第3話 ねこじゃらし好きの憶月フィーカ
――――記録――――
2022年 11月16日
side:ねこじゃらし好きの憶月フィーカ
『…聴こえますか?
【ねこじゃらし好きの憶月フィーカ】です。
ねこ以外は誰も居なくなった終末世界から、
旅の記録や作った音楽を配信しています。
どこか遠くの誰かに届きますように…』
―旅人の映像を見たのは、これで3度目のことでした。
1番最初に見た旅人と2番目に見た旅人は、なんだか別人のように見えましたが…3番目に見る旅人もやっぱり、1番目の旅人でも2番目の旅人でもないように見えました。
『今日はコーヒー池の公園でね、【物語好きの紙芝居ねこ】さんに出会いました。
きょうの紙芝居の内容は、【とっても好きなもの】についての昔話でした。
…この声を聴いているかもしれないあなたにも、お話しようと思います』
―そう言って旅人が話し出したのは、旅人が居る世界の…古いむかし話でした。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
物語好きの紙芝居ねこのむかし話
【とってもすきなもの】
今よりずっとずっと昔のこと。
人々にまだ、ちゃんとした名前がなかった頃のこと。
みんなは、【森に住んでるナントカさん】や【お魚屋さんのカントカさん】など、その人が住んでいる場所やお仕事の名前でよんでいました。
同じ場所に住む人や同じお仕事の人が増えて、そんな名前もだんだんと、分かりづらくなってきた頃…
いつしか、【葉っぱ好きのナントカさん】【おもち好きのカントカさん】など、みんなは【⠀自分のすきなもの】を名前にするようになりました。
―それから、またしばらくの時間が経って…前よりずっとずっとたくさんの人が、すきなものを名前にするようになった頃。
若い子たちの間で、「自分の思いを伝える時に、相手の名前の好きなものをプレゼントする」というプロポーズが流行しました。
…そんな時、ある女の子が恋に落ちます。
相手は、いつもカフェの窓際の席で静かに座っている男の子でした。
ただ、困ったことにその男の子はみんなから【いつもカフェに居る子】や【よくコーヒーを飲んでいる子】とだけ呼ばれていて…すきなものが分かりませんでした。
そこで女の子は、【あるもの】をプレゼントしようと考えました。
「私はあなたのことが好きだけれど、あなたのすきなものが分からない…」
「だから、これをプレゼントするわ…!」
そう言ってその子が差し出したのは…綺麗でキラキラした、黄緑色の石でした。
この石はとっても不思議で、人が持つと大きくなったり小さくなったり、キラキラになったりふわふわになったりするのですが…
しばらく変化した後、最後には決まって【その人のすきなもの】になるのでした。
みんなはそれを占いに使って楽しんだり、人によっては子どもの名前を考える時に使ったりもしていました。
「あなたのすきなものを、私も知りたいの」
「あなたのすきなものを、プレゼントしたいの」
そう言って、微笑んだ女の子。
そして、その石を男の子に渡した次の瞬間…
―女の子は、
世界から、きえていなくなってしまいました。
―それに、きえてしまったのはその子だけではなくて…男の子自身も、消えてしまいました。
カフェの店員さんも、街を歩いていた人たちも、学校の先生も、同級生も、お仕事中のえらい人も…みんなみんな、いなくなってしまいました。
それだけではなくて、街も、学校も、仕事場も、お家も…全部全部、なくなってしまいました。
何もなくなったその世界に、最後に残った物ものは…
男の子が飲んでいたあたたかいコーヒーと、猫だけでした。
…このお話は、これでおしまい』
―旅人が話し終えたのは、昔話。
子ども向けの紙芝居の、おとぎ話…。
ただ…その昔話と、旅人の居る世界には【ただのおとぎ話】では済ませられない繋がりがあるように思えました。
旅人の居る世界は、【昔話の男の子が誰もいない世界を願った後の世界】
もし、そうだとしたら…旅人やねこの「変わった名前」にも、旅人の世界に人間がだれも居ないのことにも説明がつきます。
―じゃあ…それなら、
旅人はどうしてこの世界に居るんだろう…?
『私は、みんながきえてしまった理由が分からなくて…
お話し好きの紙芝居ねこさんに、
「どうしてみんな居なくなってしまったの?」
「なんで、全部なくなってしまったの?」って、ききに行ったの。
そしたら…
「君はわからないのかい?
男の子はコーヒーがすきで、猫がすきで…それ以外は何も好きじゃないからさ」
それだけ答えると、お話好きの紙芝居猫さんはまた別の街を目指して行ってしまいました』
―お話好きの紙芝居ねこ…?
最初に「物語好きの紙芝居ねこ」と言っていたのは、また別人の話…?
もしかして…名乗る名前が1つではなくて【たくさんの名前があるねこ】もいるのだろうか?
…旅人のいる世界のことが分かったような分からなくなったような、不思議な気持ちでした。
『男の子は、【コーヒーとねこ以外はなにもない世界】が好きだった。
男の子は、人も、街も、学校も、自分の家も…全部全部、大嫌いだった。
…もしも私が、好きなものが形になる石を持ったら、何が出来上がるんだろう?
もし、この声が聴こえている人がいたら、あなたは何の形になるんだろう…。
そんなことを思っていました』
―もしも、私が「好きな物が形になる石」を手にしたら…
ふかふかの雲みたいなお布団がほしい。
自由におんがくが楽しめる世界だったら、もっといい。
美味しいものがお腹いっぱい食べられたら、もっともっといい。
そんなふうに、まるで昼寝している時のねこの夢みたいな、しあわせなことを想像しました。
それと同時に…
私が嫌いな私は…どうなるのだろう?
私が心の底から嫌いなあの人は、無事でいられるのだろうか?
私の願いは、
だれかを傷つけたりしないだろうか…?
…私はそれ以上、考えるのを止めました。
『お話が長くなってしまったので、今日はここでおしまい。
…おやすみなさい』
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