七枚目 記憶の写実
混乱の最中の駅のホーム。僕と差ほども離れていない位置に立ち、腰が引け、愕然とする男。心底怯えきり、整った顔が恐怖の色に染まっている。その数メートル先、野次馬の視線とは逆方向に体を向け、ヒールの壊れた靴で立ち去ろうとする女は、血に染まる線路を振り返り、顔を歪めている。しかしそれは、恐怖ゆえではないようだ。光悦の笑みがそれを証明している。
僕はこの二人を知っている。一度見た顔は忘れない。
一人は、天海煉。
もう一人は、神泉ましろの姉。
関係者が現場にいた。それが示す事実とは何か。
この二人の表情は、何を物語っているというのか。
それを突き止めなければ、真相に辿り着いたとは言えない。
僕は夢中で鉛筆を走らせた。
これを見れば――僕と同じものを見れば――警察なら、僕に分からないことも分かるかもしれない。そのために出来ることをする。この眼で見たものを正確に描き起こす。
描き進めるにつれ、刑事の間に驚愕が伝播する。
「諏訪さん、どうして、この人がここに。確か、この時間、神泉まほろは家にいたはずですよね」
「メッセージ履歴からはそう読み取れるわね。でも、実際は現場にいた。そして、姉が引き金となり、妹が死んだ。偶然とは思えない」
「でも、姉のまほろが転んだことで、結果的に押し出されたのは現像君ですよ? 妹のましろさんじゃない。仮に姉が妹を恨む理由があったとしても、殺意の認定は難しいんじゃないでしょうか。おまけに、間に他人を挟んでいる」
諏訪刑事が
神泉ましろの死は、事件か事故か――。
この二択は今、一つに絞られようとしている。
僕は、警察の知らない事実を以て、そこに決定打を打つ。
「この男は赤の他人じゃありませんよ」
「他人じゃない? 現像君、君はこの男を知っているのか?」
「正直ほとんど知りませんけど、名前は天海煉。神泉ましろの絵のモデルだった人です。家が近所で、同じ学校に通っていたこともあるそうですよ」
「なら、姉のまほろとも面識があった可能性が高いわね」
事件として証拠固めに入ろうとする諏訪刑事に、萩原刑事が待ったをかける。
「面識があったからといって、二人はここで何をしようとしていたんです?」
「双見現像を消そうとしていた。一つにはそう考えられるけれど」
「動機は? 現像君、君は、二人に命を狙われる覚えがあるの?」
「二人はあり得ない。もし僕が狙われるとしたら、天海煉だけです」
僕は神泉ましろのスケッチブックを開いた。
『あの子、あなたに憧れていたのよ』
神泉ましろの母親の言葉は、信じられないけど本当だった。
このスケッチブックには、最初の二、三枚、天海煉の姿が水彩画で描かれていたが、それ以降のすべてのページが鉛筆による写実画に切り替わっていた。彼女なりに僕の画風を鍛錬していたらしい。最後のページは、キャンバスに向かう僕の背中を描いたスケッチで、タイトルは、『その眼に写して』
「静かな絵なのに、やけに煽動的に見えるわね」
「これは男なら嫉妬しますよ」
僕は悶える程の恥ずかしさを殺して言い切る。
「彼が僕に殺意を抱くとすれば、これしか考えられない」
「動機は十分よ。萩原君、天海煉に任意の事情聴取を」
「はい!」
萩原刑事は再び取調室を飛び出した。
二人だけになった取調室で、諏訪刑事が僕の描いた絵を手に取る。
「本当に写真にしか見えないわね。使い方次第で、自白を取れるかもしれない」
「それ、差し上げます。だから、真実を突き止めてください。絶対に」
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