キングの獣

ママに嗅がれる


 学校から帰ったばかりのユウは、万歳のポーズでジッとしていた。


「ふぅーっ、んふぅーっ」

「ま、ママ。嗅がないでよ。別に臭くないよ」

「まだ、ダメよ」

「もぉ、大丈夫だってば。コショウなんて掛かってないから」


 学校の近くでトラックがひっくり返り、コショウがばら撒かれたという事故があった。――という建前で、スカーレットはユウの夏服に顔を埋めていた。


「はぁ、……好き。好き。……ふぅぅ、……ふぅっ」

「ママ?」

「え、あ、だ、いじょうぶ、みたいね」

「だったら、離れてよ」


 細い腰に腕を回し、顔をグリグリと押し付ける。

 幸せ満開の主人を後ろから見つめたグリッドは、「何やってんです?」と腕を組む。


「ユウくんが、いけないの。いえ、ユウくんは悪くないわ。でも、ユウくんがいけないの」

「ど、どういうこと?」

「ママを……狂わせるから……」


 背中を優しく撫で、上目遣いで見つめる。


「今日は、学校で何か変わったことはなかった?」

「んーん。何もないよ。あ、でも、シンイチ君とね。夏休みに、海行こうって話したんだ。だから、海パン買ってほしいな、って」

「……は、ああぁ、……んくっ。海パン? それって、あの、ブーメラン型の?」


 濡れた瞳が徐々に大きく開かれていく。


「そんなの、……えっちすぎるわ」

「ふ、普通の海パンだよ。ほら。短パンみたいの」

「んきゅ……っ!」


 ぶる、と震え、見ていられなくなったグリッドが、助言する。


「海パン持ってないもんね。いいよ。今度、あたしと買いに行こっか」

「うんっ」


 普通に会話をしていただけなのに、妙な勘繰りをされたグリッドは、下方からじわじわとくる殺意に震えた。

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