第2話 おさかな好きの憶月フィーカ






――――記録――――


20⬛︎⬛︎年 11月⬛︎⬛︎日


side:おさかな好きの憶月フィーカ



『…聴こえますか?


【おさかな好きの憶月フィーカ】です。


ねこ以外は誰も居なくなった終末世界から、

旅の記録や作った音楽を配信しています。

どこか遠くの誰かに届きますように…』



―2度目に旅人の映像が映ったのは、初めて見た日からずいぶんの時間が経った後でした。


以前旅人の配信を見た時と比べて、ピアスの付け方やリュックの背負い方、コートなんかもなんだか少し違うようで…

同じ声、同じ旅人のはずなのに…その姿はどこか別人のように見えました。



『今日は、川で魚を釣って食べました。


この世界には大きなコーヒーの海があるんだけど…コーヒーの海には生き物が居ないので、魚釣りは川でしています。

お魚は市場にいる【おさかな好きのふっくらねこ】さんと交換っこしたり、みんなで分け合って食べたりしています』



―【○○好き】という変わった名前や、ねこ以外は人間が誰もいないこと、

食べ物としての魚くらいしか居ないことから、

やっぱり、この旅人もいつか見た旅人と同じ世界にいるようでした。


ただひとつ…

大きなコーヒーの海があることを除いて。



『本当は今日も市場に行きたかったのですが…

あのね、私、すっごく方向音痴でね…?


市場には最近行ったばっかりだから、すぐ近くのはずだし、なんなら街が見えてたはずなのに…今日は全然たどり着けなくて。

何度も何度も同じコーヒー海についてしまうので…もう諦めましたっ』



―旅人は、旅人のくせに、

とんでもない方向音痴のようでした。


ずっと前からそうだったのか、映像の中の旅人は落ち込むでも気にするでもなく、おかしそうに笑っていました。

しかし……




『…もしかしたら、もしかしたらもう…

世界のどこにも街なんてなくて、

コーヒーの海を泳ぐ必要があるのかもしれません。』



―急に、さっきまで笑いながら話していた顔が曇って…それとほぼ同時に、映像や音声にノイズが入り始めました。



『もしそうだったら…

本当にコーヒー海にしか行けなくなったら、

この旅はここで…おしまいです。


この旅が終わ…る時は、他のだ…れかに、

1人で…いいから、だれかに…

楽しかった!って…

言って…もらえ…たら…い…なぁ』



―その話し方と、映像の乱れ方は…

まるで、旅人がいる世界そのものがコーヒーの海に消えようとしているみたいでした。


映像の中の旅人は、それでも、

悲しいことなんか忘れたみたいに、

苦しいことなんか忘れたみたいに…

ただ、どこかさみしそうに笑っていました。



『きょ…はこ…で…おしまい。

お…すみなさい』




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