第28話 焦るのは犯人だけじゃない

「全員分、ちゃんとあるぜ」


 ガムが確認すると、チョコは勝ち誇って孝之を見下ろした。


「スマートフォン以外に、外部と連絡を取る方法なんてある? 今の説を推すなら、その方法も説明してもらわなきゃね」


 孝之はさすがに黙り込んだ。それは当然だった。そんな方法があるなら、誰かがとっくに実行していた。


「あの……」


 二人の攻防が終わるのを待っていたのか、問答が途切れたタイミングで、美晴がおずおずと切り出した。


「さっき撃たれたのが原因で、亡くなったってことはないですか?」


 これに食って掛かったのは、撃った本人であるガムだ。


「馬鹿も休み休み言え。あんなの、ただのかすり傷じゃねえか。あの程度でいちいち死んでたら、人類なんてあっという間に絶滅しちまう」


 たしかに理屈は通っているが、多分に自己弁護の感が含まれており、ガムの口調は焦り気味だった。


「化膿とか感染症とかで、怪我が悪化したってことは……」


 俊哉が力なく追従した。怪我が原因で死んだのであれば、少なくとも殺意は介在しなかったことになる。それが正解なら犯人はガムということになり、おかしな話だが安心を得ることはできる。本人は殺す気はなく、かすみの死は不幸な事故だったのだと。俊哉が欲しいのは安心なのだ。

 対して、ガムはますます早口になって反論した。


「なんだそりゃあ? 弾で負った怪我だろうが、かすり傷はかすり傷だ。おまえらの中で、かすり傷が原因で死んだ家族や知人がいるってのかよ」

「それは……」

「あの目を見ただろう。あの見開かれた目を。ありゃあ、苦痛のもんじゃねえ。恐怖によるものだ。間違いねえ。誰かがあの娘を襲ったんだ」

「だからっ、それはあんたら二人のどっちかだろう」


 チョコにやり込められて黙っていた孝之が、再び二人に責任を追及した。説明はできなくとも、犯人は二人のうちのどちらかでなくてはならない。これは理屈ではないが、まっとうなものの考え方だ。部外者である二人が犯人でないはずがないのだ。仲間のうちの誰かが犯人だなんてあり得ない。あと一つのピースを嵌めれば完成するパズルなのに、最後のピースがどうしても当て嵌まらないくらい不自然なことだ。

 だが、これに対して、ガムがとうとう激昂した。懸命に抑えていた感情が、濁流の如く表面に迸り出た。


「近頃の学生は馬鹿ばっかりかっ!」

「死因をっ」


 険悪な流れを止めたのは、千都留だった。信号無視して交差点に突っ込む自転車のような、いきなりの介入だったため、全員が彼女に注目する。

 みんなの視線に圧されながらも、千都留は続けた。


「死因を特定すればいいと思う。そうすれば、ここで論じるよりは、なにかが掴めると思うから……」

「死体を調べるっていうの?」


 チョコは少し興味を持ったらしい。美晴はこくりと頷く。


「検死なんて、素人にできることじゃないわ。ましてやあなたたちのお友達なのよ? 冷静な目で調べられるの?」

「警察に来てもらって……」


 これにはガムが反論した。


「ふざけてるのか? おまえらが警察を呼べるのは俺たちが逃げおおせてからだ」

「人が死んでるのよ。このままにはしておけない。こんな……異常な状況、まともじゃない」

「ああ、そうだよ。こんな時に殺人を犯すなんて、まともなものの考え方じゃない。犯人はこの中の誰かで、今も心の中でほくそ笑んでるんだ。頭大丈夫か?」


 千都留の要求に応えようとしない二人に、恭太郎は業を煮やした。千都留が責められている感じとなり、堪らず援護射撃をした。


「……あんたらが無事に逃げられたって、僕たちにどうしてわかるんだ」

「ここを出ていく時、このうちの一人を連れていく」


 ガムの発言を受けて、全員に緊張が走った。しかし、考えてみれば当然だ。二人がこの場を去ってから、すぐに通報されたのでは逃走が成功するわけがない。そうさせないために、彼らが手を打つのは、予想して然るべきだった。

 ガムの中の嗜虐心が刺激されたのか、歯を見せて続けた。こんな時に笑みを浮かべるなど正気の沙汰ではないが、きっと、彼の精神もギリギリのところで平静を保っているのだ。


「そう怖がるな。俺たちが安全だと判断したところで逃がしてやる。そこから仲間なり警察なりに連絡しろ」

「解放された後なら、通報してもいいんだな?」

「好きにしなよ。これはおまえらの問題で、俺たちには関係ない」

「ちょっと待って」


 チョコが割り込んだ。婉曲的な恭太郎の言い方に、危機感を覚えた。


「まさか、私たちが犯人ということで通報するつもり?」

「そうさ。それはそうだろう。僕たちからすれば、あんたら以外の犯人なんてあり得ないんだからな」

「なんだと? とんでもないガキだ」


 恭太郎は自分の挑発が正しいか迷っていた。心理的には一刻も早く出て行ってもらいたいが、万が一彼らが逃走に成功すれば、殺人犯を逃がすことになる。今のは二人にとって精神の鎖となったが、やはり当初の予定通りに出て行ってもらった方がよかったかも知れないと後悔する。しかし、一度口から出された言葉を回収することはできない。

 チョコとガムは互いに見つめ合い、どうするべきかを目で相談した。チョコの目に徐々に不吉な光が宿っていく。


「おもしろい。本当におもしろくなってきた」


 これ見よがしに一人ずつ睨め回し、最後は恭太郎を凝視した。


「明け方までに、犯人を特定しなさい。犯人がわかれば、私たちも安心して出ていける。ただし、特定できない場合は、全員に死んでもらう」

「おい、チョコ?」

「なんだって? なんでっ」


 ガムの驚きを掻き消すくらい、俊哉が喚いた。あまりの困惑振りに、死刑を宣告を受けたのが確実な雰囲気が濃度を増す。


「おまえが余計なことを言うからっ」


 俊哉の怒りは恭太郎に向かった。内心ではいい加減にしろと、俊哉の意気地のなさを詰ってやりたかったが、迂闊な点があったことは否定できない。二人の、いや、チョコの残忍さを見誤っていた。軟禁状態が数時間に及んで麻痺していたが、強盗を働くような人間が穏健な解決を模索するはずがなかったのだ。


「……本当に殺人を犯すつもりか」

「やってない殺人の容疑を抱えたまま逃げるより、実際にあなたたち全員を消して逃げた方が安心するでしょ。やってみればわかるけど、逃走生活はとても精神を削るの。心配の種は一つでも消しておきたい心理は理解できるでしょう」


 ここまで強気に出るということは、チョコは本当に犯人ではないのか。それとも、ハッタリで推し進めているだけなのか。彼女の目を睨み返したが、心の奥底までは見抜けなかった。

 無意識に千都留に視線を移した。千都留の瞳は後悔の念を映していた。死因をはっきりさせようとしたことに責任を感じているのだ。事態の解決を望んだことが悪い方に転がり、自分がさらに拗らせた。こうなったら一蓮托生だ。この先、なにがあっても美晴だけ悲しむことはさせない。自分も一緒に背負ってやる。


「……わかった。犯人を明らかにしよう」

「急いだ方がいいよ。不自然じゃないくらい車の往来ができるまで、あと四時間程ってとこだから」


 四時間……。そんな短時間で、素人の自分に犯人を特定することなどできるだろうか。焦りに頭が焦げつくが、それで時間がゆっくりとなるわけではない。

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