たちの代表として扱われていたからだ。それが原因で、王子とリリアとは完全に疎遠になっていただけでなく、王子もユーフィリアを快く思わなくなった。
「婚約破棄だ」
初恋だった。幼い頃、会った瞬間、恋に堕ちた。以来、ずっと、ずっと、お慕いもうしあげていた。王子にふさわしい存在になれるように。自分の全てを捧げたいと心から思っていた。
全てが、壊れた。不祥事を起こしたユーフィリアは家からも感動され、田舎の農村へと送られた。失意のまま何もする気が起きない彼女は実家へ呼び戻されたのは2年後……家の価値を上げるため、遥かに年上の、それも評判の悪い貴族に嫁ぐためだ。
何も感じなくなっていた。壊れた彼女の心は、もうどうすることもできない状態になっていた。そうして、貴族の家へ嫁ぐ途中の崖の上から、彼女は身を投じた。ユーフィリアの人生は、こうして幕を閉じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「やあやあ、お目覚めかな?」
聞いたことのない声だった。
幼く、軽やかで、けれどどこか重みを感じる声。
「ここは……あの世、ですか?」
きらきらと、細かな光の粒が、天の星々のようにそこかしこで輝いている。それいがいには、何もない。自分と……白いフードを被り、立派な杖を持つ少女がいるだけだ。
「ちょーっと違うかな。ここは、生と死の狭間の世界。君はここから、生まれ変わるんだよ」
「生まれ……変わる?」
言葉の意味が理解できなかった。もしかして自分は、深く深く海へと沈んでいく最中に、夢を見ているのだろうか?
「君の人生は、あまりにも可哀そうだった。だから一つだけ、願いを叶えてあげる」
そういえば……自分の願いは何だったろうか?
わからない。いつしか、そんなものは自分の心の中から消えていた。
「わかりやすく言うと、わたしは君たちの世界でいうところの神様。さあ、望んで? 君の想いの強さがそのままわたしの力になる。君は、どんな世界を望む? 今度は、どんな人生を歩みたい?」
「――」
ぴちゃん! ――神様の言葉が雫となって、ユーフィリアの心に波紋を広げた。
気づけば、熱い想いとともに、涙が溢れていた。
狂おしいほどの痛みを覚える胸に手をあて、ユーフィリアは答えた。
「愛されたい」
両親に。王子に。学園の級友たちに。みんなに。愛して……欲しかった。
「OK♪」
神様がにひっと笑うと、杖から虹色の光が帯となって広がった。またたくまに、世界を埋め尽くしていく。
「大丈夫だよ」
全てが虹色の美しい輝きに呑まれ、意識が遠のいていく中――神様の声がはっきりと心に響いた。
「君は、ちゃんと愛してもらえる子だよ」
その声を最後に、ユーフィリアの意識は消えた。
そうして、彼女の新しい生は始まった。
時は、現代日本。
女子高生へ転生した彼女は、普通の青春を送り……本当の恋を知る。
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