《えっちなゲーム》を買ってもらう

 スーパーは混雑していた。

 お店だけではなく、外にもたくさんの外国人旅行客が溢れている。


 まるで、お祭りがあるみたいな雰囲気だ。


 スカーレットは買い物袋を、店と店の間を歩く。

 その前をグリッドが大手振って、るんるんと歩いていた。


「いやぁ、たまごの安売りヤバいですねぇ。逃したら、食べれないもんなぁ」


 片方のイヤホンを外し、欠伸をする。

 路地にまで、外国人がリュックを背負って、楽しげに会話をしていた。

 手に持った荷物は、カードゲームの袋がぎっしり。

 どうやら、近所の店で爆買いした商品だった。


 一方で、グリッドたちは買い物帰りの主婦と同じで、食べ物しか詰め込まれていない。


 長年ママをやっているので、人妻というか、ママというか、独特の雰囲気が板についていた。


「ダリアさん。あたし、ゲーム買いたいんですよね。メッチャ、やりたいゲームがあってぇ。きっと、あの子も喜ぶと思うんですよぉ」


 後ろ手を組んで、上目遣いで懇願する。


「……何のゲームよ」


 片手でメガホンを作り、囁いた。


「ちょっとエッチな女の子のゲームっす」


 スカーレットは、にっこりと笑った。

 二人の間で沈黙が流れたが、少ししてため息がこぼれる。


 視線を落とすと、立ち止まった拍子にリンゴが落ち、地面を転がった。


「あら、やだ」


 そう言って、スカーレットはリンゴを拾う。


「ゲーム買ってあげるわ」


 リンゴを掴むと、屈んだままスカーレットが言う。


「やったぁ!」


 そして、グリッドはジャージの上着から鉈を取り出した。

 スカーレットの頭上を目に留まらない速さで、平たい金属が通過する。


 グリッドはそのまま鉈を振り回し、小躍りをしながら外国人旅行客に近づいた。

 外国人の内、手前にいる一人の男。――その膝裏を鉈で叩いた。


 三人の目が大きく見開かれた。


 身長の大きな男が姿勢を低くした瞬間、頭の陰から鉈が水平に飛んでくる。


 三人は反応が遅れていた。

 一人は首に鉈がめり込み、骨が折れる。

 そのまま鉈は首の皮膚を滑り、隣に並んだ男の目に当たった。


 膝を折った男は、目を見開いたまま片足に力を入れ、方向を転換をする。が、そこには白い生地に包まれた膝があった。


 人間の脚力を悠に超えた膝蹴りである。

 鼻っ柱をへし折り、首の骨が勢いに負けて、あっという間に折れてしまう。


 残りのもう一人はポケットに手を伸ばしが、入れる前に耳を引っ張られ、頭が360度回転した。


 その間、わずか5秒である。


 三人の男が眠ったように横たわり、グリッドは倒れている男たちを持ち上げると、壁にもたれ掛かせた。

 三人並んで、酔いつぶれて寝てしまったようだ。


「その鉈、のねぇ」

「ええ。だって、血で汚したくないじゃないですか」

「そうねぇ。ユウくんに刺激が強いもの」


 頬に手を当て、悩ましげに息を吐くスカーレット。

 グリッドは鉈を上着の中にしまい込み、へらっと笑った。


 全長35cmの小さな鉈だ。

 刃の部分は丸くなっていて、切れないようになっている。

 しかし、これで木材が割れないか、と言われたらそんな事はない。


 使い辛さはあるが、きちんと木材は割れるし、木の幹にだって何度も叩きつけていれば、ちゃんと削れていくのだ。


 つまり、木の幹で削れていくぐらいの耐久性があるのだから、の人間状態で、首に当たれば簡単に折れるのは至極当然のこと。


 それが人間ではない者の腕力なら、なおさらだった。


「でも、ゲーム買ってくれるなんて、嬉しいっす」

「ふふ。……ダメに決まってるでしょう」

「えっ!?」


 近侍とは、ボディガード以上に徹底して鍛えられた者がつく役職。

 武闘派の近侍となれば、これくらいは当たり前である。


 昔はともかくとして、テクノロジーが発展し、平和というものが昔以上に形となった重要なことがあった。


 殺す、と言って殺すバカはいない。

 私は敵です、と言って現れるバカはいない。


 以上の事を徹底的に叩きこまれているのが、グリッドだ。


 ただ、


 その時は、徹底して応戦するが、自分達から率先して戦争はやらない。


 現実に生きる者達にとっては、どこまでも『日常』が現実。

 そこに溶け込んで、交通事故が当たり前に起こるように、病気で当たり前に人が死ぬように。


 全てが日常の中で行われる、というのが現実での『殺し合い』であった。


 戦争ほどではないが、規模が大きくなれば、殺し合いは『事件や事故』となる。


 その日常の中で、二人はユウをまもっていた。


「ところで、そちらの方々の素性は?」

「動物系でした。香水で誤魔化してますけど、獣臭さと犬歯が長いのと。あとは指の骨格が長いんでぇ。違いないっすよ」

「日本にいる獣は、田舎暮らしを好むから都会にはいないものね」

「いい人ばかりですし。あたし、好きなんですよね」


 ようは、海外から入ってきた獣が都会にたくさんいるので、居場所がないのだ。

 加えて、彼らは温厚で、争いの絶えない環境を嫌う。


 グリッドが袖で手を覆い、スマホを拾う。

 画面には、メッセージ欄が表示されていた。


 何気ない会話で、普通は気づかない。


 けど、『〇〇の店でカード安売りでした!』というメッセージ。

 居場所を他の仲間に報せているのだ。


「一応、他の仲間に連絡してみますね」


 スマホを戻し、グリッドは自分のスマホで、口笛を吹きながらメッセージを送る。


 ユウが心配になったスカーレットは、また悩ましげにため息を吐いた。

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