ママの愛情が爆発


 日本国内で、着々と不穏な動きがある一方。


 アパートの一室では、ママの愛情が漏れていた。


「ユウくん。ハンバーグは手の中で、ペチペチするのよ」


 教えてあげるために、お腹をペチペチと軽く叩く。


「あはは。くすぐったい」

「ふふ。それそれ~っ」


 ペチペチ。

 ぺち、……スリ……スリ……。


 こちらの方でも不穏な動きがあった。

 アイスを食べながら、従者は相変わらず主人の奇行を後ろから眺めている。


「ま、ママ……」

「ほら。手を止めないの。早く作らないと、大好きなハンバーグ食べれないのよ」

「う、……うん」


 服の中に手を入れて、スリスリとお腹を撫でている。

 スベスベとした手の平は、愛情と欲望が入り混じった感情を上乗せして動き、お腹の上で円を描いていた。


 青白い頬は赤らんでいて、真っ黒に濁った目がうるうるとしている。


「……ま、マ……」

「ほ~ら、ぺちぺちぃ」


 指の平でぷにぷにとお腹を押す。

 スカーレットの程よく膨らんだ唇からは、湿った吐息が溢れた。

 オレンジとミントの混ざった匂いに、ユウはクラクラする。


(あ……ぁ……、ユウくんっ。好き。大好き。結婚するんだから、これくらい、いいわよね。わたくしの愛。受け止めてくれるわよね)


 軽く指先で、下っ腹の方をつついてみると、小さな体がピクリと震えた。


「……う」

「どうしたの?」

「う、ううん。何でもない」


 ユウは耳まで赤くして、ハンバーグをペチペチと捏ねている。


(あぁ~……、キスしたい。抱きしめたい。ユウくんになら、何だってしてあげる。早く求めてきて!)


 内側で大爆発を起こしている愛に、スカーレットは悶えていた。


(う、わぁ。これ、え、あたし、いるんだけど)


 従者、困惑。


(なに? どこ触ったの? ちょっと、ご主人。や、結婚するつもりなんでしょうけど。責任取るんでしょうけど。後ろに、あたしがいる時に、触ります?)


 疑惑の目がスカーレットの背中に向けられていた。


「ユウくん。気になるのだけど。……その、好きな子とか、いるのかしら?」


 クイーンは自信があった。

 自分の美貌を自覚しているし、それは決して自信過剰ではないからだ。


 だから、「ママ」と答えるだろう。


 高を括り、分かった上で言わせようとしているのだ。


「うー……、お、お姉ちゃん」

「え?」


 お姉ちゃん=グリッドの事だった。

 スカーレットの手が止まる。


「げっ」


 グリッドは、思考が止まった。


 突如、耳鳴りがした。

 室内に充満した殺意が音さえも殺し、鼓膜を聞き取れない何かが揺さぶっている。

 肌はチリチリと焼けつくような殺意に刺激され、グリッドは瞬間的に冷や汗を掻いた。


 そう。

 実のところ、ユウが女として一番意識しているのは、育ての親であるスカーレットではなかった。


 いつも送り迎えをしてくれて、気さくに笑うグリッドの方だったのだ。


「え、あれ? ママは?」

「ママも、好きだけど」

「ユウくん。ママと、結婚するって言ってくれたじゃない?」


 まだ、ほんの小さい頃に、手を握って「ママと結婚する」と言った過去がある。


 よくある子供の愛情表現だ。

 これをスカーレットはガチで受け止めていた。


「そ、それは、昔の事だから……」

「おかしい。おかしいわ。昔なんて関係ない」

「ママ?」


 グリッドは静かに窓の錠を外し、ゆっくり窓を開けた。


「わたくし、ユウくんのことが、こんなに愛してるのに」


 表情がないまま、大粒の涙がボロボロとこぼれる。

 クイーンの全盛期を知っているものだったら、卒倒する光景だった。


 少年の前に跪き、捏ねたひき肉を持つ両手首を握る。


「ママのこと、嫌いなの? ねえ。ユウくん!」

「え? え? ママ?」


 泣いていることに驚いたあまり、ユウは何が起きてるのか、分かってないようだった。


「ユウくんが望むなら、何だってやる! 世界を滅亡に導く事だってするのに!」


 全人類は、母親の都合で滅ぼされる。


「ママのこと……何とも……思ってないのね……」


 慌てて、ユウは首を横に振った。


「ち、違うよ。そんな事ないってば」

「じゃあ、好きなの?」

「うん。好きだよ」

「どれくらい?」

「こ、これぐらい」


 両腕を広げ、大きさを示す。


「ママと、結婚する?」

「えーっ!? できないってば!」

「いやあああああっ!」

「ママ!」


 いきなり頭を抱えて、叫び出したママにユウは怯えた。


 肝心の従者は巻き添えを食らわないため、窓からすでに逃走。

 どうしていいか分からないユウは、屈んでスカーレットの顔を覗きこみ、とにかく口を動かす。


「わ、分かったよ。結婚するから!」

「……ほんと?」


 ケロッと泣き止むのだ。


「うん」

「ユウくん!」


 スカーレットは小さな体を抱きしめた。

 壊れないように優しく抱きしめ、逆に甘えるようにお腹へ顔を擦りつけ、「愛してる」と叫ぶ。


「は、ハンバーグ作ろうよ」

「もうちょっとだけ。お願い」

「もおぉ」


 ママは気難しい。

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